2019年08月01日号
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敵対性

Antagonism

エルネスト・ラクラウとシャンタル・ムフによって用いられた政治哲学の概念。彼らの共著書である『ヘゲモニーと社会主義の戦略 ラディカルな民主政治へ向けて』(邦題『ポスト・マルクス主義と政治 根源的民主主義のために』)のなかで、敵対性は「社会的なものの限界の経験」として規定されている。ラクラウとムフによれば、敵対性はAとBの衝突としての「現実的対立」とも、Aと非Aのあいだの「論理的矛盾」とも異なる関係である。安定したアイデンティティを持つ者どうしの衝突である現実的対立や、命題の次元で生じる論理的矛盾とは異なり、敵対性とは他者の現前によって自己の十全なアイデンティティが損なわれるという経験に相当する。つまりそれは、自己の十全なアイデンティティの形成を妨げ、同じく他者の十全な対象化を妨げるのである。この構図を社会に当てはめたとき、敵対性は社会を安定した実体として構成することの不可能性をしるしづける。しかしラクラウとムフによれば、それは必ずしも否定的に捉えられるべき事態ではない。むしろ、(仮初めの調和ではなく)こうした敵対性を基礎に置くことによってこそ真の民主政治が可能になる、というのがラクラウとムフの議論の主眼である。政治哲学に由来するこの言葉を美術の文脈で有名にしたのは、クレア・ビショップの論文「敵対と関係性の美学」(2004)である。同論文においてビショップは、ニコラ・ブリオーの『関係性の美学』、およびブリオーが「リレーショナル・アート」の範疇に含めるリクリット・ティラヴァーニャやリアム・ギリックらの作品が、あくまでも安定した調和的な共同体のモデルに基礎を置いていると批判し、むしろサンティアゴ・シエラやトーマス・ヒルシュホルンの作品にこうした敵対性の契機が見られるとして積極的に評価した。

著者: 星野太

参考文献

  • 『SITE ZERO / ZERO SITE』 vol.3, 「現代民主主義理論におけるアゴニズムの隘路」, 山本圭, メディア・デザイン研究所, 2010
  • 『表象』05, 「敵対と関係性の美学」, クレア・ビショップ(星野太訳), 月曜社, 2011
  • 『ポスト・マルクス主義と政治 根源的民主主義のために』, エルネスト・ラクラウ、シャンタル・ムフ(山崎カヲル、石澤武訳), 大村書店, 1992

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