巡回美術展、と聞いて私たちが思い浮かべるものは人によって異なるだろう。行く先々で行列を生む海外著名館のコレクション展や、各地の美術館学芸員が対象領域における研究成果をもち寄って実現する共同企画、さらに国境を超えて主要都市をツアーするものなど、その規模も性質もさまざまだ。

日本の巡回展では会場となる美術館等に加え、新聞社やテレビ局などのマスメディアが大きく関わってきたのも特徴といえるだろう。また近年は、日本の巡回美術展に長く関わってきた美術館連絡協議会(美連協)が新型コロナ禍後の2022年度に事務局業務を停止し、2023年度から再開するなど、情勢も変化している。そこで現場各所の声も取材しながら、日本の巡回美術展のこれまで・これからを考えてみたい。

日本の巡回美術展ことはじめ

日本美術院は1898(明治31)年の創設まもなく地方巡回展を始めており、「新潟絵画展覧会」(1900、新潟県会議事堂)などが知られる。また1907(明治40)年開始の文部省美術展覧会、続く帝国美術院展覧会も地方展を行なった。海外作品を扱うものでは、1922(大正11)年にフランス人のエルマン・デルスニスが企画し、東京や大阪で開催された「仏蘭西(フランス)現代美術展」などがある★1。他方、太平洋戦争中には「聖戦美術展」(1939年および1941年)など、戦争記録画の展覧会も各地を巡回している。同展は陸軍美術協会と朝日新聞社の共催によるもので、このことは、後述するメディア主催の巡回美術展の歴史を考えるうえでも興味深い★2

戦後には、1948年に文部省主催「近代美術巡回展」が開かれ、政府所蔵の近代美術作品が岩手県、新潟県、福井県を巡回したとの記録がある。これは文部省と地方教育委員会の共催であった★3。また1954年の東京国立博物館「フランス美術展」は朝日新聞との共催で、福岡、京都に巡回★4。そのほか官製の巡回展としては「国立西洋美術館所蔵 松方コレクション展」(1962年から1977年までに全国21道府県で実施)に始まる、国立美術館の所蔵作品巡回展も行なわれた★5。これは国立機関が所蔵する美術作品について、地域における鑑賞機会の充実を目指したものと言えるだろう。

民製展としては、百貨店が系列店を巡回する企画などに加え、新聞社などメディア主催の巡回美術展が大正期から行なわれてきた★6。これには企業による文化貢献事業であると同時に、大手新聞社などには国内外各地とのネットワークや輸送手配能力、そして自社メディアによる宣伝機能などがあったことも大きいだろう。そうして資金確保・宣伝・各種交渉などにも彼らが大きく関わる形で、ノウハウが発揮・蓄積されていったと考えられる。

とくによく知られるのは、欧米の著名な美術館やコレクションから名品を紹介し、多数の来場者を集める大規模展、いわゆるブロックバスター的な巡回企画展だろう。例えば1960年代から切り口や副題を変え、たびたび開催され話題を集める「ルーブル美術館展」は、毎回、日本テレビ・読売新聞グループなどの大手メディアが主催者に名を連ねる。

美術館連絡協議会と巡回美術展

多様な巡回美術展の隆盛は市民の側から見ると、東京などの大都市に行かずとも質の高い芸術にアクセスできる環境づくりに寄与してくれたと言えるだろう。対して(というかその際に)、美術展の主要な現場である美術館側にとって重要だったと考えられるのが、1982年、読売新聞社と日本テレビ放送網等の呼びかけで設立された美術館連絡協議会(美連協)の動きである。「全国の美術館が連携を図り、芸術、文化の向上および発展に資すること」を目的とした美連協は、以降の国内巡回展においても、一種のプラットフォームとして大きな役割を果たした。初代理事長は京都国立近代美術館長だった河北倫明。同協議会事務局長の川村康則氏によれば、その設立背景は以下のようなものだった。

「当時の美術界は『地方の時代』と呼ばれ、日本全国の地方自治体で公立美術館の建設が相次いでいました。しかし、新設された美術館の多くは、展覧会の企画や学芸員の育成というソフト面の手当てが追い付いていませんでした。その事情を知った読売新聞社が日本テレビ放送網とともに、美術館同士の横のつながりを深めることで、それらの課題に対処していく組織として、美術館連絡協議会を発足させました。当初から、全国の美術館が情報を交換しつつ、協力・連携して質の高い巡回展を展開することや、そのために学芸員を育成することなどが、ビジョンとしてありました」

