いま知っておくべきアートワード50選
ファッションの展開2014
蘆田裕史(批評家、キュレーター)2014年02月15日号
[キーワード]
デジタルファブリケーション|EC(Electronic commerce)|エシカルファッション|『相対性コムデギャルソン論』|国立デザイン美術館をつくる会
ファッションは技術の進化とともに新しい展開を見せる。ミシンのような制作のためのツールからテキスタイルや染料と言った素材まで、新しい技術が考案されると同時にファッションデザインの方法も更新されてきた。ここ数年、プロダクトデザインの分野ではデジタルファブリケーションが話題となっているが、ファッションにもその波がやってきている。東京を代表するブランドのANREALAGEは既に2010年秋冬コレクションで3Dプリンタを用いてマネキンを作っていたし、2013年春夏コレクションではオランダのデザイナー、イリス・ファン・ヘルペンが3Dプリンタを使った服を発表している。こうしたデジタルファブリケーションはなにもプロの専売特許ではない。「FabLab」のファッション版とも言える「coromoza」が2013年に原宿にオープンし、誰もがレーザーカッターやテキスタイルプリンターをリーズナブルな価格で使用することができ、服作りの可能性が広げられつつある。
技術の進歩の影響はモノ作りだけにとどまった話ではない。数年前に比べると販売のシステムも劇的に変化している。そのひとつがEC(Electronic commerce)の急速な拡大であろう。ZOZOTOWNのようなECサイトの成長は旧来のセレクトショップの延長上にあるが、最近ではブランド自身が公式ウェブサイトにオンラインショップを設ける例が増えつつあり、日本国内に直営店のないブランドであっても、直接ブランドから購入することが可能なところもある。こうした流通の変化がこの先ますます激しくなっていくことは間違いないだろう。
一方で、先端技術を積極的に取り入れようとするデジタルファブリケーションやECとは対局にあるような動きも同時に活性化している。それがエシカルファッションである。エシカルファッションには「オーガニック」、「アップサイクル」、「サステナブル」、「伝統技術の使用」などさまざまな要素があるため一概に定義することは難しいが、21世紀に入って以降急速に規模の拡大したファストファッションの対極にあるスローファッションと言い換えることもできるだろう。竹村伊央による「Ethical Fashion Japan」の設立(2012年)やスタイリストの山口壮大がディレクターを務め、伝統技術を生かしたファッションを提案するプロジェクト「KORI-SHOW」の始動(2013年)など、若い世代がこうした動きに積極的に参与していることはきわめて興味深い。
さて、ファッションの文化的な側面での動きもふたつほどみていこう。まずは出版から。2011年に『ファッションは語りはじめた』を編集した西谷真理子が2012年に『相対性コムデギャルソン論』を出版する。日本を代表するブランドであるコムデギャルソンを特集した書籍・雑誌はこれまでにも出版されているが、ブランドのお墨付き「でない」ものは稀であろう(ひょっとすると初めての試みかもしれない)。ファッションは美術や音楽、映画などに比べて批評がまっとうになされてこなかった。かろうじてジャーナリズムは機能していたと言えるものの、ブランドやデザイナーからの独立性はきわめて低かった。というのも、ブランドに対して批判的な発言をしたジャーナリストはファッションショーという作品発表の場への入場が許可されなくなってしまうからである。そうした事実に鑑みても、この書籍の重要性はかなりのものだと言えるだろう。もうひとつ、山縣良和・坂部三樹郎の手になる『ファッションは魔法』(朝日出版社、2013)も挙げておきたい。上記の『相対性コムデギャルソン論』のように、デザイナーやブランドについて書かれた書籍は枚挙にいとまがないが、デザイナー自身が文章を綴ったものは珍しい。さらにそれが若手のデザイナーともなれば異例中の異例である。ファッションは近接ジャンル(プロダクトデザインや建築など)に比べると作家自身が語ることが少なかったが、少しずつ変化が現れつつあるのかもしれない。
もうひとつの特筆すべき出来事は三宅一生と青柳正規による「国立デザイン美術館をつくる会」の設立であろう。日本にはファッションをアーカイヴする公的機関がほとんどない。神戸ファッション美術館と島根県立石見美術館があるにはあるが、両者とも現在は新しい作品の収集を行っていないように見受けられる。私立の組織としては京都服飾文化研究財団が現代ファッションを収集してはいるが、美術館レベルの展示スペースを持っているわけではなく、大規模な展覧会の開催は概ね5年に1度と決して多いとは言えない。アメリカのメトロポリタン美術館やイギリスのヴィクトリア&アルバート美術館、あるいはフランスのモード&テキスタイル美術館などのように、欧米では公立のファッション美術館やファッション部門をもつ美術館は珍しくない。オランダのようにファッションが盛んとは言えない国であっても、ユトレヒト中央美術館、フローニンガー美術館、デン・ハーグ市立美術館など公立の美術館があたりまえのようにファッションを収集している。日本におけるファッションの文化的地位の低さはこうしたところにも現れているため、「国立デザイン美術館をつくる会」の活動は今後注目していきたい。