2025年で開設30周年を迎えるartscape。過去に更新されてきた記事のバックナンバーは、その大半がアーカイブされ、現在もオンライン上で読むことができることは実のところあまり知られていません。このサイトに親しんできたさまざまな世代の学芸員や研究者、アーティストたちが、それぞれにとっての思い出の記事や、いまだからこそ注目したい記事を取り上げ、当時の記憶を振り返りながら綴る連載「それぞれのバックナンバー」。今回は、キュレーターを志し、取手アートプロジェクト(TAP)に携わっていた学生時代の頃から本サイトを熟読していたという八戸市美術館学芸員の大澤苑美さん。アートの現場で出会い影響を受けた人々の当時の様子や、全国各地へのアートプロジェクトの熱の伝播、そして現在の大澤さんの活動にもつながっていく原風景を振り返っていただきました。(artscape編集部)
八戸、2025年末の地震を経て
2025年12月8日(月)23:15、最大震度6強の地震が八戸地方を含む、北海道・三陸沖を襲った。
筆者の勤務する八戸市美術館は、建物に大きな被害はなく、休館日を含め3日間の休館措置中に作品の確認作業を行ない、12月12日より開館することができた。しかし、開催中であった「古代エジプト美術館展」(主催:デーリー東北新聞社)は展示資料の一部に損傷が確認されたため、作品保護の観点から会期最後の週末を待たずに途中閉幕の判断とした。
2025年12月12日、閉幕を知らせるお知らせを掲示した[筆者撮影]
大きな震度の割には、家庭に供給される電気・ガス・水道・通信の損傷はほぼなく、比較的早く日常を取り戻した人がほとんどだったこともあってか、休館中も、地震翌日から「展示作品は大丈夫か」「エジプト展はいつから再開するか」との電話問い合わせが、ひっきりなしに寄せられた。地震直前の週末には入場者が1日1300人を超えるほど(当館としては大変混雑するほどの)盛り上がりだったとはいえ、問い合わせの電話の数、閉幕を知らずに展覧会を見ようと来館される方の多さは、個人的には、想定以上のものを感じた。よく災害の後には(近年ではコロナ禍もそうだったが)、文化芸術は「歌舞音曲の類」という言葉に置き換えられ、直接の影響がなくとも自粛すべしという空気に包まれるが、このように「どうしても展覧会を見たい」と強く思う方が多くいたことは、きちんと綴っておきたいところである。
市内でもっとも揺れた地区にある南郷文化ホールの損傷や、中心街のホテルや店舗の休業に、いまだ地震の爪痕が残るが、年末までに、デパートの営業再開、NTT鉄塔の倒壊危険の回避と国道通行止めの解除、JR八戸線の復旧がなされたことは、まちに安堵をもたらした。美術館も、いつもの様子に戻っている。
さて、「artscape30周年記念おめでとう原稿」なのに、地震の話ばかりにページを割いては申し訳ない。もともと地震の前に書き上げていた「私とartscapeの思い出話」へと、この先、読み進めていただければ幸いである。
◆
artscapeで検索して巡る“アートスケープ”
地方住みの学芸員は、生活圏で見ることのできる展覧会やアートイベントは数が限られるので、私の場合は、1〜2カ月に一度のペースで遠征し「美術館を巡る旅」をしている。日程ありきで展覧会を調べて旅先を決めるか、目当ての展覧会を軸に、その美術館の所在する都道府県あるいは隣接地域でほかに何が開催されているかを調べてハシゴ先を決めるか……そんな感じなのだが、その旅の「案内人」として活躍してくれるのが、artscapeの展覧会検索である。もっとも多く開いているページである。
秋に、水戸を巡った。水戸芸術館「日比野克彦 ひとり橋の上に立ってから、だれかと舟で繰り出すまで」、水戸市内原郷土史義勇軍資料館「弓指寛治 不成者:現代アートが描く義勇軍」を目当てにしつつ、合わせて茨城県立近代美術館を訪れた。
