一時的な用途のために製作されたもの、特に一時的な印刷物を指す用語にエフェメラ(Ephemera)という言葉がある。従来、大量に製作され消費されてきた安価な複製物として価値を見出されてこなかった印刷物が、昨今美術館でも作品と同等に展示されるようになってきた★1。今回は、明治時代に作られたエフェメラ、引札を取り上げる。

明治の商空間を構成するもの

「引札」というものをご存知だろうか。商店や商品の宣伝を目的として配布された印刷物で、今日でいうチラシにあたるものと言われる。人々の関心を集め、目を惹きつける目的で、江戸時代後期から明治期にかけて数多く印刷された。商店の新規開店を告知するもの、商品の効果を宣伝するものなどがあり、商店が作成して顧客に配布していたものである。明治時代、商品情報の伝達手段が新聞広告などに移るにつれ、年末年始に商店から顧客に渡される「正月用引札」★2 と呼ばれるものが台頭してきたと言われている。

たばこと塩の博物館にて開催されていた「ひきつけるカタチとコトバ 看板・引札にみる明治の商い」展は、看板や引札をはじめとする「商い」の場で作成された多種多様なイメージから、明治という時代の商空間を再構築すること、それを通じて明治という時空感をうかがい知ることを試みた展覧会であった。

展覧会は3つのパートからなる。第1部は「店の見せ方」と題して、当時の看板や商店の軒先を描いた版画などから、客を誘う店先の様子を伝えるコーナーである。一口に「看板」と言っても、軒に吊り下げるタイプ、立てかけるタイプなどさまざまであり、看板が表わす内容も文字によるもの、実物を使ったもの、模型を使ったもの、洒落で表現したものなどがあり、バラエティーに富む。特に目を惹いたのは模型や実物を看板に仕立てたもの。大きく作られたメガネやキセルの模型、さらには実際の縫い針をディスプレイした針屋の看板など、インパクトに富んだものが数多く並んでいた。ミニチュアとは異なるが、大きく作られた見本というものにも、実物とは異なり見るものを捉えて離さない独特の魅力がある。

今日我々が店を選ぶ際に、「看板」はどこまで意識されているのだろうか。実際の看板ではなくとも店の内装や外装、店名表示などはその店がどのような品揃えをしているかを窺うヒントになっている。しかし、一方でそれが購入の決め手になるかというと、必ずしもそうではない場面もある。会場を巡りながら、商店とその商いをストレートに伝える看板へのある種のノスタルジーや、今日の購買活動が情報先行になっていることなどに想いを馳せた。

第1部の会場風景[筆者撮影]

第2部は「客の呼び方」。引札や正月用の荷札、包み紙やラベルといった一過性の紙ものを中心に消費者側の手元で広がるイメージを再現するコーナーであった。特に展示室の中央の壁に並ぶ絵入りの正月用引札の数々は、見る者を愉しませ、眺めて飽きない面白さに溢れていた。それ以外にも正月の初荷札などもあり、正月に行なわれていた初荷の風習など、今日ではすでに遠いものとってしまった正月というものの「ハレ」の雰囲気を窺い知ることができた。

第2部の会場風景[筆者撮影]

そして第3部は「変わる商い」と題して、時代の変遷とともに繰り広げられた宣伝合戦の様子を示すコーナーであった。時代の変遷とともに新しい商売のあり方が登場し、引札や新聞広告といったツールは新情報の告知に用いられた。そうした商いの姿の移り変わりは、今日に残されている数多くのアイテムから垣間見ることができる。

第3部の会場風景[筆者撮影]

図像の時代のコンテクストを表わすメディア

この展覧会で実見することができた数多くの「引札」。今日の感覚でも目を惹く鮮やかな色彩で、浮世絵をはじめとする江戸時代の視覚を継承しながら描かれたグラフィックの数々は、その意味するところがたとえすぐにはわからなかったとしても、見る者を引き込む魅力に溢れている。

