小吹隆文/福住廉 |
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6/24〜7/1 |
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時光──蔡國強と資生堂
6/23〜8/12 資生堂ギャラリー[東京] |
蔡國強の新作展。パネルの上で火薬を爆発させ、その焦げ目で春夏秋冬を描いた「火薬ドローイング」や過去の爆発インスタレーションを記録した映像などが展示されている。爆発の痕跡を芸術として見立てる前者はともかく、蔡國強の真骨頂といえば、やはり後者に見られるような、爆発の瞬間のカタルシスにある。映像を通して見ても、爆発に次ぐ爆発はまさに衝撃的。それは見る者が心の奥底にひそかに隠している、平和で安穏とした都市生活を根底から破壊してやりたい欲望に火をつけるのである。けれども、その映像に資生堂のお偉いさんとの対談が挟み込まれ、当人が恥ずかしげもなく蔡國強の表現活動への惜しみない支援を強調しているのを目の当たりにすると、せっかく盛り上がっていた爆発「芸」に文字どおり水が差され、興ざめさせられる。いつの頃からか、舞台裏で役者を支えていた裏方が表舞台にしゃしゃり出てくる傾向があるが、こうした野暮で無粋な精神こそ、爆発の閃光でかき消してもらいたいものだ。
[6月24日(日) 福住廉] |
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Noah's ark──井上隆夫展
6/26〜7/8 ギャラリーマロニエ[京都] |
ギャラリーには建築廃材や棄てられた木製の道具類、墓標などが点在している。個々のオブジェが響き合い、ポツリポツリと呟くような散文詩的情緒を醸し出しているのが心地よい。それで十分な気もしたが、作品のほとんどが新聞チラシを細かく裁断し固めた上で彫刻・彩色されたものだと知り驚かされた。木が紙になるプロセスのちょうど逆のプロセスで、廃棄物から美術作品へと蘇生させているのだ。タイトルのNoah's ark(ノアの箱舟)とは、大量消費を洪水に例え、新たな生命を吹き込まれた作品がたたずむギャラリーを箱舟と見なしたものである。
[6月26日(火) 小吹隆文] |
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杉山雅之展ー視線の破片ー
6/26〜7/7 ギャラリー16[京都] |
表面に無数の孔が開いたパンチングメタルを用いた彫刻作品。中が空洞なので 軽やかな表現ができ、手前と奥の孔のずれが生み出す視覚効果も面白い。制作 中に軌道変更して作品の一部を大胆にカットすることもあるらしいが、その際 生じる歪みも造形に取り入れるなどその手腕は融通無碍だ。大小さまざまな作 品が並ぶ様は禅寺の石庭を思わせる。造形はモダンそのものなのに、展示次第 で侘び寂びに通じてしまうのも印象に残った。
[6月26日(火) 小吹隆文] |
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→Y 現代美術作家16人展
6/26〜7/1 練馬区立美術館[東京] |
「やじるし、ワイ」と名づけられたグループ展。美術館の展示空間を借りて、 16人の作家それぞれが力作を見せており、展示の構成も無駄が見られず、なか なか見応えがあった。残念なのは、美術館のホームページに、会期前も会期後 も、いっさい本展の情報が掲載されていないこと(したがって正確な記録を確 認しようにも、どうにもならない)。まさか企画展だけ評価の対象になればそ れで結構と思っているわけではないだろうが、批評の充実や現代史の構築とい う点に少しでも考慮が及んでいるのであれば、このような市民の表現活動に関 する情報や記録を丁寧に集めたうえで一般に公開するアーカイヴの機能が不可 欠であることはいうまでもない。美術館の企画展が市民の自主企画を質的に上 回ることを必ずしも自明視できない時代なのだから、率先してアーカイヴとし ての美術館活動を押し進めるべきだろう。
[6月27日(水) 福住廉] |
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Perfect seed×100万人のキャンドルナイトin前橋
