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学芸員レポート
札幌/鎌田享|福島/伊藤匡東京/南雄介東京/住友文彦大阪/中井康之山口/阿部一直
「岡部昌生 シンクロニシティ展&シンクロ+シティ2005プロジェクト」
札幌/北海道立近代美術館 鎌田享
 岡部昌生は1942年北海道根室市の生まれ。2000年の第3回光州ビエンナーレ、第1回越後妻有アートトリエンナーレに参加するなど、札幌を拠点に活躍する現代美術家です。現在まで続く岡部の制作スタイルが確立したのは1970年代後半のこと。建物の壁面や都市の路上に紙をあて、その凹凸を鉛筆で擦りとるフロッタージュの手法によって制作をはじめます。以来その作品はあまたの識者によってさまざまに語られてきました。都市そのものを「版」に見立てた斬新な版画作品として、擦りとるという「行為」の痕跡を作品化したものとして、公的な空間とその歴史を作品へと転換した「パブリック&モニュメンタル・アート」として、多くの市民の制作参加を促す「コラボレーション・アート」として……。折々の美術動向と呼応しながらその作品は論じられてきたわけですが、実のところフロッタージュという技法そのものは変化をきたしていません。
 岡部作品の枕詞としてしばしば「歴史を擦りとる」と語られますが、これはいわば比喩的な表現。歴史的建造物の表面をなぞったからといって、直ちにその歴史や記憶が紙に移しとられるというほど、物事は(そして制作行為は)単純ではありません。その制作はフロッタージュという一瞬のプロセスに留まるものではなく、より長く深い対象へのアプローチを含んでいます。場所やテーマの選択から始まり、場に対する岡部自身の考察と内省を経てはじめて、手は動き対象を擦りとっていくのです。先の言葉には「岡部昌生の眼と手によって」という部分が隠されているわけであり、岡部作品の示す歴史はどこまでも岡部昌生というフィルターを通して摘みとられた歴史の一断面なのです。そしてこの個人的視点≒作家性を内包するからこそ、その簡潔な技法による生成物は、単なる歴史標本を超えて多義的に語られる美術作品たりえるのでしょう。
 岡部の活動領域がパブリックやコラボレートへと拡大していくなかで、彼の作品が提示する「歴史認識」に対して時に批判的見解が示されてきました。いわく、この土地が歩んできた歴史は彼が提示するほど単純なものではない、この土地の歴史を語るにはもっと適した場所がある、というように……。しかし先にも記したように岡部の作品は彼自身の体験と認識から生み出されたものであり、客観的な歴史訓述というよりは主観的なダイアローグの結果なのです。こうした創作物に対して、異なる(そしておそらくはより普遍的な)歴史観を持ってそれを評することは、造形の質からいってちょっと違うのではないかな、と思うわけです。むろん個人的視点を錦の御旗に何をやってもよいというわけではありませんが、問題の根幹はむしろ、本来プライベートな視点を基盤として制作してきた作家がワークショップやコラボレーションという形で他者を巻き込む制作行為へと展開していったときに生じる認識のズレにあるような気がします。岡部の作品に触れワークショップに参加するとき、その参加者は(そして企画者、作家自身も)どこまでも岡部昌生の視点に寄り添っているのだということを自覚し、その上で個々の歴史観を再構築していく必要があるのでしょう。ワークショップとは、単に美術家の制作や思考を追体験・追認するものではなく、その行為を通じて参加者が自己の認識や思考を覚醒する機会であり、そこにワークショップという形での「作品鑑賞」の意義と可能性、そして何よりも面白みがあるのだろうと思います。。
 さて前置きが長くなりましたが、この夏から秋にかけて岡部昌生を巡る二つの大きなプロジェクトが実施されます。ひとつは広島市現代美術館での「岡部昌生展 シンクロニシティ」とその連動企画「ヒロシマを擦りとる1万人のワークショップ」。岡部と広島のかかわりは1986年に始まります。広島市現代美術館開設準備室から制作委託を受けて広島市内各地の路上を擦りとった作品を制作。ついで1996年には平和公園と旧国鉄宇品駅を舞台にワークショップを実施。かつて多くの将兵と軍需物資を積み出した宇品駅は岡部のライフワークのひとつとなり、2004年には全長560メートルにおよぶプラット・フォームのフロッタージュが完了しました。広島市現代美術館での展覧会では、これら平和都市ヒロシマと軍都・廣島を取り上げた一連の作品が展示されるとのこと。またこの展覧会にあわせて現在広島では、毎月1回延べ1万人の参加を目指してフロッタージュ・ワークショップが繰り広げられています。
 もうひとつは、北海道におけるプロジェクト「シンクロ+シティ」。こちらは、札幌をはじめ室蘭・旭川・小樽・根室・帯広・函館・釧路・夕張・苫小牧という道内10都市で、ワークショップと作品展を連鎖的に開催するもの。テーマは「北海道の近代を擦りとる」、鉄道・港湾・炭坑施設などの産業遺産、旧軍施設・空襲跡地などの戦争遺産を舞台に各地でフロッタージュを展開。そこで作られた作品は、広島の展覧会でも展示されるそうです。
 戦後60年を迎える今年、日本の近代化・産業化・都市化の歴史と取り組むことは、深く重い意味を持ちます。そして同時に、北海道という日本の辺境に生まれ、幼少期に太平洋戦争を体験し、高度成長期に美術家としての基礎を養った岡部にとって、今回のプロジェクトは自らの半生と向き合うものでもあるのです。
会期と内容
●「岡部昌生展 シンクロニシティ(同時生起)」
会場:広島現代美術館 ミュージアム・スタジオ
広島市南区比治山公園1−1 Tel. 082-264-1121
会期:2005年9月27日(火)〜10月16日(日)
休館日:月曜日(ただし月曜日が祝休日にあたるときはその直後の祝休日でない日
「岡部昌生シンクロ+シティ2005プロジェクト」ホームページ
[かまた たかし]
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