発行所:ふげん社
発行日:2024/02/22
公式サイト:https://fugensha-shop.stores.jp/items/65c84f2ae6849811603033b7

1959年、京都市生まれの市川信也は、やや特異な経歴の持ち主で、富山医科薬科大学(現・富山大学)医学部を卒業後、精神科医として活動しながら写真作品の発表も続けている。本作『2O14[ni-ou-ichi-yon]』は、2021年にギャラリーイー・エム西麻布(東京)で、2022年にはギャラリーマロニエで発表された作品を集成した作品集である。夜の公園の遊具を懐中電灯で照らし出し、長時間露光した作品と、昼に赤外線フィルムを用いて露出をアンダー気味にして撮影した作品の二部構成だが、どちらも人気のない公園が、街灯や月の光で浮かび上がってきているという印象に変わりはない。

タイトルが示すように、市川の発想の元になったのは村上春樹の小説『1Q84』(2009-2010)である。家の近くの公園で犬の散歩をさせていたとき、水銀灯に照らし出された滑り台やブランコを見て、『1Q84』の主人公の一人の天吾が、もう一人の主人公の青豆を夜の公園で待つシーンを思い出したのがきっかけだったという。だがこのシリーズを、取りたてて村上春樹の小説と結びつける必要はないのではないだろうか。普段は見慣れた公園の佇まいが、人気のない夜のあいだに、奇妙に非現実的な別な世界に変貌してしまったように見えるという経験は、誰でも一度や二度は味わったことがあるはずだ。市川は、長い時間をかけて「写真の現実(reality)の中に、非現実(unreality)な何かを見出して」いく着想と技術に磨きをかけてきた。その成果が、本作では見事に発揮されている。

なお写真集の刊行にあわせて、3月7日〜3月24日に、同名の展覧会がコミュニケーションギャラリーふげん社で開催される。

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鑑賞日:2024/03/03(日)