美連協はこの呼びかけに賛同した35館で始まり、現在は47都道府県の公立美術館約150館が加盟する。加盟館が企画する展覧会情報は共有され、巡回を希望する館が手をあげることもできる。美連協の理事で構成する企画委員会を経た展覧会については、美連協事務局が展覧会運営事務局の役割を担い、広報支援も行なってきた(単館企画含む)。

最初の巡回展は1983年の「今日のアメリカ・ビデオ20の新作展」(兵庫県立近代美術館、北九州市立美術館、東京・原美術館、福井県立美術館、富山県立近代美術館)★7で、これはニューヨーク近代美術館による企画だった。当初は欧米の作品展が多数を占めるが、このころから「大下藤次郎展」(1983、銀座・松屋、北九州市立美術館、鳥取県立博物館、岐阜県美術館、高岡市立美術館、佐野美術館)など邦人作家の企画も行なっている。歴代展覧会リストに目を通すと、前述のようなブロックバスター的巡回展に比べ、規模はそこまでではないがユニークな企画が多い印象をもつ。

『美術館連絡協議会40年のあゆみ』(美術館連絡協議会事務局刊、2022)所収の酒井忠康理事長(当時)インタビューによれば、同協会では加盟館学芸員らによる泊まり込みでの「企画会議」なども恒例で、学芸員同士の横のつながりや、そこから派生する巡回展も生まれたという。また、会報『美連協ニュース』をひもとくと、同協会が関わってきた巡回展の多様さがうかがえる。例えば、「日本の抽象絵画 1910–1945」(1992、板橋区立美術館など6会場)では開催準備と並行して、当時未開拓な部分もあったこのテーマをめぐる研究部会も発足。全国の美術館学芸員18名がメンバーとなり、各地域の調査も展覧会に貢献した。あるいは「東京・ソウル・台北・長春──官展にみる近代美術」(2015、福岡アジア美術館など3会場)では、戦前の日本統治下地域との関係も扱うデリケートな企画を実現し、関連作品の発見などの成果も生まれた★8。いずれの記事も、単館では生じ得なかった実績・経験としてそれらを語る言葉が印象的だ。


「東京・ソウル・台北・長春──官展にみる近代美術」(2014/02/13〜2014/03/18)、福岡アジア美術館 企画ギャラリー[写真提供:福岡アジア美術館]

筆者の記憶に残るものとしては、2020年度に開催された石元泰博の生誕100年記念展がある。これは会場となった3館が出品作を一部共有しつつ、各館が独自の切り口で構成を試みたものだった。東京都写真美術館では「生命体としての都市」、東京オペラシティ アートギャラリーでは「伝統と近代」をテーマとし、最後に世界有数の石元コレクションを誇る高知県立美術館で集大成的な展示が行なわれた。厳密な意味での巡回展には収まらないケースとも言えるが、だからこそ、すべてを観てまわることの魅力もあり、かつ複数館で協働することの意義を感じる企画であったと思う。


「生誕100年 石元泰博写真展 生命体としての都市」展示風景(2020)、東京都写真美術館[写真提供:東京都写真美術館]


「生誕100年 石元泰博写真展 伝統と近代」展示風景(2020)、東京オペラシティ アートギャラリー[撮影:山中慎太郎 写真提供:東京オペラシティ アートギャラリー]


「生誕100年 石元泰博写真展」展示風景(2021)、高知県立美術館[写真提供:高知県立美術館]

美連協が継続して携わってきたこうした巡回展は、開催数のピークとしては1997年度において新規巡回展27件、115会場に到っている★9。この時期には内容もいっそう多彩になり、「ストックホルム近代美術館展 ピカソからウォーホルまで」(高松市美術館、郡山市立美術館、広島市現代美術館、Bunkamura ザ・ミュージアム)、「アジア美術の新世代」(米子市美術館、愛媛県立美術館、都城市立美術館)、「少女まんがの世界展」(北海道立函館美術館、神戸阪急ミュージアム、呉市立美術館、川崎市市民ミュージアム、浜松市美術館、砺波市美術館、長崎県立美術博物館、高松市美術館、八戸市美術館、田川市美術館、福井県立美術館)、「ジェームズ・タレル展」(埼玉県立近代美術館、名古屋市美術館、世田谷美術館)、「菅木志雄展」(広島市現代美術館、伊丹市立美術館、神奈川県立県民ホール、千葉市美術館)などが目を引く。

