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学芸員レポート
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路上のニュー宇宙/「大竹伸朗 カスバの男」展/大竹伸朗と別海2007
福岡アートフェア・シミュレーションα/菊畑茂久馬と〈物〉語るオブジェ
福岡/山口洋三(福岡市美術館
大竹伸朗展図録各種
大竹伸朗展図録各種。
右から「大竹伸朗と別海2007」展、「大竹伸朗展──路上のニュー宇宙」、そして「全景」。
「全景」は猫並み(?)のヴォリューム重さ6kg。
 2006年の「大竹伸朗『全景』1955-2006」(東京都現代美術館、2006)から1年後の昨年末、図録がようやく刊行された。会場のショップに置かれていた束見本からさらにヴォリュームアップし、付録CDが2枚、さらに部分的にではあるが会場写真も掲載。詳細な年譜も読み応えがある。デザインや構成は極めてオーソドックスだが、2200を超す図版を割りつけるだけでも苦行に近かっただろうに、既存の方法では製本不可能なページ数を誇る本書は、予定発行部数1万部のすべてが手作業による製本となったという。とにかく、一個人の作品を集めた作品集としても、異例の出版物ではないかと思われる。
 ファン待望の図録だったにちがいない、この「全景」図録の発刊と入れ替わるように品切れとなってしまったのが、「大竹伸朗──路上のニュー宇宙」図録(福岡市美術館広島市現代美術館、2007)である。もともと印刷部数が少なめであったことも原因なのだが、特に広島の観覧者の方々にはご迷惑をおかけすることとなってしまった。この場を借りてお詫び申し上げたい。増刷できないかなあ、何か工夫して? でも300頁の中に、図版を500以上も詰め込ませてしまい、こちらもデザイナーの藤田公一さんと印刷会社の瞬報社写真印刷には苦行を強いてしまった。展示数は635で、「全景」環境以後では小規模(!)に分類されてしまうのだろうが、通常の国内美術館サイズとしてはもうめいっぱい。2年続けての展示担当となったカトーレックの方々も文字通り苦行だったに違いないが(《ダブ平&ニューシャネル》の組み立てと分解を2回づつやる……)彼らでなければ本巡回展も開催不可能だったのは確か。福岡/広島では、普段使わない備品倉庫までも会場化しようやく実現した展示だったが、プラン組んでいる最中はほとんど空間パズル。「全景」をごらんになった方々も遠方から結構いらっしゃったが、展示にしろ図録にしろ、そうした目の厳しい方々にも満足を与えられたようでいちおうは安心。福岡では内橋和久氏と《ダブ平&ニューシャネル》によるジョイントライブも行なった。そろそろ築30年を迎える古い建物なので音漏れや振動(!)が不安ではあったが、前川建築はエラカッタ。実際には問題なし。その場の即興でたっぷり1時間。濃密で楽しいライブだった。
「路上のニュー宇宙」(福岡市美術館) 「路上のニュー宇宙」(広島市現代美術館)
左:「路上のニュー宇宙」(福岡市美術館)における《日本景》シリーズの展示(撮影:中野正貴)。
「全景」と趣向を変え、地域ごとに西から東に展示。広島では東から西に展示
右:「路上のニュー宇宙」(広島市現代美術館)における《網膜(パープルヘイズ)》の展示。
これらは1990年にドイツでの展覧会に出されたのみで。国内展示は本展が初めて
「大竹伸朗と別海2007」 (ウルリー牧場・サイロ小屋ギャラリー)
「大竹伸朗と別海2007」
(ウルリー牧場・サイロ小屋ギャラリー)。
窓からの景色が出品作品のイメージとダブる
 大分・湯布院の由布院空想の森アルテジオでは「大竹伸朗 カスバの男」展(同館所蔵のモロッコスケッチを展示)、そして昨年に引き続き北海道別海・ウルリー牧場では「大竹伸朗と別海2007」と、広島、直島(「家プロジェクト」)を挟んで列島の両端で展覧会が開かれたことは興味深いが、私個人の体験として大きかったのは、一昨年にはかなわなかった別海訪問を、昨年果たすことができたことだ。札幌の友人夫妻とともに札幌から車を飛ばすこと8時間。現地では牧場主の渡辺夫妻ともようやく出会えた。幸い天候にも恵まれ空気は澄み切っていた。大竹伸朗が描き、今回展示された油彩は同様の空気感をさらっとした筆致の中に見事に描ききっており、正にこの場、この空気感の中で見なければ真の鑑賞はおぼつかないものだとわかった。会場であるサイロ小屋の窓から見た風景が、大竹の描いた絵画とシンクロして見えたのだ。私は、わずか20点たらずの油彩画とスケッチ、写真を見るために、九州から北海道を訪れたのではなかったのだ。絵画を風景(空間)、そして30数年という時間とリンクさせるものだと理解し、そしてその場でそのことが理解できるのならば、この展覧会は良質のランドアートであり、また30年以上かけて作家の記憶と時間とをシンクロさせるために行なわれた究極のコンセプチュアルアートである。