三つの美術館を見てまわる途中に、景色を見たり、地のものを味わえる飲食店やスーパーなどの生活拠点にも寄り道するなかで、その地域の空気感や暮らしている/暮らしてきた人のことも見えてくる。さらに、それが展覧会の内容ともリンクすることで、その土地の美と歴史が、多面的に、あるいは、思わぬ方向から局所的に、浮かび上がってくる。最近はこんな感じで、地域や複数の(歴史・民俗・自然系も含む)ミュージアムと土地を合わせて見る、いわば芸術祭的な見方で、ひとつの地域の“アートスケープ”を見るのが、私の旅のお気に入りスタイルである。
そうして見えてきた現在のアートスケープは、artscapeのバックナンバーによって、時代の深みがもたらされることもしばしばある。
「artscape BLOG:MORI channel」のコア読者だった頃
水戸芸術館の日比野克彦展を見て、20年前、2005年に同館で開催され、当時、水戸芸術館学芸員だった森司さんが担当した「日比野克彦の一人万博」(会期:2005年8月6日〜9月19日)を思い出す。当時も、愛知万博の年だった。
その頃、私は学生で、取手アートプロジェクト(TAP)にどっぷり身を置いて、アートプロジェクトの現場というものを叩き込まれていた。TAPでは、2004〜06年にアートマネージャーを育てる実践型研修「TAP塾」が展開されており、そのTAP塾の講師を、東京藝術大学の熊倉純子先生とともに務めていたのが、森司さんだった。
取手アートプロジェクト2005「はらっぱ経由で、逢いましょう」(筆者撮影)
当時のソーシャルメディアといえば「ブログ」が最盛期の時代。同じくTAPに関わってくださっていた美術家・藤浩志さんのブログ「Report 藤浩志企画制作室」とともに、森さんのブログ「artscape blog : MORI channel」の更新を追いかけていた。森さんの仕事の仕方を盗み見て学びたい、ということももちろんあったけれども、TAP塾生としては、チラシの校正やアーティストからの相談事など……森さんにOKをもらったり意見をもらわないとコトが進まないということもあり、「メールの返事が来ないけど、いま、森さんはお忙しいのかしら」と、森さんの動向を探るためだったというのが正直なところかもしれない。だとしても、森さんのブログを、「キュレーターやアートマネージャーというのは、こういう生き方をするということなんだ!」という憧れの心持ちで見ていたことは確かである。
久しぶりに、懐かしい気持ちで見返してみる。企業協賛依頼のために行脚する一日のスケジュールから、チラシやカタログ校正の緊張感、設営時の作品搬入に誰がどんな順番で来たのか、配送したチラシがまちなかに掲示されたのを見たときの喜び、ちょうど日比野展の頃が京成百貨店が移転の頃だったという街の記録……。宝箱を開けるようである。些細な記録が意外と大事な歴史的証拠や裏づけとなりうることは、学芸員になったいまだから、その価値がわかる。そして、それが、いまだにインターネットで見られるのは、本当に素晴らしい。

「artscape BLOG: MORI channel」は2004年4月から2007年5月まで随時更新された。その後継にあたる「artscape BLOG 2:アート日報」でも第1タームの執筆者として2008年7月から10月の間ブログを更新
青森の“アートスケープ”の地殻変動
眺め直していると、青森に関する投稿が出てくるのも興味深い。森さんのブログの更新期間は、2004年4月から2007年前半(TAP塾の期間とピッタリ重なる)だが、ちょうどこの時期、青森の“アートスケープ”も大きな転換期を迎えている頃だった。青森県立美術館の開館(2006)、いまは弘前れんが倉庫美術館となった吉井酒造倉庫で行なわれた「YOSHITOMO NARA + graf AtoZ」(2006)などの一連のムーブメント、国際芸術センター青森(ACAC)やそのメンバーで運営していたアートスペース「空間実験室」などが話題であった。「青森に行かないとまずい」という雰囲気で、私が初めて青森県を訪れたのも2006年だ。そんな青森(津軽)のアートに灯を焚きつけたのも、森さん、熊倉先生たちが全国を巡回して開催していた「トヨタ・アートマネジメント講座」の「Vol.24/青森セッション」(1999)だったと聞いている。