なお、こうした展開において重要な存在のひとつだったと思われるのが、企業からの支援である。とくに美連協をその設立以来支えた花王株式会社は、この活動によりメセナ大賞2001・人材育成賞を受賞している。その際の活動紹介によれば、花王は美連協の活動全般に対して19年間にわたり総額20億6,000万円あまりを協賛(同賞受賞時点)。資金面でのバックアップを続けた★10。ほか、ライオン、清水建設、大日本印刷各社などからも協賛を得ている。

以降、2021年度に新型コロナ禍下で美術展全体が大きな影響を被るまで、美連協は継続して一定数の巡回展に携わってきた。

2020年代は巡回美術展の転換期か?

2020年前後に新型コロナウイルスが世界中で猛威をふるい、各地の美術展開催にも大きな影響を与えたのは記憶に新しい。数々の企画が延期・中止・内容変更などを余儀なくされ、巡回展もその例にもれなかった。美連協の関わる巡回展も2021年度には大きく減少する(新規巡回展4件、12会場)。そして同年4月、美連協は2022年度から事務局業務を停止し、従来の活動を見直すことを発表した。

美連協は巡回展を含む各地の美術展に関わりだけでなく、美術館活動助成(美術館事業および個人・グループ事業)、海外研修派遣、また優れた展覧会やカタログ、論文を顕彰する「美連協大賞」なども実施してきた。なかでも巡回展をつなぐプラットフォームとしての場は、事務局業務停止によって影響を受けたはずである。このニュースを詳報した当時の『美術手帖』ウェブサイトでは、美術館学芸員にも取材してその声を紹介している★11

「公立美術館は館によって予算の執行方法が様々。これまで美連協が各館の予算を預かり、“お財布係”を担ってくれていたから、巡回展が可能だったといっても過言ではない。美連協と同様に、複数の館の予算を管理して巡回展を可能にしているのは、展覧会企画会社や、マスコミと美術館による実行委員会だが、いずれもある程度集客が見込める企画しか対象にならない。メセナ的な性格を持つ美連協のおかげで開催できていた、集客は厳しくても、学芸員の地道な調査研究を実らせるタイプの展覧会は難しくなるかもしれない」

私たち鑑賞者の立場から舞台裏は見えづらいが、こうした予算管理の重要性は、「お財布係」という言葉の柔らかいイメージを超えたものだったかもしれない。それは単にお金の集約と分配ではなく、各種の契約──しかも作品の出品者や館ごとに異なり得る──という法務そのものでもあるだろう。例えばこれを開催館の誰かが代わりに引き受けるというのも、簡単なことではないと想像する。

ただ、この記事には美連協側のコメントとして、今後は「公・私の別なく美術館を支援できるよう、業務内容や組織体制を大きく見直したい」ともあった。そこで今回、これについても前出の事務局・川村氏に伺ったところ、以下の回答を得た。

「(2021年発表の)事務局業務停止については、当協議会の設立から40年以上が経過し、全国に公立美術館が整備され、学芸員の質や美術館同士の連携が成熟した点において、一定の役割を果たすことができたと考えています。

また、設立当初は全国各地で公立美術館が次々に新設される状況にあったことから、加盟館は公立美術館という枠を設けていましたが、現在は公立美術館に限らず、地域において重要な役割を果たしている美術館は多いという実情もあります。そのようなことも踏まえて組織の見直しを検討しているなか、新型コロナウイルスの感染拡大による美術界への影響を契機に、当協議会の加盟館を公立に限る必要はないと判断し、当協議会の組織体制をスリム化して迅速な判断と柔軟な運営ができるようにしたうえで、公立以外の美術館にも門戸を開く方針としました。

