リニューアルのタイミングで、メルマガに掲載していた「編集人のひとりごと。」をアレンジして記事として連載していくことになりました。 著者とのやりとりや取材での出来事、心に留まったこと、調べ物で知ったこと、考えたことなど、つらつら書いていきます。また、開設から30年近い記事がすべて読めるartscape。過去の記事も掘り起こして紹介させていただきたいと思います。編集スタッフが交代で月に2回配信していきます。読者のみなさまには箸休め的な感じで楽しんでいただけると幸いです。

8人のアーティストの移住と時間割」について

ほぼ毎年12月15日号に掲載している、複数のアーティストの寄稿で構成するシリーズがあります。今年は年末ではなく、リニューアルのタイミングにあわせて配信しました。

今回のテーマは何にする? 2022年の好評だったレシピ特集、我こそはと自作のレシピを披露してくださりそうなアーティストはまだまだいそうです。その前の異種の生物との共生特集(編集部内では「ペット特集」ともいう)もそうでしたが、みなさん、自分が愛するものについての執筆は、快く引き受けてくださいました。お忙しいところ、ありがとうございました!

しかし、今回はその路線にはいかず、過去のシリーズで気になっていたことを取り上げることに。それは、ペット特集で取り上げた志村信裕さんの千葉での暮らしでした。志村さんのペットは引越し先の広大な庭に自生する多種多様な植物。お宅は30分ほど歩かなければコンビニもない里山の築100年の古民家だそう。このときから「移住」というテーマが浮かんでいたのでした。

世間では、パンデミックがきっかけで急速にリモートワークがひろまり、ネットさえつながっていればどこでも仕事ができる人が増えました。世界的YouTuberのPewDiePieさんが日本の地方に移住したというのも大きなニュースになりました。

いまいる場所より離れたところに拠点を移すことは、以前よりずっとカジュアルになったのでは。

そもそも現代美術のアーティストには、地方の芸術祭や美術館での展示、アーティスト・イン・レジデンス、滞在制作やリサーチなどでしょっちゅう移動し、気に入った場所があれば定住する方が多いです。行く先々もバラエティに富んでいます。これは移住のエキスパートとして、ぜひその生活の変化について伺ってみたいと思いました。「時間割」はそのための入り口です。時間の使い方からその日々の暮らしを察してみたい。

一番、引越し回数が多かったのは蓮沼昌宏さんで、11回。最初、お願いした文字数の倍以上のテキストをいただき、泣く泣く半分にしていただくようお願いしたところ、ドイツの部分がバッサリなくなりました。蓮沼さんの残念なお気持ちがメールの向こうから伝わってくるような……。私も短期間ですが海外で暮らしたことがあり、その心細さと解放感はわかります。それで、ちょっと長くなってしまったのですが、ドイツの部分を復活させていただきました。

黒田大スケさんからは、アーティストと生活者としての二つのレイヤーが絶妙に一体化された円形時間割が届きました。このゆるいような、でも細かいような時間割は、村田真さんがレビューで書かれていた「話の内容のやるせなさと、すっとぼけた語りとのギャップに、逆に真実味が宿る」にそのまま結びつくのではないでしょうか。

意外だったのは高尾俊介さん。ネットが生活のステージのメインかと思いきや、大学に教員として週4日通い、毎朝保育園にお子さんを送り、という地元密着型。毎日配信されているデイリーコーディングはそのリア充生活から生まれた日記でした。そういえば、執筆者の8人中しっかり子育てされている方が4人も。これも「移住」によって得られた生活かもしれません。

さて、このシリーズの執筆者にはいつもジョーカーがいます。初めから想定してお願いすることもあれば、原稿がきてみて「ジョーカーだった!」とわかる場合もあります。今回のジョーカーは村上慧さんでした。

私が村上さんの作品を最初に拝見したのは、2018年の東アジア文化都市「変容する家」(金沢)の「移住を生活する」でした。そのあとに続く金沢21世紀美術館での個展については、キュレーションと分厚い本(デザインが阿部航太さん!)の編集を担当された同館の野中祐美子さんが詳しく「キュレーターズノート」でレポートしてくださっています。発泡スチロールの家をかぶって長距離を延々と歩くこのプロジェクトは、一見笑いを誘うようで、しかし超ド真面目。ガッツリ心をつかまれました。住むという「点」が移動することで「線」になっていく。「移動」が住むことと一体となって継続している。今回のテーマの「移住」の意味をコロンとひっくり返してくださるのではと思いました。

そしたら、なんと、千葉に土地を買い、そこで電気を使わず自然のサーキュレーションによって冷暖房をまかなって生活する《夏の家 冬の家》プロジェクトが始まっていました。それは高嶋慈さんがレビューを書かれた《広告収入を消化する》(2021)の連なりである《広告看板の家》(2021)から生まれたようです。野中さんのレポートを読み返してみたら、そもそも「移住を生活する」自体が2011年の福島の原発事故が発端でした。エネルギーのテーマはずっとあったんですね。村上さんはちょうどいま、東京都渋谷公園通りギャラリーの「共棲の間合い -『確かさ』と共に生きるには-」展(5/12まで)で展示されています。さっそく行ってきました。


「共棲の間合い -『確かさ』と共に生きるには-」展 村上慧《熱の部屋》展示風景

展示室内に区切られた湯船と床には大量の枯葉が。代々木公園で採集されたそうです。枯葉と米糠と水と枯葉のなかの微生物がまぜられた湯船のなかに手をいれてみました。確かに暖かい! 発酵熱の足湯につかる来場者の方も楽しそうでした。10分くらい浸かっていかれる方もいるそう。そして、となりのテーブルの上に置かれた《夏の家 冬の家》プロジェクトの報告書は、試行錯誤のプロセスで生まれた発想や交渉や実験や挫折や前進や反省が赤裸々、超ド真面目(なのに爆笑🤣すみません😔)に記録され、ページを繰る手が止まりませんでした。村上さんは予想を超えたところにいらっしゃいました。この報告書はネットでも公開されています。

さて、今回は私が担当させていただいたり、メールでやりとりさせていただいた執筆者の方を中心に書かせていただきました。
では、リニューアルしたartscapeをどうぞお楽しみください。(F)