いま知っておくべきアートワード50選

デザインの展開2014

暮沢剛巳2015年03月15日号

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ミラノ・サローネ|TOKYO DESIGNERS WEEK(東京デザイナーズウィーク)│東京オリンピック1964デザインプロジェクト

ユーロショップ

 日本でも広く知られているデザインの国際見本市と言えば、なんと言ってもイタリアのミラノ・サローネであろう。だが近年、サローネに劣らない強いインパクトを残しているのが、ドイツのデュッセルドルフで開催されているユーロショップである。毎年開催のサローネに対して、ユーロショップの開催ペースは3年に1度、ライン河畔に位置する見本市会場の面積は300,000m2以上に達し、サローネの会場であるロー・フィエミラノの220,000m2はもちろん、東京ビッグサイトと幕張メッセの合計面積をも上回る規模を誇る。基本は店舗デザインの見本市だが、対象となる範囲は店舗建築、店舗設備、店舗デザイン、照明技術、冷蔵・冷凍装備、ビジュアルマーケティング、販促とPOSマーケティング、情報処理技術、セキュリティ・防犯設備、展示会用ブース、デザイン、イベント運営技術など極めて広い。2011年には53カ国2,038社、2014年には57カ国2,226社が参加するなどその規模は回を追うごとに拡大しつつある。
 ユーロショップの展示は、店舗建築や設備を扱うユーロコンセプト、ビジュアルマーケティングやPOSを扱うユーロセールス、情報処理や安全システムを扱うユーロCIS、展示ブースやイベント運営を扱うユーロエキスポの4部門からなり、いずれも最先端の技術が披露された。2011年の東日本大震災に伴う原発事故とそれに伴う環境・エネルギー問題への関心の高さを反映して、革新的なリテールデザインと環境保護が全体テーマとして掲げられていたこともあって、省エネの冷凍設備と照明器具(特にLED)、環境にやさしい建築材料、再生利用可能な資源の使用例などが注目を集めた。
 多くの企業が支社や支局を構えるなど、デュッセルドルフは日本にも馴染み深い商業都市であり、ユーロショップには毎回多くの日本企業が参加している。2014年の全体の来場者は約109,000人に達したが、そのうち3分の2はドイツ国外からであった。規模の点でも重要性の点でも、いまやミラノ・サローネと肩を並べる見本市に成長した観がある。TOKYO DESIGNERS WEEKなどのイベントが開催されている日本でも、今後大規模な見本市の開催を求める声が高まってくるかもしれない。

東京オリンピック2020

 2013年9月7日、ブエノスアイレスで開催された第125次IOC総会で、2020年の第32回夏季オリンピックの開催地が東京に決定した。2016年大会の招致に失敗して捲土重来を期していた東京の招致委員会にとっては、7年越しの悲願の達成であった。
 ではこの2020年大会をデザインという観点から見た場合、いかなる特徴を指摘することができるだろうか。開催5年前の現時点ではまだ不透明な部分もあるが、2013年1月に招致委員会がIOCに提出した「立候補ファイル」に即して考えてみたい。
 「立候補ファイル」のなかでしきりに強調されているのが、「成熟都市」と「コンパクト」という二つの言葉である。このうち前者は、東京という都市の持つ歴史に加え、1964年にも夏季オリンピックを開催したことがある事実に対応したものである。今回の開催計画は、多くの点で2012年に史上初の3度目のオリンピックを開催したロンドンの開催計画を踏まえたものとなっている。ロンドンの開催計画は、大規模な再開発によって続いていた地域ごとの経済格差を解消する長期的な都市政策に基づくものであったが、果たして東京にはどのようなヴィジョンがあるのだろうか。一方後者だが、招致委員会では、代々木・神宮外苑を含むヘリテッジ・ゾーンと湾岸のベイ・ゾーンの2地区に大半の施設を集中し、また福島の原発事故を意識してか環境への配慮や省エネルギーを謳った開催計画を打ち出しており、コンパクトはその方針を象徴する言葉として用いられている。しかし、会場予想図を見る限り、多くの施設は一点に集約されているというより複数のエリアに分散配置されている印象が強く、「コンパクト」という言葉は必ずしも適切ではないように思われる。いずれにしても、オリンピックの大会期間は2週間程度しかないわけで、その後長期にわたって残される「オリンピック・レガシー」をいかにして活用していくのかが問われることになるだろう。
 そうしたなかにあって毀誉褒貶喧しいのが新国立競技場問題である。老朽化した現競技場に代わって、大会のメイン会場として使用される予定の新国立競技場の設計は、2012年に実施されたコンペに当選したザハ・ハディドに委ねられることが決定したが、施設建設にかかる費用が当初予定されていた1300億円を遥かに超過するばかりか、その前衛的なデザインが競技場の建設予定地である明治神宮外苑の環境を大きく損ねる可能性が指摘されるなど、話題性が優先された観のあるこの決定に関しては当初から多くの専門家の間で疑問の声が上挙がっていた。その後関連シンポジウムなどで多くの議論が展開され、計画案の修正や既存の施設の改修などさまざまな可能性が取り沙汰されているが、現時点で解決の目処は立っていない。コンパクトな開催計画を標榜するオリンピックで、コンパクトならざる問題が露呈したとも言えよう。
 2013年の春、東京国立近代美術館で開催された「東京オリンピック1964デザインプロジェクト」では多くの資料が展示され、当時の日本デザイン界が総動員態勢でこの国家事業に臨んでいたことが実感された(2012年夏には、ヘルシンキのデザインミュージアムで1952年のオリンピック・ヘルシンキ大会を回顧する展覧会が開催されるなど、こうした試みは日本以外の開催経験地でもなされている。またIOC本部の置かれているローザンヌでも、2013年末にオリンピック博物館がリニューアルオープンし、多くのオリンピック関連デザインが展示されている)。果たして2020年の大会に対しては、日本のデザイン界はいかなる態勢で臨むのだろうか。世間ではすでに開会式・閉会式の演出や、1964年大会では存在しなかった公式マスコットのデザインなどを誰が担当するのかをめぐってさまざまな憶測が乱れて飛んでいる。30年以上も昔の話だが、大友克洋は『AKIRA』で2020年の東京オリンピックを舞台とした冒険活劇を描いてみせた。いまにしてみればあまりにも出来過ぎた未来予測と言うほかはないが、滅多にないこの好機に、オリンピックをめぐってこれと同様に刺激的な思考実験を展開してみたいものだ。