現在はこうした組織体制のスリム化と、従来業務のゼロベースでの見直しを行なったうえで、持続的に美術館の活動を支えていけるようにしました。現在は主に『美連協展』『展覧会企画のための共同調査研究助成』『情報共有の場の提供』『情報発信』というかたちで事業を展開しています」

加えて、現在の活動として挙がった各事業については以下の説明があった。全体としては、活動規模はかなり縮小する一方で、協働対象を公立館に限定せず門戸をより広げる体制になったと思われる(加盟館を公立に限らない旨の会則更新を実施。なお現状、加盟館構成に変化はないとのことだった)。

1. 美連協展
加盟館が幹事館となって企画する巡回展を、加盟館から年に1回募集。審査を経て採択された企画(毎年度数件)に対し、美連協事務局が展覧会運営事務局の役割を担い、広報的な支援も行なう。なお、美術館同士のつながりを広げるため、巡回先の開催館には、公立に限らず、非加盟館が含まれていても構わない柔軟な運用とする。

実施展(予定含む):

  • ・「石田尚志 絵と窓の間」2024~2025年度、神奈川県立近代美術館、アーツ前橋、高松市美術館
  • ・「中西夏之 緩やかにみつめるためにいつまでも佇む、装置」2025~2026年度、国立国際美術館、山梨県立美術館、セゾン現代美術館、茨城県近代美術館
  • ・「松本陽子 宵の明星を見た日」2026年度、府中市美術館、いわき市立美術館、神奈川県立近代美術館 葉山

2. 展覧会のための共同調査研究助成
将来的に新しい巡回展を開催することを目指し、美術館を横断したチームで行なう事前調査や、学術的・専門的な研究活動に対して助成を行なう事業。加盟館2館以上が含まれる共同の取り組みを対象として、数年先までを見すえた展覧会の「種」を学芸員たちがじっくり育て、館同士の交流を活性化させる一助になればと考えている。こちらも加盟館が中心となっていれば、公立に限らず非加盟館との案件も支援対象とする。


3. 情報共有の場の提供
毎年、「美術館連絡協議会総会」を開催し、多様な特別講演会を実施するとともに、加盟館同士の交流を促している。また、加盟館が使用できる美連協のポータルサイトで、加盟館の各種情報の共有や展覧会企画の情報交換もできるようにしている。


4. 情報発信
読売新聞紙面や「美術展ナビ」サイト等を通じて美連協展や、各加盟館の情報を広く発信している。

美連協のこうした活動規模の変化を受け、代替ネットワーク的な仕組みも模索されるのか、あるいは各館が自律的なつながりのなかで巡回展づくりを図るケースがより増えるのか、本稿ではまだ判断材料を得ていない。ただ、川村氏の言葉にあったように「一定の役割」が果たされたのだとすれば、現実的には後者の可能性が高いと思われる。

巡回美術展の「これから」を問い直す

巡回展の長所として、単館では予算・人員等の面で困難な企画も複数館の共同で可能なこと、またこれによる研究の質的・経済的基盤の底上げや、その成果としての展覧会や図録の充実が考えられる。さらに、それらは各地で市民にとっての美術体験をより充実させ得るだろう。一方で課題としては、いわば「パッケージ化」された展示の移動のみになってしまうと学芸員ほか人材の成長につながりにくいこと★12や、とくにメディア企業が主催する場合など、知名度や動員力偏重になると多様性を減じることも懸念される。

また本稿のために行なった複数の美術館学芸員(およびその経験者)へのヒアリングのなかには、巡回展をめぐる企業やプラットフォームとの協働について、その問題点を指摘する声もあった。いわく「専門家として美術館に雇用された学芸員がいる以上、その能力や自主性が発揮されにくいメディア主導の企画については思うところも多い」「ゆるやかな連携として生まれた美連協だが、かつて参加した企画会議などではどうしても年長の理事陣の評価が重視され、新しい美術動向を提案する際などは理解を得にくいと感じることもあった」など。

また、高額な開催コストとその採算リスク、あるいは複雑な予算処理を館側がすべて背負わずに済む反面、チケットやグッズの売上による収益分配率の点では一長一短との声もあった。昨今、国立博物館・美術館の展示事業に対しては自己収入の目標設定が課される状況もある★13。その是非はともかく、現状において改めてこうした構造自体をどう考えるかという議論もあり得るだろう。