6/30 前橋弁天通り&大蓮寺[群馬] |
前橋市の中心地にある、商店街と寺院で行なわれたイヴェント。多くの地方都 市や郊外と同じように、ここ前橋でも大型ショッピングモールの進出によって 昔ながらの商店街がシャッター通りと化している。商店街のアーケードは人影 もまばらになり、店舗は次々と撤退していった。一方、空いたスペースには安 い賃料で若者たちが住みつき、雑貨屋やカフェを開き始めた。そうした主に 20代の若者たちが自主的に運営組織を立ち上げ、地元商店街の協力を仰ぎなが ら、手作りで開催したのがこのイヴェントだ。アーケードの下の路上を舞台に 見立てながら、ミュージシャンによるライブや朗読詩、ダンス、絵画や生け花 の展示などを複合的に催し、一夜限りだったとはいえ、数百人の人びとが訪れ た。なかでも面白かったのは、空間の使い方。路上に設けられた舞台には花や 敷物が置かれているだけで、明確に境界が区切られているわけではなかった。 そのせいか、演者と見る者のあいだを自転車に乗ったおじいさんやおばあさん がゆらゆらと走り抜ける場面が何度も見られた。こうしたある種の「ゆるさ」 は、作品のそれに通じていると思われがちだが、むしろストリートで行なわれ る表現の醍醐味というべきだろう。芸術の価値を自立的に囲い込むのではな く、逆に社会的な広がりのなかへ拡散させながらそのなかで鍛え上げること。 それこそがストリートの真髄である。
[6月30日(土) 福住廉] |
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高橋将貴展
6/25〜7/14 ギャラリーゼロ[大阪] |
さまざまなスポーツのユニホーム姿の肖像画とメジャーリーグの帽子を被った 人々の頭部を描いた連作、置物を思わせるサッカー選手の立体2点などが出品 された。人物像だが、特定の個人を類推させる情報はことごとく消去されてい る。問題はあくまで表層にあるようだ。一見イラスト風で軽いけど、実は西洋 的な肖像画(彫刻)に対する反語的な表現であるのが面白い。没個性的にたた ずむ彼らの姿に、何故かほっこりしてしまうのであった。
[7月1日(日) 小吹隆文] |
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藤本由紀夫展[哲学的玩具]
6/30〜8/5 西宮市大谷記念美術館[兵庫] |
10年にわたるプロジェクト(=美術館の遠足)が終わったと思ったら、翌年も 同じ会場で個展を行なうとは意外な展開。しかも国立国際美術館、和歌山県立 近代美術館でも同時に個展、さらにはヴェネツィアにも参加してるっていうん だから驚くほかない。激務と引き換えに最高の舞台を得た彼が3連続個展をど う仕上げるのか興味津々。第1弾の本展は代表作を中心としたビギナー向けの 入門編。以後の展開に期待が高まる。
[7月1日(日) 小吹隆文] |
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美術館で夏休みを過ごそう!──現代日本画ワンダーランド
6/30〜8/26 高崎市タワー美術館[群馬] |
公益性の高い企画を課せられているということなのか、近年の公立美術館は夏休みになるとそろいもそろって「子ども」向けの企画展を催している。多くの場合、ワークショップやスタンプラリーなどのプログラムによって受け皿を用意しつつ、解説パネルを子ども言葉で記してみたり、あるいはすべての漢字にカナを振ってみたり、展示の仕方にも苦心しているようだ。本展は神戸智行、塩崎顕、磯部光太郎、岡村桂三郎、角田信四郎といった自然や動物をモチーフにした日本画家の作品を見せようとするものだが、この展覧会もまたそうした子ども向けの展示構成になっていた。だが、それがほんとうに子どもの心をひきつけることができていたのか、甚だ疑問といわざるを得ない。中途半端に子どもに媚びた、まさに「子どもだまし」の展示などより、むしろ愚直に作品の魅力を訴えるべきではなかったか。岡村桂三郎の得体の知れない不気味な作品を懇切丁寧にごちゃごちゃ解説しなくとも、伝わるものは子どもにだってきちんと伝わるものである。美術館が子どもになる必要はまったくない。
[7月1日(日) 福住廉] |
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