発行年:2026
版元:けはい出版
公式サイト:https://withdilemma.theshop.jp/items/141822340

前編より)

このように事後の出来事も含めた、つまりデザインされた後も含めた観点から表象が選ばれる場合もあるが、タイプデザイナー、レタリングアーティストのクリスチャン・サーキス(Kristyan Sarkis)が取り上げたのは、デザインのために使う道具だった。彼が対話に際し、自らのルーツを象徴するものとして持参したのは、アラビア書道の道具である。サーキスはレバノン生まれでオランダを拠点にする人物であるが、「各文化には文字を書くための独自の道具があり、それは言語そのものとの関係性を示しています★4」と述べる。

そしてその延長で議論されるのは、デザインと言語をめぐる西洋対非西洋の葛藤である。現代においてデザインを学ぶことは、西洋のデザインを学ぶということとほぼイコールだ。そして非西洋圏のデザイナーたちは、デザイン上で英語を使うことが美的にも良いことだと思う感性を身に付けるよう促される。しかしサーキスは学校でのそうしたカリキュラムに疑問を覚え、アラビア文字の探求に向かったと語る。

日本でも杉浦康平はじめ東アジアの文字空間に対して、さまざまな試みを行なったデザイナーは何人も存在しているが、植民地支配の結果アラビア語よりフランス語や英語が日常的に話されるレバノンの場合は、より自国のルーツに対する切実さが存在するはずだ。平山は言語について、他の対話でもネイティブの英語と非ネイティブの英語を区別しながら議論を進めたり、自らが英語を使って仕事をしつつ、デンマークで生活するという複雑なアイデンティティを単純化することなく言葉を紡いでおり、グローバル社会における言語実践に対する経験に基づいた生きた知見は同書の重要なテーマとなっている。サーキスとの対話では、それがより際立っていると言えるだろう。

身もふたもない言い方をしてしまえばデザインとは「下請け」であり、その意味において社会のイニシアチブをデザインそれ自体が握ることはない★5。だからこそデザインをテーマに据えた対話は「クリエイティブ」の条件を枠づけることにとどまってしまいがちだし、学際性によってそれを拡張しても、コミュニケーション空間の成立そのものが「デザイン」として首肯されてしまう。もちろん実社会でこれらの実験がいずれ試みられるのならば、その意義は担保されるだろう。

しかしここで注意したいのは、ひとたびデザインが社会実装を欲望すると、資本主義との野合という落とし穴にいとも簡単に落ちてしまうことだ。ビジネスシーンにおける「○○デザイン」という言葉の氾濫は、何よりもそのことを物語っている。デザイン実践の展開として私はこういった選択を否定するつもりはないが、果たしてその誘惑は、抗いようのない摂理なのだろうか。

本文で明確に仮想敵として言及されることはないが、同書はこれらのデザインを取り巻く現状についての批判の書としても読めるのではないだろうか。なぜならこの本に登場する6組のプレイヤーたちは、そうした固定観念を打ち破るかのように、それぞれのやり方で自らの思い描く社会へのアクションを、デザインと並走・・させているからである。そしてそれは、この本の企画者である平山自身も実践していることだ。最初に触れたように彼女は環境活動家としての肩書きも持っており、そんな自身のスタンスを「分かったうえで依頼してくださる人たちが増えてきたと感じます★6」と語っている。

平山は「文化的な表象」という錨を下すことによって、表象に通時的、共時的にまとわりつくカルチュラル・ポリティクスをめぐる対話を、机上の空論に終わらせることなく、具体的な問題として言語化した。その思考は抽象化されることなく、リソグラフという印刷技術上避けがたい版ズレや、ひとつひとつ活字を拾い並べることで書名が印字された帯によって、触覚的なものとして読者に迫ってくる。

★4──前掲書『交差点で:デザイン、言語、経験』(49ページ)
★5──こうした問題はかねてデザイナーたちの懸案事項であった。1964年にケン・ガーランドがマニフェストを起草して以来、3度のアップデートが行なわれている「ファースト・シングス・ファースト」は、大量生産、大量消費社会におけるデザイナーの関りについて問題提起をするムーブメントとして知られている。これについて日本語で概説されているものとしては次の資料がある。佐賀一郎「デザイナーの社会的責任」(『DESIGN AND PEOPLE Issue No.1 デザインは主語じゃない』コンセント、2023、32~42ページ)
★6──「『デザインとはメッセージ』。環境活動家でグラフィックデザイナーの平山みな美さん」(『&illuminate』朝日新聞社、2024.05.28、URL=https://www.asahi.com/and/illuminate/article/15268883

参考資料
・「AIがオランダで引き起こした大混乱 数万人を不正受給者と誤判断 親子は引き離された」(『朝日新聞GLOBE+』朝日新聞社、2023.12.21、URL=https://globe.asahi.com/article/15088788

執筆日:2026/05/15(金)