今回は、2026年5月9日から6月7日にQ SO-KO 2階で開催された「ミラクルコンペ2026 鼠と松」をレビューする。これまでキュレーターズノートで取り上げてきた愛知の動向や作家とは異なり、公募展も会場も近年創立されたもののため、まずは基本情報の紹介から始めよう。ミラクルコンペは、ミラクルファクトリーが主催する公募展で、2025年に始まり、今回が第2回目の開催となる。
「インストールしてみたくなる」展示プランを
「ミラクルコンペ2026 鼠と松」展示風景[撮影:相模友士郎]
ミラクルファクトリーとは、青木一将が中心となって愛知で結成されたインストーラーチームで、現代美術の展覧会や芸術祭などで特殊な造作業務を請け負っている。国際芸術祭「あいち」(旧:あいちトリエンナーレ)に第1回の2010年から携わり、いまでは東海地方だけでなく全国各地でアーティストの難儀なオーダーに応えている。しかし、ミラクルファクトリーおよび青木の詳しい紹介は別の機会に譲るとしよう。
そして「ミラクルコンペ」は、展示技術者/インストーラーに「インストールしてみたい」と思える展示プランを若手アーティスト(自称も含む)から募る趣旨の公募展で、賞金はないが、材料や工具、機材などの提供、何よりも手練のインストーラーたちの技術的なサポートを受けてQ SO-KOで約2カ月間の展示機会が与えられる。審査員はミラクルファクトリー青木一将はじめ、小柴一浩(コシバ食堂)、高橋和広(KUSUNOKI WORKS)、谷薫(スタジオ・パニック)、宮路雅行(ミヤジ)、山田晋平、相模友士郎(株式会社青空)という国内外で活躍する展示技術者たちだ。受賞者への技術的なサポートを謳う公募展は国内にもいくつかあるが、「ミラクルコンペ」はインストーラーがプランを選んで実現させるという点で国内でほかに例が見当たらない。
なお会場となったQ SO-KOは、東南アジアとの交流を企図して立ち上げられたSEASUNとミラクルファクトリーが、2021年から共同で使用するスペースである。2階建ての建物で、1階には青木の作業スペース兼資材・機材置き場、2階には主にSEASUNが使用する展示室とキッチン、図書コーナーがある。SEASUNはインディペンデントのコーディネーターとしても活動する鈴木一絵が運営するプロジェクトで、東南アジアの作家によるイベントや展覧会を開催している。本展の会期中も、ベトナムで活動する研究者/アーティストのハンター・P・ディアフィールドと愛知県立芸術大学教授の服部浩之による対談イベントが開かれ(このときは1階にある青木の作業スペースを使用)、多くの学生やアーティストが集っていた。展覧会の開幕日やイベント後はいつも、2階のキッチンで鈴木と青木が食事を振る舞い、ゲストと参加者が懇親を深める場となっている。
2026年5月10日にQ SO-KOで開催されたイベント「DIYによるオルタナティブ・アーカイブー東南アジアの最前線でアーティストたちの声を聴く」の様子[筆者撮影]
SEASUNの詳しい紹介も別の機会に譲るとして、言及が遅くなったが、今回の受賞者は丸山のどかである。
松の木と不眠、作家の新たな一面
丸山は新潟県に生まれ、2012年に愛知県立芸術大学に通うため愛知に居を移した。大学では専ら彫刻を学び、2018年に同大学大学院を修了して、現在は愛知を拠点に活動している。丸山は、角材や合板を材料に、自身の身の回りにある立体物を抽象して彫刻化し、擬似的に再現するインスタレーションで知られる。立ち現われる風景は、馴染みの雀荘やホームセンターなど特定の場所から着想を得ているが、丸山の彫刻は筆致なくフラットに塗られているため、どこか現実感を欠いた空間となる。
《曖昧な風景(中華料理店/雀荘/ネオンサイン)》(2020、「Assembridge NAGOYA 2020」での展示風景)[写真提供:アッセンブリッジ・ナゴヤ実行委員会/撮影:冨田了平]
今回採用された展示プランは、丸山が昨年引っ越した古い木造住宅の寝室を展示空間の中に再現するというものだった。一軒家の庭にはクロマツの木があり、普段からアカマツの角材を作品に使っている丸山にとって、その松の木は物件決定の一因となった。しかし引っ越し後間もなく剪定が過ぎて枯らしてしまい、丸山は松を作品の材料にしてしまおうと決めた。展示室の中央に置かれていたのは、角材になる前に作家の自宅から運ばれてきたクロマツである。その樹皮は一部が長方形に剥ぎ取られ、近日中に加工される運命が示されている。

「ミラクルコンペ2026 鼠と松」展示風景[撮影:相模友士郎]