こうした絵入りの引札は、実は一点一点が今日の美術展のチラシのようにオリジナルに作られたものではなく、見本帳をもとに個々の商店の情報などを加刷して配布されていた。つまり、同じイメージが複数の商店で用いられていたのである。このことは、こうした引札の製作主体である商店が広く全国的にその独自性をアピールすることで商売を拡大していくのではなく、ローカルな得意先との間でコミュニケーションを構築することに基づいた取引が中心であったことによる。類型化され繰り返されたイメージでありながら、それらは今日の我々の目を楽しませる力強さに溢れている。

絵入りの引札の例[筆者撮影]

これほどまでに筆者を惹きつける引札の魅力とはなんだろうか。残念ながら、今日の我々は明治後期の人々がこうした図像から受け取っていたのと同じ情報を、図像学的に理解できるわけではないだろう。にもかかわらず惹きつけられるのは、それがチラシという一過性のものでありながらある程度の期間配布された人々の手元に残ることを目的として作られた存在であることが理由のひとつにあるだろう。鮮やかな色彩を重ね、福の神や歴史上の人物、女性像など当時の価値観を反映したモチーフを散りばめて作られたこれら正月用引札★3 は、生活に役立つ暦や料金表などの情報も商店情報と併せて印刷されることで、家々の壁に貼り出され目に留まり続けることを意図して作られていた。昨今やや廃れつつあるものの、多くの人にとってなじみ深い、年末に配られる企業カレンダーの先駆的存在であると言えよう。

引札に描かれるイメージとして特に面白いのが、恵比寿や大黒天といった福の神を題材にしたものだ。描かれている福の神像は一目見てそれとわかるように描かれており、キッチュな魅力に富んでいる。彼らは、明治という新しい時代によってもたらされた景物とともに描かれていることも多い。展示されていたものの中には、恵比寿と大黒が電話しているものもあった。鉄道が走る景色の上に恵比寿と大黒が浮かんでいたり、時代は降って大正期のものでは飛行機に乗っているものもあるという。

筆者が現在準備を進めている展覧会「郵便と/の美術」(府中市美術館、2026/12/12-2027/02/21)においても、郵政博物館所蔵の正月用引札を展示する予定である。これらの引札には、郵便配達員に扮する大黒天が描かれている。引札という存在と郵便の発達史を重ね合わせたとき、こうした大黒天像は単に開化の新風俗を纏っているのみならず、顧客にとって有益な情報を店から運んでくる存在として積極的な意味づけを担っていた可能性が指摘されている★4。一見すると奇想天外な図像は単に奇抜さを目指したものではなく、同時代のコンテクストの中に置かれて初めて了解される意味があった。こうしたイメージを、同時代の他のイメージとも重ねながら見ていくことで、それが作られた時代それ自体が鮮やかに立ち上がってくるのである。

★1──エフェメラの展示に関する近年の動向について、以下を参照した。
大澤啓「特別展示『東京エフェメラ』」(『東京大学総合研究博物館ニュースOuroboros』第78号、2024.02)
★2──引札には商品の文字情報が主体のもの、戯作者によるテキストが添えられているもの、そして図像入りのものなどさまざまなタイプがある。ここで扱っている鮮やかな絵入りの引札は「正月用引札」と今日では呼ばれ、他の引札とは特に区別されている。こうした正月用引札の詳細については、熊倉一紗著『明治・大正の広告メディア〈正月用引札〉が語るもの』(吉川弘文館、2015)に詳しい。
★3──正月用引札に描かれたイメージの類型については、前掲書にて歴史上の人物を描いたもの、日清・日露戦争を描いたもの、女性を描いたものに分けて語られている。
★4──倉地伸枝「館蔵の正月用引札にみる郵便集配員−福神としての図像を中心に−」(『郵政博物館 研究紀要』第11号、2020.3)

ひきつけるカタチとコトバ 看板・引札にみる明治の商い
会期:2026/04/25~2026/06/11
会場:たばこと塩の博物館[東京都]
公式サイト:https://www.tabashio.jp/exhibition/2026/2604apr/index.html