会期:2026/05/02〜2026/05/03
会場:愛知県芸術劇場 小ホール[愛知県]
振付・出演:岡田玲奈、黒田勇
共同振付・出演:仙石孝太朗
公式サイト:https://www-stage.aac.pref.aichi.jp/event/detail/20260502_null.html

『WITHLiMBO』はコンテンポラリーダンスデュオのNull(ヌル)の新作である。Nullは、愛知県芸術劇場(芸術監督:唐津絵理)の「Constellation~世界をつなげる愛知県芸術劇場ダンスプロジェクト」の劇場ダンスアーティストに2025年4月に就任。以降、愛知県芸術劇場とDanceBaseYokohamaで、滞在制作やワークインプログレスの発表を継続しながら本作を作り上げた。「Constellation(略)」は、「アーティストやクリエイティブスタッフのみならず、観客や地域社会 もゆるやかにつながることで、創造・交流・発信の循環を生み出し、劇場が国際的なネットワークのハブ となる未来をめざしたプログラム」と位置づけられていた。

今回の上演は、愛知県芸術劇場のオープンシアターイベント「劇場ワンダーランド」のなかで行なわれている。9月のスロバキア公演に先立ち、劇場を訪ねる機会のなかった人も大勢訪れたイベントで初演が行なわれたことは、「愛知から世界へとつながる一歩」★1である。と同時に、本作が取り扱おうとするテーマからも意義深い設定であっただろう。制作も鑑賞も突然は始まらない。劇場は社会からひと時離れるため、二重扉で仕切られ、上演が暗転に挟まれ、時空間を切断する装置である。だが、舞台に上がる作家にも、客席にいる鑑賞者にも、その前後に生がある。時空間が仕切られていても私たちの身体はその前後をつないでいるということは、このイベントで上演されるという事実によっても表明されている。

そのような日常の生と本作がつながっていることを意識づけるよう、〈人との距離感に、迷うことがあります〉★2とNullの署名したテキストがハンドアウトに掲載されている。もちろん、振付・出演を担うNullのことや、Nullのメンバーである岡田玲奈と黒田勇、共同振付・出演の仙石孝太朗、照明デザインの久松夕香のプロフィールもそこにはある。それぞれのダンサーとしての来歴から関心までが端的に記載されていて、いくらかコンテンポラリーダンスを観たことのある私はその短い文章から三人の身体や身振りを想像してみる。「Constellation(略)」のこと、本作の制作プロセスについても簡潔に記されている。

「本作は、現代社会における複雑な不安と希望を、言葉を介さず身体を通して描き出す試みです」★3という愛知県芸術劇場からの作品紹介が上演の内側を指しているのだとしても、事前の情報は必ず存在し、鑑賞者がどのような言葉にも出会わず上演に至ることは難しい。ハンドアウトに目を通さない選択をしてもなお、作品タイトルが、作家名が、すでに読むべき意味を発し始めている。上演の以前から、私は多くの言葉や状況に出会い、この作品──絞り込むと舞台上で上演されること──について意味を取ろうとし始めていた。

だが、こうして多くの言葉を事前にくぐり抜けたにもかかわらず、あるいは、だからこそ、あなたたちのことをほとんど知らない、と上演を観終えた私は思った。 正確には、あなたたちのことをほとんど知らないままだ、と思った。

この感覚こそ、本作『WITH LiMBO』が取り扱おうとしたテーマや問いに関わるものであり、ゆえにそのままにしてはおけない。このことを先に述べたうえで、ようやく上演について記そう。

と、その前にもうひとつ。キービジュアルになっており、また作品紹介でも一部言及されているように、三名のダンサーと、三つのキューブが本作の重要な構成要素である。鑑賞者は事前にくぐり抜けた言葉とこれらの要素を自ずと重ねていくことになる。

……やがてアナウンスがあり、会場が暗くなった。

ポーォーォーォーォンと、高くも低くもない音が繰り返し鳴り始める★4。音に合わせて白い円形の光が6行✕10列で60個現われては明滅するなか、白くゆったりとした衣装の黒田がすでに立っていて、約80センチ角のフレームで組まれたキューブを持っている。ノースリーブの衣装から伸びた腕は筋肉質で、その様子からは中空のキューブが重たいのか軽いのかはわからない。異なる持ち方で岡田と仙石もやってくる。黒田と仙石に比して小柄な岡田の様子から、キューブがそれなりの重量であることが見て取れる。同時に、その重量を即物的に感じさせることが作品の本義ではないことが、岡田の抑制された動作からは感じられる。キューブを抱えた静止、ゆっくりとした設置/接地、もたれかかるを通り越してだらりと引っかかるような姿勢、起き上がり再び運ぶ。整然と並ぶ円と繰り返される音のなか、三人はこれらの動作を繰り返す。パターンが理解されてきた頃には音が消え、光の明滅が終わると同時に黒田はキューブから離れて動き始める。キューブを運んでいたときとは異なり、緩急のついた動作と共に舞台を斜めに行き来する。60マスの光があることで、その連続した動作は照らされる瞬間と暗がりに埋もれる瞬間の繰り返しとなる。音が消えてなお、光の並びは動作に拍を重ねる。

キューブをくぐり、その上に上がる黒田。跳躍、着地。足が床につきドンッという音が鳴った瞬間、パーカッションのビートが鳴り始める。音楽は動作に先だって空間を満たすアンビエントなものから、黒田の動作で起動し、追従するものへ切り替わる。仙石もキューブへ上がり、同じ動作を行なう。岡田も追いつき、三人のユニゾンが始まった。振付は重なり、ずれ、繰り返され、展開する。〈舞台上では、他者と同じになってしまう動きや、ずれていく瞬間、/まったく異なる動きが生まれていきます。/そこには言葉になる前の反応や、他者との関係が静かに現れていきます。〉という様はこのようなシーンに明確だ。そして本作がNullの二人だけでは本作が成立せず、三人目として仙石を必要としたことは、こうした構成から十分に理解できる。二つと三つとでは、関係のバリエーション数は大きく異なる。三人は社会の始まりである。

©Naoshi Hatori

中編へ)※2026年6月10日(水)公開予定


★1──公式サイトおよび当日のハンドアウトでの「Constellation~世界をつなげる愛知県芸術劇場ダンスプロジェクト」の説明文より。
★2──ハンドアウトに掲載されたNullのテキストより。劇場の執筆したテキストと区別するため、本稿ではNullのテキストを〈〉で囲む。
★3──「Constellation~世界をつなげる愛知県芸術劇場ダンスプロジェクト」特設サイトにおける、Nullおよび『WITH LiMBO』の紹介文より。
★4──作品序盤では5拍の繰り返し音。作品中盤では同種の音が拍感を失った状態で、終盤では7拍を繰り返しの単位として鳴っていた。


鑑賞日:2026/05/03(日・祝)