
会期:2026/04/03~2026/05/05
会場:ニュー椿[東京都]
(前編より)
描かれた図像もこのような鑑賞への拒絶と関連付けられるものであり、かつこれまでよシまるが取り組んできた、インフォグラフィックスに対する関心と地続きとなっている。インフォグラフィックスとは案内図やグラフをはじめとしたものであり、日常にはそのようなイメージが溢れている。とりわけ都市のような地上、地下にわたる複層空間では、人々はこれらの図解を頼りに目的地へと向かっていくため、インフォグラフィックスは私たちの生活にとってなくてはならない存在である。
そしてインフォグラフィックスは地下鉄の普及に伴い、それまでの「地図上の位置関係よりダイアグラム的な表現を優先する★1」ことで表現を洗練させていった領域でもある。その意味においてこれらの表象は、近代的なデザインとともに歩みを進めてきたと言ってもいいだろう。
こうしたイメージは生活空間をとりまく視覚情報であることもあり、数々の現代美術作品にも登場してきた。例えばアンディ・ウォーホルはダンスに関する書籍の図版を素材に《ダンス図表》(1962)を制作し、ポップかつコンセプチュアルなイメージとして提示した。また三上晴子が《モレキュラー・インフォマティクス》(1996-99)において、体験者の視線をバーチャル空間に可視化し、それを視覚的に構造化したこともインフォグラフィックスの美術における展開として挙げてもいいだろう。

よシまるシン《「宇宙のスペース」図》(2024)[画像提供:よシまるシン]
このようにインフォグラフィックスはモチーフとしてさまざまなアプローチが試みられており、よシまるもまた継続的にこうした表象スタイルを過剰に解釈した作品制作を行なってきた。彼はこれまで《「宇宙のスペース」図》(2024)のように多面的な情報を2次元に圧縮したダイアグラムや、あみだくじを絵画的なグラフィックとして再発明してきた。その意識は同展でも継続されていて、例えば《alligator》(2026、下図右)では作品で画面内にあみだくじとも樹木ともとれるイメージを描き、そのインタラクティブ性はイメージの自律を許さない。
よシまるシン「非鑑賞物を鑑賞する??? — 標識・視力検査・あみだくじ —」会場風景[筆者撮影]
このようによシまるは展示体験の裏をかき、その構造の制度性を相殺する。前編でも触れたように彼のアウトプットは幅広く、最近では小説も発表するなど自身でもその肩書を明確に定義していない★2。
DOMMUNEにてストリーミングされた「『第6回 よシまるシン大全』with 死後くん」においてよシまるは、そうした態度をとることについて各種専門性に対する遠慮を見え隠れさせてもいたが、現代美術という複雑な価値形成の場において「鑑賞」という即物的なアプローチを貫徹したこの度の個展は、ある種のダダ的な身振りを体現していたと言えるだろう。
★1──永原康史『インフォグラフィックスの潮流──情報と図解の近代史』(誠文堂新光社、2016、23頁)
★2──「明日のアー」の舞台公演に出演するなど、よシまるは役者としての顔も持ち併せている。
参考資料
・DOMMUNE「『第6回 よシまるシン大全』with 死後くん」(https://www.dommune.com/streamings/2025/102801/)
鑑賞日:2026/04/12(日)