大竹伸朗「カスバの男──モロッコ旅日記 原画展」
会期:2007年8月1日〜12月31日
*2月中旬まで会期延長
会場:アルテジオ
大分県由布市由布院温泉川上1272-175/Tel.0977-28-8686

大竹伸朗と別海2007
会期:10月26日(金)〜11月26日(月)
会場:ウルリー牧場・サイロ小屋ギャラリー
北海道野付郡別海町別海181-20

学芸員レポート
 さて福岡である。前回の記事の末尾にて少し触れたとおり、まずは「福岡アートフェア・シミュレーション(fafa)」(福岡県立美術館)を紹介したい。展覧会というよりは、ブース出展による見本市会場に近い雰囲気であったこのイヴェントは、九州・沖縄地域で現代美術の活動を行なっている小規模のギャラリー、アートスペースほか各種グループを紹介する趣旨のもの。主に福岡を拠点としたグループの出展が多かったが、各地域から集まったグループ数は50超。会場はかなり窮屈な状況で、これほどの数の現代美術関連グループが九州に存在していたことは意外だった。
「福岡アートフェア・シミュレーションα」(福岡県立美術館)
「福岡アートフェア・シミュレーションα」(福岡県立美術館)会場風景
 アジア現代美術の紹介や、「ミュージアムシティ福岡」に代表される都市型の野外美術展など、1980-90年代にかけて、福岡は全国的にも世界的にも珍しく先進的な試みを行なってきたことは、関係者にはよく知られるところだ。しかし近年では、企業協賛や行政からの補助金が細り、「ミュージアムシティ福岡」自体が開催困難となったうえに、後発の国際現代美術展でもアジアや非欧米諸国の現代美術を展示するようになり、福岡市美術館福岡アジア美術館でのアジア美術展/福岡トリエンナーレの優位性や特異性のアピール度が落ちてしまった。美術館の予算も減り、展覧会の規模を縮小せざるを得ない状況もそれに拍車をかける。そして1990年代に福岡で活躍して注目された美術家たちの活動も次第に活発さを失った。若い作家も活動してはいるが、全体に沈滞ムードで、そうした作家たちを支援する側も、脆弱な経済基盤しかもたず、資金繰りに苦しむ有様である。こうした逆境の連鎖が本展企画の背景にある。いわば、微力な者同士連携しよう、というわけである。だから今回のこの展示に、九州の「元気のよさ」を見出すべきではない。むしろ広がりゆく東京と地方との文化格差への危機感を読み取るべきだろう。
「菊畑茂久馬と〈物〉語るオブジェ」(福岡県立美術館)
「菊畑茂久馬と〈物〉語るオブジェ」(福岡県立美術館)会場風景。会場構成は坂崎隆一
 しかしその一方、同館で同時期に開催中だった「菊畑茂久馬と〈物〉語るオブジェ」における菊畑の作品群は、fafaの諸団体の出展とは非常に対照的だったように思えた。状況が作家を支え、地域の美術振興につながる、という観点に立ったfafa展に比較すれば、菊畑や前述の大竹伸朗は明らかに例外になる。いやむしろ、大竹や菊畑の活動を見ていると、たとえ地方にいようとも(いや地方だからこそ)周囲の雑音や流行の移り変わりに距離を置きながら、自身の作品をじっくり作り続けることがいかに重要であるかを作家自ら確信し、そして私たちにも確信させてくれるのだ。
