会期:2026/08/01〜2026/09/27
会場:水野美術館[長野県]
公式サイト:https://mizuno-museum.jp/exhibition/2026-08-exhibiton/
江戸時代末期から明治時代半ばまで活躍した「最後の浮世絵師」★1月岡
なお本展は撮影禁止だったため、ホームページで公開されている作品目録とジャパンサーチをはじめとするデジタルアーカイブ、他館での展示図録などを参照しながら本稿を執筆している。
芳年は歌川国芳の門下生のひとりであり、幕末〜明治維新の過渡期においては無惨絵(血みどろ絵)と呼ばれるセンセーショナルな浮世絵のスタイルを確立し、さまざまな画題を多く手がけてきた。明治時代に入ってからは『報知新聞』で、スキャンダルやゴシップを扱うマスメディア報道の一環として、限られた画面の内に時の事件を劇的にレイアウトした。流血表現のリアリティを増すためにさまざまな色や刷りの工夫がなされていること、西洋画からの影響も取り込んだ写実とデフォルメの中間に位置するような描き方などが特徴的だ。
特に無惨絵についての注目が昭和時代に入ってからも続き、泉鏡花、三島由紀夫、江戸川乱歩とさまざまな作家による言及や、1970年代の回顧展の開催が芳年への注目を押し広げて今日に至る。2012年以降も全国各地の美術館で芳年の展覧会はこれまで多数開催されており、展示作品を西本大氣コレクションから借り受けていることは本展とも共通している。芳年のキャリアを国芳門下の頃から晩年までクロノジカルに見せる展示構成も定石通りだが、ささやかながら大きな差異を生む要素が本展には散見された。
例えば、ホームページや展示会場入口にある「※展示作品の一部に、ショッキングな表現が含まれます」という注意文に加えて、その時期の作品の展示エリアに近づくと動線が二股に分かれたサインが掲示されていた。無惨絵の壁面を経由せず、同時期の異なる画題を鑑賞できるように展示動線が案内されているのである。
展示における配慮や、表現にまつわる自主規制のあり方が年々変化していることも影響しているだろう。しかし、この配慮の存在──キュレーションと言っていいだろう──こそが、芳年の実践において無惨絵を過剰に重視しない展覧会という印象に寄与していたことを記しておきたい★2。広い展示室だから可能な動線設計であり、無惨絵が作品点数が多いなかの一部であることもこの印象を後押ししている。
加えて、これまで展示の機会が少なかったと思われる「東海道名所図絵」(1968)全7点のうち2点が展示されていたことも、本展の重要なキュレーションだろう。「東海道名所図絵」は展覧会のキャプションでも触れられていたように、無惨絵を代表する連作「英名二十八衆句」(1866-67)や「魁題百撰相」(1868)と同時期のものであるとともに、芳年が神経衰弱を発症し休養に入る以前の連作である。本展では、幕末から明治維新にかけての動乱が芳年の神経をすり減らした一因かもしれない、という見立てが示されており、明治天皇の東京行幸(京都から東京への遷都に伴う移動。東幸とも略称される)を描いた本作は、芳年自身が翻弄された時代の変化を描いた作品という点を重視して展示されている。
心の内を推察する材料となる手記や手紙が残っていない作家であるため、神経衰弱を発症した因果については見立ての域を出るものではないかもしれない★3。しかし、無惨絵の連作と「東海道名所図絵」が同時期に描かれていたことは事実である。その事実と、画面に描かれたものについて考えてみる。
(中編へ)※2026年10月6日公開予定
★1──芳年を紹介するコピーとして多用されているが、初出は雑誌『みづゑ』1973年11月号での「最後の浮世絵師たち」(執筆:小林忠)のようで、芳年を含む同時期の浮世絵師たちを総称したようである。芳年ひとりにコピーとして付いた早い例としては、1976年に大丸京都店で開催された回顧展タイトル「月岡芳年展 最後の浮世絵師」と、雑誌『芸術生活』の1976年5月号の特集「最後の浮世絵師 月岡芳年」が最初期の使用例と思われる。参考:図録『没後120年記念 月岡芳年展』(太田記念美術館、2012)の「月岡芳年 文献目録」(編:日野原健司)を確認。
★2──“ショッキングな表現”や懸念事項を事前に伝えるトリガーアラートとして、本展のサインは機能していた。芳年についての大々的な展示が始まった1970〜80年代には、おそらくなかったものだろうし、仮にあったとしても、それは(結果的には)無惨絵への期待を煽る機能になっていただろう。
★3──連作「一魁随筆」(1872)の不評が影響したという説もある。芳年の神経衰弱についてどのような見立てがなされてきたかは今回調査できていない。なお、ソーシャルワークや福祉における「見立て」という言葉は、当事者に起きている症状や取り巻く状況に対する仮説を指しており、その後のコミュニケーションや支援のなかで都度更新されていくことが前提となっている。
鑑賞日:2026/09/12(土)