寝室は、実際の多くの部屋がそうであるように、合板パネルで構成されている。外側には補強のための木枠が露出しており、書き割りの裏側のようだ。しかもよく見るとこれらは塗装され、木枠と合板表面とが微妙に塗り分けられている。この合板パネルは部屋に不可欠な構造であり、同時に彫刻でもあるのだ。日常生活を構成している角材や板材と、彫刻とのあいだにあるグラデーションに対する丸山の関心が見て取れる。
「ミラクルコンペ2026 鼠と松」展示風景[撮影:相模友士郎]
件の一軒家には天井にネズミが棲みついていて、夜中に走り回るので丸山は一時期不眠症気味だった。これに対処しようと睡眠導入のためのモノラル・ビートを耳元で再生しながら床に就くと、しばらくは眠れるようになった。寝室内には、丸山のこのような経験が再演されている。天井からは時折、「トトトト」と何かが動く気配があり、青いベッドからは小さくビートが流れている。枕の横には充電中のスマートフォンと松ぼっくりが置かれており、後者は睡眠と覚醒を司る内分泌器である松果体を表わすとともに、庭で死んだクロマツを忘れないためのチャームなのであろう。ベッドの反対側にはプロジェクターがあり、そのレンズの先の壁には前述のような作家の自宅での経験を綴った文章が書かれていた。丸山はこれまでも個人的に思い入れのある場所や物を彫刻として作ることがあったが、抽象化し、手跡を排除しているために鑑賞者の共感を遠ざける傾向にあった。しかし、このたびの展示ではネズミの足音と睡眠導入BGMという聴覚的な要素と、寝室における私的な独白によって、昨年作家の身に起こった出来事や毎夜繰り返される不眠の追体験へと誘われた。

「ミラクルコンペ2026 鼠と松」展示風景[撮影:相模友士郎]
スピーディーに進む、受賞者決定から展示まで
「ミラクルコンペ2026 鼠と松」展示風景[撮影:相模友士郎]
これまで丸山の作品に見られなかった音と随想は、本公募展に際して意図して新たに導入されたものだ。「ミラクルコンペ」は、受賞者決定から展示作業までの期間が1週間足らずのため、準備は猛スピードで進んだ。何しろ全国を飛び回るインストーラーたち全員の予定を確保するのは難しい。最初のオンライン会議では施工にあたる審査員の面々から丸山にプランの聞き取りがあり、早速に具体的な実現方法が議論された。ネズミの足音は、インストーラーたちの技術を頼りに丸山がプランに盛り込んだもので、当初は録音を流す想定だったが、会議で天井の床を物理的に叩く装置を作ることが決まった。会議後3日間はQ SO-KOで自由に作業できる時間が与えられ、5月6日からの3日間で青木、小柴、高橋、谷、宮路が現場に入り、アーティストと共に設営を行なった。設営中、丸山が展覧会のステートメントをハンドアウトとして配布することへの忌避感を示したところ、インストーラーからプロジェクターを象った既存の彫刻を置いて、その先の壁にテキストを描いてはと提案があったという★1。インストーラーとの協働作業のなかで、作品の最終的な姿が定まっていったのだ。インストーラーがキュレーターとしての役割も果たしたと見ることもできよう。
複数のインストーラーに作品の制作過程に関わってもらうことは、作家の表現の幅を大きく拡張すると同時に、自身で制作のすべてをコントロールできない状況を呼び込むことでもある。一方で、芸術祭や国際的なグループ展などの大舞台では、インストーラーの手を借りて、作家独力で可能な範囲を超えた新作制作を行なうことはごく一般的になっている。今回丸山は、思い通りにならない部分を経験しつつも、インストーラーたちによる作品の勘所を押さえた施工に感服したという★2。ビス穴をパテ埋めした方が良いか、表面にどの程度粗さを残すかなど、他人に頼むからこそ作品の同一性が見えてくる。インストーラーがプランを選ぶ稀代の「ミラクルコンペ」は、美術界へと進む若手アーティストが帆を上げるための追い風となるに違いない。
★1──筆者による作家へのインタビュー、於コメダ珈琲店鳥居通店、2026年7月4日。
★2──同上。
ミラクルコンペ2026
丸山のどか「鼠と松」
会期:2026年5月9日(土)〜6月7日(日)
会場:Q SO-KO(名古屋市中川区外新町2-84)
企画・運営:ミラクルファクトリー、コシバ食堂、KUSUNOKI WORKS、スタジオ・パニック、ミヤジ、株式会社青空、SEASUN
公式サイト:https://www.instagram.com/p/DYCrfQnD752/
関連記事
出会いと別れにまつわる港のノスタルジー──アッセンブリッジ・ナゴヤ2020|能勢陽子:キュレーターズノート(2020年11月01日号)
街の変わりゆく景色をどのように残すべきか|吉田有里:キュレーターズノート(2018年9月15日号)