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学芸員レポート
青森/日沼禎子|東京/住友文彦熊本/坂本顕子北海道/鎌田享金沢/鷲田めるろ香川/植松由佳福岡/山口洋三
開拓の地、十和田に新たな芸術拠点──「十和田市現代美術館」/あおもり版画トリエンナーレ2007
青森/日沼禎子(国際芸術センター青森
 新しい年が明けて間もなく、オープンを間近に控えた「十和田市現代美術館」の建設現場を訪問した。十和田市企画調整課の担当者に案内された建物は、官庁街通りに面してひときわ目を引く。青森県南部に位置する十和田市は積雪も少ないこともあいまってか、北国特有の冬の閉塞感を見事に裏切っている。白い建物がうっすらと雪に包まれ、ペールブルーの空に美しく映えている。屋根材を使ったという外壁は独特の質感を持ち、新築のビルが与えがちな威圧的な量感からは離れ、「開かれた拠点」としてのイメージを効果的に作り出している。建物内部に入るとさらに新鮮な印象を持つのが、内部と外部との近さである。「屋外にあるパブリックアートに屋根をかけたようなイメージでしょうか」と担当者が語るように、大きなガラスの開口部からは自然光が柔らかく入り込み、また、隣接する歩道がすぐ目の前にあり、室内にいるにもかかわらず、街路樹のある通りを散歩しているかのような開放感がある。
十和田市現代美術館外観 十和田市現代美術館外観
十和田市現代美術館外観
 十和田市現代美術館は、同市が2005年から5カ年計画で取り組む「アーツ・トワダ(十和田市野外芸術文化ゾーン)」の中核施設として整備されるものだ。施設内には国内外のアーティストによるコミッションワークを配し、また、来訪者がさまざまな芸術文化活動を行なえる市民活動スペース、屋外イヴェントスペースの機能を持つ。今後は、施設周辺やおよそ1.1キロメートルの沿道に、シンボルアート、ストリートファニチャーが設置される予定である。都市計画と文化的要素を併合させた取り組みは、行政事業の事例としても注目されるところであろう。
駒街道
駒街道
十和田市現代美術館が面する官庁街通り。通称「駒街道」
 都市計画という側面では、十和田市はおよそ150年前からの歴史を受け継いでいることにも着目したい。1850年代、現・十和田市である北郡相坂村を含む三本木原と呼ばれる地域一体は、当時の南部盛岡藩の領地であった。盛岡藩は広大な地域を有しながらも、相次ぐ凶作と幕末の混乱のなか、財政が逼迫。1855(安政2)年、新田開発による藩の建て直しの任を担った、新渡戸傳が三本木原開拓に着手。奥入瀬川の上流から水路をつくり、約4年の歳月をかけて三本木原への上水に成功。開田のための大きな礎を作った。続き、傳の息子である十次郎による大規模な都市計画も行なわれ、区画整理とともに衛生面、防災面に配慮するための用水路を設け、住宅区域、耕作区域、商業区域などの土地利用区分も示されている。当時は完成をみなかったこの計画は戦後の復興期に再び注目され、十次郎の計画したまちづくりが踏襲されたかたちで、碁盤の目状に区画された現在の十和田市中心街がある。近年においては、官庁街通りを「駒街道」と名付けシンボルロードとし、松と桜の並木道には場産地にちなんだ馬の彫像を配置。1986(昭和61)年8月10日に「日本の道・百選」(建設省選定)に選ばれている。こうしたまちづくりへの歴史的な取り組みが、現在のアーツ・トワダの取り組みへと繋がっていることは間違いない。
 オープン予定の施設は、計画当初の「十和田アートセンター」という仮称から、昨年行なわれた市民投票と選考委員により「十和田市現代美術館」という名称が正式に決定された。しかし、美術館という冠はついているが、本来的な意味での美術館とは異なる。作品所蔵のあり方や教育普及的活動などの施設が担う機能も、利用者側の想像や期待とは違った部分が出てくるのではないか?という疑問を担当者に投げかけてみた。「整備事業にあたっては、平成元年からゆっくりと時間をかけて取り組んできた経緯がある。金沢21世紀美術館や、青森県立美術館などのさまざまな先進事例から学んできたことは大きい。私たちは、これまで行なってきたプレイヴェントも含め、新しい物事に取り組むにあたって、この場にとっての必然を少しずつ積み重ねていくことを大事にしてきた。そうした過程のなかで、他でやっているからといって、すべてを取り入れる必要はない。施設や機能にこだわらず、この通り全体を美術館とする考え方、呼称があってもよいのではないかという結論に至った。スタンダードではないかもしれないが、むしろその自由さが、思いもかけない可能性を生むのではないかと期待する」と、担当者は答えた。淡々と語る言葉からは、確かな自信がうかがえた。
 建物の中には、まだ作品が設置されていないが、豊かな空白が確かにそこにある。じっくりと足元を見据えながら必然を重ねるという態度。ガラスの回廊を歩きながら、開拓の民が培ってきた場と精神の有り様に思いを馳せてみる。駒街道に遅い桜の花が満開になる頃、回廊を繋ぐ一つひとつの空間に豊かな作品の花が咲く。その姿に出会える新しい春を、心待ちにしていよう。

