小吹隆文/福住廉 |
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10/10-10/15 |
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旗谷吉員展──名画の変容 痛みと快楽
10/9~14 ギャラリーDen[大阪] |
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ピカソ、マティス、モディリアーニ、セザンヌ、カラバッジオ……。西洋絵画史に残る名作の数々を、写真コラージュで自己流に再制作する旗谷吉員。チープでいかがわしい雰囲気に満ち満ちた作品は、単純にパロディとして見ても十分面白い。同時に、絵画と写真の関係性や現代人の視覚イメージの生成過程など、極めて今日的なテーマを内包しているのもまた事実だ。一方、エロチックなイメージへのこだわりなど、独特のサービス精神(?)もお見事。 |
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[10月10日(火) 小吹隆文] |
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ARGUS 2006~ 天野憲一「second nature」
10/9~14 サードギャラリーAya[大阪] |
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《ARGUS》とは、写真家有志が連続個展形式で10年間にわたり展覧会を続けるというプロジェクト。その一人、天野憲一は、剥製を被写体とするシリーズを2年連続で発表している。生き物ではなく、さりとて単なる物体でもない剥製。見ようによってはまるでゾンビだが、天野は肖像写真のような確固たる存在感を持たせることで、剥製にもうひとつの生命を与えることに成功している。制作にあたり研修にも参加し、自分で剥製を作ったこともあるという天野。その入れ込みと探究心は、作品に見事に昇華されている。
[10月10日(火) 小吹隆文] |
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中東正之写真展 サヨナラ軍艦アパート
10/12~24 大阪ニコンサロン[大阪] |
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75年前に建てられ、先日取り壊された“軍艦アパート”こと大阪市営下寺町住宅。ここは住民が長年勝手に増築を繰り返した結果、異形の様相を獲得するに至った不思議な建築物だ。中東はHDR(ハイダイナミックレンジ)という特殊な手法でこの建物の姿を余す所なく抽出した。これは、夜間に同一アングルの写真を露出を変えながら複数枚撮影し、適正露出の部分のみを合成して仕上げるというもの。夜間なのに明るさが均一で、隅々まで超細密にプリントされた空間は、ハイパーリアルというよりもシュルレアリスムの領域。マグリットの世界が現実化したような驚きと戦慄を憶えた。
[10月13日(金) 小吹隆文] |
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ビル・ヴィオラ はつゆめ
10/14~1/8 森美術館[東京] |
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「ビデオ・アート」という言葉じたいがすでに前世紀の遺産のように聞こえるほど映像表現が飽和している昨今。その先駆者として知られるビル・ヴィオラの本格的な回顧展である本展は、しかし、映像の魅力を再確認させる好企画である。 ビル・ヴィオラの映像の醍醐味は、おそらく身体や自然など、ごくごく基本的な素材を単純に用いる点にある。展覧会の最初に展示されている《クロッシング》は男が炎に包まれて燃え上がり、かつ大量の水を浴びるだけの映像であり、《ラフト/漂流》は数人の人びとにこれまた尋常でないほどの水を放つだけの映像だ。とりわけ高度な技術を駆使しているわけではないし、複雑な細工を凝らしているわけでもないにもかかわらず、これらの映像は爽快なカタルシスを存分に与えている。じっさい《ラフト/漂流》は、見ようによっては〈9.11〉で理不尽な暴力に突然さらされた米国社会を暗示しているかのようにも読み取れるが、そんなことより何よりもまず見る者の眼に焼きつけられるのは、圧倒的なまでの水量とそのパワーである。人が水に押し倒される様子はほとんどドリフのコントに近いが、大声を出して笑えないのは、その量と力が見る者の想像を絶しているからであり、この映像を前にしては胸が熱くなりつつも言葉を失うほかない。 一方、中盤に展示されている《静かな山》や《グリーティング》は映像を作りこみすぎたがゆえに、逆にその質を陳腐にしてしまっていたようだ。前者は役者の芝居が過剰なあまり白々しい印象を強くしてしまっているし、後者はあまりにも美術史的で、知的なスノッブには受けがいいのだろうが、狙いすぎという気がしないでもない。また、関連企画のなかで公開された《はつゆめ》も、日本人がポコポコと立ち現れてくる恐山のシーンは興味深いとはいえ、全体的には凡庸といわざるを得ない。退屈さに耐え忍ばせることがビデオ・アートのサディスティックな特性だとして
も、あれほど長く尺をとる必然性はないし、それがかりに「死者の視点」から撮影されたものだとしても、退屈さと催眠効果を克服できなければ、批評の理屈としては弱い。映像に限らず、作り手が過度にコンセプチュアルになりすぎると、しかもそれを臆面もなく直接的に表現してしまうと、見る者の視線をどんどん遠ざけてしまいがちである。 逆に、本展の最後に展示されている《ミレニアムの5天使》は、見る者の視線を釘づけにして離さない。この作品もいたって単純で、男が水中に飛び込むだけの映像だが、これを水面の真下や真上から撮ったり、あるいはそれらをスローや逆回しで見せたりすることで、きわめて特異な映像経験をもたらしている。男が水面に落下してくるプロセスや水の波紋が始点に還元されていく過程をゆっくりととらえる映像は、恐怖感を伴いながらオルガスムスを迎えるような、きわめてエロティックな映像である。直接的な具象に依存することなく、単純な素材と形式によって豊かな感覚を励起すること、ビル・ヴィオラの映像はこの点で評価したい。
[10月13日(金) 福住廉] |
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西原功織展
10/6~29 TARO NASU OSAKA[大阪] |
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東京を拠点に活動している西原が関西初お目見え。様々な色の線が淡々と引かれた抽象画と、身近な風景を描いた具象画、幕末の肖像写真などを色面で再構成したシリーズが出品された。彼は塗り跡やハケ目にフェティシズム的な関心があるらしく、どの作品を見ても描くこと以上に塗ることに注意が払われているように感じられた。独特の色彩感覚、重ね塗りの順序が一目で分かるキャンバス側面の処理、必ず複数の作品が視界に入るよう工夫された配置。どこから見てもユニークな個性が発揮された個展であった。
[10月15日(日) 小吹隆文] |
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