大学院の修士課程に在籍していた約10年前、学部生向けに新設された「極限環境デザイン」という授業のティーチングアシスタントを務めていた時期があります。「極限環境」と聞いて思い浮かぶのは、宇宙空間や深海、極寒の雪氷地帯、あるいは過酷な災害地など、人間が本来生存し得ない領域でしょう。その授業は、そうした困難な条件が立ちはだかる環境下において、人間の居住を可能にする建築やプロダクトの設計・デザインを構想するというものでした。

振り返れば、1960年代の前衛建築家集団「アーキグラム」が構想した“歩く都市”《ウォーキング・シティ》や、19世紀末にロシアの科学者ツィオルコフスキーが着想した成層圏へと伸びる「宇宙エレベーター」のビジョンなど、「ここではない遙かかなた」へと思いを馳せることは、古くから数多くのクリエイターたちの意欲を掻き立ててきました。また近年では、そうした想像力にテクノロジーが追いつき、人間の能力を拡張するアバターロボットを介して、極限環境での活動を展開するようなアプローチも盛んになっています。物理的な制約が強ければ強いほど、逆説的に人間の想像力や技術は限界を超えて飛躍していくようです。

編集者として働き始めてからも、極限環境というコンセプトへの興味は頭の片隅に残り続けていました。当時の担当媒体で宇宙飛行士や登山家、南極観測隊の隊長に取材する機会に恵まれ、極限の地で活動する人々の生の声に直接触れられたことは、いま振り返っても幸運な経験でした。 そうした関心をずっと抱いていたこともあり、artscapeで先日公開された批評家・黒嵜想氏の寄稿記事「極地がもたらす想像力と“氷”象の観測──南極誌『P2P』と極セカイ研究所」を読んだときは、当時の感覚を懐かしく思い出すと同時に、極地を芸術文化や思想の観点から捉え直す視座にハッとさせられました。記事では、南極という極地がときにSF作品で描かれたり、各国の国家事業が交錯する場となったりと、極めて巨大な「イメージの資源」として機能してきた歴史が紐解かれています。

とくに興味深く感じたのは、そのような極限の地にアーティスト自らが実際に赴き、そこで表現を行なうことへの期待です。極セカイ研究所によれば、南極に観測基地を置く他国はそれぞれ現地に芸術家を招聘・派遣しているそうですが、日本ではまだ専業の芸術家を派遣した例はないといいます。科学的・数値的なデータだけでは到底捉えきれない、極限の自然に直面した人間の未知なる感覚や、現代のグローバル社会から切り離された真の「外部」に身を置くこと。記事内でも触れられている「南極ビエンナーレ」のように、あえて過酷な場所へと赴く表現者たちの営みは、私たちがまだ扱いきれていない感性や身体性を露わにし、他者と共有可能なメディアへと翻訳してくれる点にも意義があるのではないでしょうか。

私たちが当たり前だと思っている日常や社会の輪郭が、まったく別の姿として立ち上がってくる極限環境──ここではない遙かかなたをめぐる表現と、その知の歴史に、ぜひ記事を通して触れてみてください。(h)

某日、日本海にて[筆者撮影]