あるいは、従来のような巡回展の有効性じたいが問い直されているのだろうか。かつて全国各地の新設美術館がゼロ地点から暗中模索した時代は過ぎ、また各地域で地元の新旧作家たちを扱う単館企画なども増えてきた。さらに、そうした現場を経験してきた学芸員らが美術館上層部に着任する世代交代も進んでいる。後編ではこうした状況もふまえながら、これからの巡回美術展の可能性と課題を考えてみたい。

★1──デルスニスの関わるフランス美術展は以降も1931年まで開催された。
中川三千代「エルマン・デルスニスによる両大戦間における日本での展覧会活動」(『文化資源学』第16号、2018) https://www.jstage.jst.go.jp/article/crs/16/0/16_35/_pdf/-char/ja
★2──戦争画と巡回展の関係については、藤田嗣治研究者である林洋子・兵庫県立美術館長への取材にて示唆をいただいた。ここに記して感謝申し上げる。また関連して以下も参照した。 増子保志「“彩管報国”と戦争記録画──戦争と美術(2)──」(『日本大学大学院総合社会情報研究科紀要』No.7、2006、pp.265–274)https://gssc.dld.nihon-u.ac.jp/wp-content/uploads/journal/pdf07/7-265-274-masuko.pdf
★3──「文部省主催近代美術巡回展ひらく」(『日本美術年鑑』東京文化財研究所ウェブサイト、2020)https://www.tobunken.go.jp/materials/nenshi/5649.html
★4──「『フランス美術展』開催」(『日本美術年鑑』東京文化財研究所ウェブサイト、2020) https://www.tobunken.go.jp/materials/nenshi/2635.html
★5──国立美術館巡回展は2024年度まで開催された後、新事業「国立美術館 コレクション・ダイアローグ」「国立美術館 コレクション・プラス」に移行した。 https://www.artmuseums.go.jp/service/traveling/traveling_list
★6──河原啓子「なぜ、マス・メディアは展覧会を開催したのか」(武蔵野美術大学研究紀要No.40、2009)https://acds.musabi.ac.jp/wp-content/uploads/2021/03/2009.pdf
★7──会場名は、後に改称されたものも当時の名称を用いた。以降同様。
★8──「日本の抽象絵画─1910–1945─」は板橋区立美術館、岡山県立美術館、姫路市立美術館、京都府京都文化博物館、北海道立函館美術館、秋田市立千秋美術館を巡回。「官展にみる近代美術」は福岡アジア美術館、府中市美術館、兵庫県立美術館を巡回。それぞれ会報『美連協ニュース』から、速水豊(三重県立美術館館長)「リレーエッセイ(68)」(142号)、およびラワンチャイクン寿子(福岡アジア美術館学芸課長・当時)の「思い出の展覧会(68)」(同151号)を参照した。いずれも『美術館連絡協議会40年のあゆみ』に再録。
★9──「メセナ大賞2001」企業メセナ協議会ウェブサイト https://www.mecenat.or.jp/ja/mecenat_awards/awards_archive/awards2001
★10──「過去25年間の展覧会(1993年度~2006年度」(『美術館連絡協議会25年のあゆみ』美術館連絡協議会事務局刊、2007)および本文中でふれた『美術館連絡協議会40年のあゆみ』所収の「過去15年間の展覧会(2007年度~2021年度)」をもとに集計。会場数は同一館でも巡回展ごとにカウントし、同年度以降の巡回先も含めた。
★11──「美術館連絡協議会が事務局業務の停止を発表。コロナで活動見直しへ」(『美術手帖』ウェブサイト、2021年4月21日)https://bijutsutecho.com/magazine/news/headline/23907
★12──当然ながら、仮にすべてがパッケージ化されたような巡回展であっても、各館の担当学芸員には会場特性に合わせた展示調整等の重要な仕事があると思われ、これを無視するものではない。
★13──「独立行政法人国立美術館が達成すべき業務運営に関する目標(中期目標)」(文部科学省、2026年2月27日)https://www.bunka.go.jp/bunkacho/shokan_hojin/pdf/94336201_01.pdf

(後編へ)※8月初旬公開予定