ザハ・ハディド・アーキテクツ:新国立競技場コンペ応募案


デザインミュージアム設立に向けて

 「デザインの作品と製品を専門に所蔵・展示・普及活動を行うミュージアム」としてのデザインミュージアム。その基本的な定義や日本に本格的なデザインミュージアムが存在しない現状についてはすでにこのArtwordsでも触れられているが[http://artscape.jp/artword/index.php/デザイン・ミュージアム]、近年国内でもデザインミュージアムの設立に向けた幾つかの動きが活発化しつつある。
 その代表的なひとつが「国立デザイン美術館をつくる会」の活動だろう。2012年秋に活動を開始した同会は、三宅一生と青柳正規の連名で設立趣意書を発表し、「日本のデザインを集大成し、その魅力と意義を伝え、未来の創造力を確かなものにする」国立デザイン美術館の必要性を強調した(この趣意書は、1926年に柳宗悦らが起草した民藝美術館設立趣意書を彷彿とさせる)。その後同会は、数回の公開シンポジウムを開いたほか、2013年末には21_21DESIGN SIGHTで「日本のデザインミュージアム設立に向けて」展[http://www.2121designsight.jp/program/design_museum_japan/]を開催するなど、活発な活動を展開している。


『DESIGNふたつの時代60s vs 00s ジャパンデザインミュージアム構想』(日本デザイン団体協議会編、DNPアートコミュニケーションズ)

 同様に、JIDA(日本インダストリアルデザイナー協会)の活動も精力的である。多くのインダストリアルデザインのコレクションを所有するJIDAは、その1部を長野市に1997年に設立した「JIDAデザインミュージアムin信州新町」[http://jida-museum.jp/]にて収集・展示しているが、さらに本格的なデザインミュージアムの設立を目指して、デザインミュージアムセレクション展を継続的に開催しており、その回数は2015年初頭の時点で16回に達した。なかでも、2011年に開催された「DESIGN ふたつの時代[60s vs 00s]ジャパンデザインミュージアム構想」展は、コレクションはもとよりカタログの資料的な価値という面でも充実していた。
 日本デザイン学会でも、「デザイン資源」という観点からデザインミュージアムの重要性に注目する声が高まっている。これは、「写真・映像、活字、タイポグラフィ、ピクトグラム、アイソタイプ、などの視覚情報デザインの作品・生産物(ポスター、雑誌、カタログ)と技術、デザイン思想によって構成される知の財産」としての「デザイン資源」を構築していこうという見地に立ったもので、現在は一部の大学や財団が小規模なアーカイブを構築するにとどまっている「デザイン資源」の質量両面における本格的な拡充のために、本格的なデザインミュージアムの設立を追求しようとしている。
 長らく欧米特有のものと思われていたデザインミュージアムだが、2005年にはシンガポールにレッド・ドット・デザインミュージアムが開館し、2014年にはソウルでザハ・ハディド設計の東大門デザインプラザがオープンするなど、近年その潮流はアジアにも及んでいる。議論の高まりを受けて、日本でも本格的なデザインミュージアムの設立を期待したい。


レッド・ドット・デザインミュージアム(シンガポール)外観
http://en.red-dot.org/2031.html


ザハ・ハディド・アーキテクツ:東大門デザインプラザ
http://www.zaha-hadid.com/architecture/dongdaemun-design-park-plaza/

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暮沢剛巳

1966年青森県生まれ。東京工科大学デザイン学部教授。美術批評・美術館研究・文化批評。著書に『「風景」という虚構―美術/建築/戦争から考える...