森さんのブログだけでなく、ほかにもいくつか青森のことが書かれた記事もartscapeのなかに見つけることができる。
8・9・10のフォーラムの告知|森司:artscape BLOG: MORI channel(2005年01月04日)
青森・24(トゥエンティーフォー)|森司:artscape BLOG: MORI channel(2005年10月30日)
夏祭りと「A to Z」|暮沢剛巳:フォーカス(2006年08月10日号)
その後私は、2011年の震災直後の4月から青森県八戸市に住み、市の文化政策部署でアートプロジェクトの企画運営に奔走した。2011年2月「八戸ポータルミュージアムはっち」の開館以降、筆者の担当した「南郷アートプロジェクト」(2011-20)、「八戸工場大学」(2013-20)といったアートプロジェクトが始まり、2016年に市営書店「八戸ブックセンター」が開館したりと、八戸の“アートスケープ”が動いていく。
すべての人々へ希望、そして光を──八戸ポータルミュージアム「はっち」オープン/渡辺郷「After us the deluge」@Midori Art Center(MAC)|日沼禎子:キュレーターズノート(2011年04月01日号)
新しい八戸市美術館を綴る
そして2021年には、青森県内ではいち早く1986年に開館していたものの、旧税務署の建物を使っていたことも相まって話題に乗り遅れていた八戸市美術館が、全面建て替えをして再開館し、私も美術館の学芸員として、地域の美術や作家、市民と日々奮闘することとなった。さらに、2023年には、森さんをゲストキュレーターに招いたプロジェクト・展覧会「美しいHUG!」(会期:2023年4月29日〜8月28日)を開催し、私は、森さんに二度目の教えをいただくことになった。
私はもっぱら、artscapeを読者/ユーザーとして使ってきた。しかし今度は執筆者として、これら新しい八戸市美術館の奮闘の様子を、artscapeに留める機会をいただいたのはとても嬉しいことだった。
「美しいHUG!」──ものとこと、作品と人、ホワイトキューブとジャイアントルーム|大澤苑美:キュレーターズノート(2023年04月01日号)
「美しいHUG!」より、黒川岳《石を聴く》(2018/23)[©︎YOSUKE SUZUKI]
「美しいHUG!」より、青木野枝《もどる水/八戸》[©︎Daici Ano]
先の水戸芸術館で開催した日比野克彦展は、この春に、八戸に巡回する(会期:2026年4月18日~2026年9月23日)。年明けから、トークイベントやプロジェクトがスタートしていくが、なかでも、保管倉庫に眠っていた日比野さんの作品を、市民プロジェクトメンバー「アートファーマー」と開梱する「KAIKONプロジェクト」は、八戸市美術館ならではの展開方法になる気配がしている。
日比野展を担当する同僚の奮闘を横で見つつ、私も、地元の作家のリサーチを3本ほど走らせながら、美術館/アーティスト/美術と市民や地域との関わりしろを作るイベントやプロジェクトを動かしている。最近は、アートファーマーが「美術館広報部」と銘打って、美術館で見聞きしたことや興味を持ったアーティストをインタビューし、note に綴る活動も軌道に乗ってきたところである。そんな記録の積み重ねも、森さんのブログのように、いつか、この時代の八戸の“アートスケープ”を映し出す、大事な記録になるのかもしれないと思いながら。
関連記事
「美しいHUG!」──ものとこと、作品と人、ホワイトキューブとジャイアントルーム|大澤苑美:キュレーターズノート(2023年04月01日号)
関連リンク
八戸市美術館「日比野克彦 ひとり橋の上に立ってから、だれかと舟で繰り出すまで」:https://hachinohe-art-museum.jp/exhibition/6529/
八戸市美術館|美術館広報部(アートファーマー):https://note.com/8noheartmuseum
取手アートプロジェクト:https://toride-ap.gr.jp/