 菊畑の原点が前衛美術集団「九州派」にあることは知られるが、結局彼は1962年に九州派と袂を分かち、我が道を行くことを選んだ。その後万博の狂騒に背を向け、戦争画に関する論考を発表する傍ら、しばし絵筆を置き自らの手すさびとして、オブジェの制作に没頭した。
 失われたオブジェもあるが、現在残っている約100点のオブジェのほとんどが徳島県立近代美術館(徳島県は菊畑の本籍地)所蔵となっており、福岡県内での展示は20年ぶり。久しぶりに里帰りしたオブジェの数々は、見ていて本当に飽きない。オブジェというと手のひらに乗りそうに聞こえるが、両手でも抱えるのが難しそうな大きさと形態の物がかなりある。日常に溢れる「物」と対峙し、徹底的に相手(物)の存在を理解するまで手を加え続けた痕跡を、その表面に、その材質に、色彩に読み取ることができる。この「物」への態度は、菊畑が九州派から学んだものであろう。九州派は「日常」をターゲットとし、そこへ美術を下降させようとしたが、九州派は、観念に陥りがちなその「日常」の正体を、戦争画や炭坑記録画の研究を通して徹底的に暴き出し、これをオブジェ制作により検証しようとしたのではなかったか。
 こう書くと、菊畑はいかにもまがまがしい反芸術的オブジェを制作し続けたように聞こえるが、実際にオブジェ群を見ていると、ポップな色彩、エロティックな主題、しゃれの効いた題名などがこちらに足払いをかけてくる。鑑賞者に鋭いパンチを放ちながら、高らかに笑っている感じがする、とでも言えばいいか。
 このオブジェ展に平行して、福岡市美術館では昨年に引き続き「九州派再訪──2」を開き、幸いにも両展覧会の連関を計ることができた。ここでは菊畑《葬送曲No.2》をはじめ1960年以後の作品に焦点を当てたが、この頃になると各作家の持ち味がバラバラになり、田部光子や宮崎準之助など作家がその個性を伸ばす一方、集団のエネルギーは明らかに下火になる。集団活動と個の才能との関係を改めて考えさせてくれる。九州派という「状況」が菊畑を育てたのは確かだ。しかし運動としての集団は結局はいつかは終わる。その見極めをいつつけるのか。どうグループと距離をとるのか?
 翻って現代の福岡に戻れば、今は「状況」の時ではないのかもしれない。しかし若い作家たちに「孤独」に耐える勇気があるだろうか?  
……「状況」以後、孤独に耐えた作家とは、和田千秋がその1人に数えられようか。現在当館にて「第8回21世紀の作家──福岡 和田千秋『障碍の美術X──祈り』」を開催中。こちらのレポートは次号にて。
和田千秋『障碍の美術X──祈り』 「第8回21世紀の作家──福岡 和田千秋『障碍の美術X──祈り』」展(福岡市美術館)

福岡アートフェア・シミュレーション(fafa)
会期:2007年10月28日(日)〜12月2日(日)
菊畑茂久馬と〈物〉語るオブジェ
会期:2007年11月3日(土)〜2008年1月14日(月・祝)
ともに
会場:福岡県立美術館
福岡市中央区天神5丁目2-1/Tel.092-715-3551

和田千秋『障碍の美術X──祈り』
会期:2008年1月5日(土)〜3月30日(日)
会場:福岡市美術館
福岡市中央区大濠公園 1-6/Tel.092-714-6051

[やまぐち ようぞう]
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