十和田市現代美術館
青森県十和田市西十二番町6-1/Tel.0176-23-5111
*2008年4月26日開館予定

学芸員レポート
 青森市が市制施行100周年事業として、1998(平成10)年に開催した版画の全国公募展「あおもり版画大賞」が契機となり、以後3年に1度のトリエンナーレとして行なってきたあおもり版画トリエンナーレは、2007年、公募大賞を世界へと拡げ、名称も新たに「あおもり版画トリエンナーレ」として、国際芸術センター青森を会場に開催された。青森市は近代版画の優れた作家である棟方志功や関野凖一郎を輩出した地域として、市内の小学校の多くが、児童の版画制作の指導を行なうなど、長く版画振興へ力を注いできた。この度の公募では、版画制作に取り組む国内外の作家に発表の場を提供し、また、すぐれた版画作品を鑑賞し、表現の豊かさに触れる機会をつくることが目的とされた。また、テーマを「伝統も視野にいれ、新たな版・画をひらく」とし、「版」という解釈を広義にとらえた作品の公募を行なった。
 2007年3月の公募開始から7月末の締め切りまでのあいだに、35カ国、741名、延べ1,646点の応募点数があり、なかから120点の入選および大賞を含めた各賞17点が決定され期間中の展示が行なわれた。木版画、銅版画、リトグラフ、シルクスクリーンなどをはじめとした一般的な技法のほか、この度はシルクスクリーンを用いたマルチプル作品も出展され、現代における「版」表現の多様さが提示されることとなった。集まった作品の審査については各審査員の評が大きく分かれることとなり、結果として当初予定されていた賞の他「審査員奨励賞」が特別に設置されたが、国際公募展としての質については、今後の積み重ねによって評価されていくものだろう。また、この度新たに「ACAC賞」が設置され、アーティスト・イン・レジデンスを中心事業とする施設である国際芸術センター青森・ACACが会場となったことから、受賞者には滞在制作者として招聘されるというグラントが与えられる。創作と鑑賞との双方を繋ぐ取り組みは、ACACにおいての重要な役割のひとつである。本展開催において、その役割がさらに明確になるとともに、新しい版画作家の発掘・支援という、新たな可能性を見出すきっかけともなった。
あおもり版画トリエンナーレ2007 あおもり版画トリエンナーレ2007
あおもり版画トリエンナーレ2007 あおもり版画トリエンナーレ2007
あおもり版画トリエンナーレ2007
右下は「大賞作品《かたち──47"うてな"》を前にアーティスト・トーク中の濱田富貴氏。右は棟方志功版画特賞《夜》大力拓哉の作品」

あおもり版画トリエンナーレ2007
会期:2007年11月24日(土)〜12月9日(日)
会場:国際芸術センター青森・ACAC
青森県青森市合子沢字山崎152-6/Tel.017-764-5200
主催:あおもり版画トリエンナーレ実行委員会


審査員:
○中原佑介(兵庫県立美術館館長)
○酒井忠康(世田谷美術館館長)
○逢坂恵理子(森美術館アーティスティック・ディレクター)
○西野嘉章(東京大学総合研究博物館教授)
○三好徹(青森県立美術館美術企画課長)
○佐藤健一(あおもり版画トリエンナーレ2007実行委員会実行委員長)
○浜田剛爾(国際芸術センター青森館長)
(順不同、敬称略)

○大賞:濱田富貴(東京都)《かたち──47"うてな"》エッチング、アクアチント
○棟方志功木版画特賞:大力拓哉(大阪府)《夜》、木版、85×66cm
○ACAC賞:吉永晴彦(東京都)《Spool / T.O. 07-03》、シルクスクリーン
○東奥日報賞:根本聖子(埼玉県)《KARMA30 旅立つ 一本の樹のために》、リトグラフ
○青森テレビ賞:池田緑(北海道)《Silent Breath (木が6年間掛けたマスク)》、デジタルプリント
○青森放送賞:小竹美雪(神奈川県)《crossing_trance_mass_02》、銅版
○青森銀行賞:安藤友里(千葉県)《とある光景 -1-》、エッチング、アクアチント:
○みちのく銀行賞:松江喜代寿(青森県)《北辺春秋 '07 津軽の夜祭五所川原》、コラグラフ
○番地銘石賞:岸雪絵(京都府)《colorful jars》、リトグラフ
○あすなろ賞:大西伸明(京都府)《lace 1》、シルクスクリーン
○審査員奨励賞:近松素子(兵庫県)/CROTHERS,Wayne(東京都、オーストラリア)/井川道子(東京都)/池田潤(神奈川県)/澤田祐一(静岡県)/SIETINS,Guntars(ラトビア)/吉松遼平(東京都)

[ひぬま ていこ]
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