小吹隆文/福住廉 |
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9/9〜9/17 |
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吉本直子 布による造形「life in death」
9/3〜9/15 アートスペース感[京都] |
古着の白シャツや足袋などを素材にしたオブジェ。箱状の型に素材を圧縮して詰め込み、糊で固めて成形している。壁のようなものあり、棺を思わせるものありと造形はさまざまだ。一度廃棄された古着という素材、そして白という色が「死」を連想させる。同時に、薄っすら残るシミや黄ばみなどの生々しい痕跡からは「生」のイメージも。そんな両義性を孕みつつ、アート作品として再生を果たした所に本作の面白さがある。
[9月9日(火) 小吹隆文] |
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所沢ビエンナーレ・プレ展「引込線」
8/27〜9/12 西武鉄道旧所沢車両工場[埼玉] |
鉄道の車両工場を使った展覧会。所沢にゆかりのある作家たちが企画し、みずから作品を発表する、いわば「アーティスト・ラン・ビエンナーレ」。戸谷茂雄や遠藤利克、多和圭三など16名が車両工場の大空間を活かしながら作品を展示した。ステイトメントを読むと、本展の主旨は現在の行き過ぎたコマーシャリズムへの異議申し立てと美術思想の再建、そして表現の原点回帰にあるようだが、そもそもこうしたねらいが求心力のあるコンセプトであるとは到底思えない。なぜなら、出品作家の多くはすでに名前も作品も知られている(しかもある一定の傾向に沿う)ベテラン作家であり、何人かは作品も売れ、大学で教鞭もとる、いわば豊かなアーティストだからだ。富も名声も持たない、貧しいアーティストが発言するのならまだしも、そうでない以上、アートの消費に警鐘を鳴らしたところで、必然的に説得力は乏しくなる。なおかつ、ステイトメントの一文は、秋葉原風俗を背景にした「フィギュア・ポップ」(奇妙な造語だ)と昨今の無差別殺傷事件を安易に関連づけているが、こうした浅はかな「知」を披露しているかぎり、美術思想の再建など望むべくもない。グランド・セオリーなき時代にあって表現者に必要なのは、アートがそもそもサブカルにすぎないという厳然たる現状認識と、その上で仲良しこよしの内輪受けでよしとするのか、それに飽き足らず閉じた世界から脱出しようともがき苦しむのか、その選択をみずからの表現に課すこと以外にありえない。原点に返るというのなら、その原点に返るべきだ。
[9月10日(水) 福住廉] |
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自殺展
9/1〜9/23 Ottomainzheim Gallery[東京] |
「自殺」をテーマとした展覧会。自殺者が毎年のように年間3万人を超える異常な社会に生きているにもかかわらず、その暗部に目を向ける美術表現が意外なほど少ないことじたいが異常だ。小さな会場にその表現を集めた企画者の緑川雄太郎が果たした仕事は大きい。なかでも年間自殺者の人数分だけキャンバスに穴を穿ち、日の丸のように見せたダビによる作品が、本展の主旨をもっともよく反映していた。自殺展のねらいは自殺展をやめることだというが、さらなる展開を待ち望みたい気にさせられる。
[9月10日(水) 福住廉] |
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BankART Bank Under 35 田中功起
9/13〜9/21 BankART Mini Gallery[東京] |
田中功起のペインティング作品を見せる展覧会。サミュエル・L・ジャクソンや握りこぶし、豆腐、自画像などが、カラフルな色で描き出されていた。モチーフの形態や色彩のパターンを見ていくと、それぞれの絵のあいだを転がっていくような動きが見えて、楽しい。
[9月17日(水) 福住廉] |
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