全国各地の美術館・博物館を渡り歩き、そこで出会うグッズたちへの感動を広く伝えるミュージアムグッズ愛好家・大澤夏美さん。博物館経営論の視点からもそれらを捉え直す彼女が、日々新たな商品や話題が生まれるミュージアムグッズの現場の周辺でどのような思考や問いを携えて活動しているのかを定期的に綴る「遊歩録」。今回は、近年街中で見かける機会が増えているポップアップショップをはじめ、ミュージアムの外で施設の魅力を伝え、そこへの「招待状」の役割も果たすグッズの展開や役割の多様化とその始まりについて。(artscape編集部)
街のなかで出会うグッズたち
日本の街角や日常の買い物空間を歩いていると、ふとした瞬間にミュージアムの雰囲気をまとったグッズたちに出会う機会が、確実に増えている。
本来、ミュージアムグッズとはどのような存在であっただろうか。展示室で作品や資料に対峙し、そこで得た感動や学び、非日常の体験の余韻を、記憶とともに持ち帰るための装置──それこそがミュージアムショップであり、グッズの原点だったはずだ。しかしいま、それらのプロダクトは館内にとどまらず、街の商業施設やイベント会場、オンライン空間といった「ミュージアムの外側」へと積極的に展開されている。
なぜいま、ミュージアムグッズは館の外へと広がりを見せているのだろうか。単なる商業的なマーケットの拡大や、キャラクター・IPビジネスの一環として片付けてしまうのはあまりにも惜しい。この動きは単なる販路拡大にとどまらず、人々をミュージアムへと導く新たな文化的な実践として捉えることはできないだろうか。
1990年代、百貨店が担った「憧れの欧米文化」の窓口と、その裏にあった開拓精神
ミュージアムグッズが展示室の脇を離れ、街の商業空間へと進出していった足跡を辿ると、1980年代末のバブル経済と、その熱狂の余波が残る1990年代前半に辿り着く。当時の日本では、バブル景気による消費の拡大や情報環境の変化を背景に、海外の美術や歴史、文化への関心が広く社会に浸透しつつあった。そうした時代の空気を背景に、大手百貨店や老舗書店、専門チェーンが海外主要美術館との契約や提携を模索し、街中に「ミュージアムショップ」をオープンさせていったのである。
代表的な例が、株式会社三越によるアメリカのメトロポリタン美術館(MMA)との取り組みや、丸善株式会社によるイギリスの大英博物館(ブリティッシュ・ミュージアム)との提携、そして株式会社錦(イオングループ)がパルコなどで展開した「ザ・ミュージアムカンパニー」である★1。
1991年に販売代理店契約を結んだ三越の「メトロポリタン・ミュージアム・ショップ」は、日本橋本店や新宿南館をはじめ全国8店舗へと拡大した。また丸善も1990年に、日本橋店4階の洋書・美術書コーナーの隣に約17平方メートル(5坪)の「ブリティッシュ・ミュージアム・ショップ」を開設し、全国で15店舗の自社ショップ・コーナーを展開したほか、他社への卸売も手掛けた。当時、百貨店や大型書店は単なる物販の場にとどまらず、「世界の最先端の文化や上質なライフスタイルを日本に紹介する発信地」として機能していた。エジプトの猫のレプリカやロゼッタストーン柄のネクタイ、ステンドグラスやスカーフ、ジュエリーといった品々は、ティファニーやルイ・ヴィトンなどの海外ブランドと同列の「憧れの欧米文化」「教養と気品を象徴するパーソナルなギフト」として買い求められていたのだ。
しかし、その輝かしい展開の舞台裏には、日本の事業者と海外ミュージアムとの交渉や、現場の担当者たちの並々ならぬ試行錯誤が存在していた。1995年4月に刊行された専門誌『ミュゼ』No.10(アム・プロモーション)の座談会「サロン・ド・ミュゼ」の記録を見ると、当時の担当者たちの生々しい苦労と強い使命感が伝わってくる★2。
例えば当時の三越の担当者によれば、1989年にニューヨーク三越を通じてMMAからの打診があった背景には、それまで日本で主流だった問屋ルートでは最終小売価格が高くなり「芸術の啓蒙」という本来の趣旨に反すること、また1万点を超える収蔵品グッズをトータルで展開できないという海外館側の課題があったという。社内での導入の議論を経て1991年に契約を結び、1992年には三越の社長がMMAのビジネスコミッティ副議長に就任するなど、単なる商品仕入れを超えたブランドとして根づかせる取り組みが進められた。
また丸善の担当者も、大英博物館との提携初期を振り返り、当初の日本橋店に約1,000万円を投じて本場のショップに似た内装を作り上げたエピソードを語っている。社内からは「ボランティアじゃないんだぞ」と叱られつつも、1990年に世田谷美術館などで開催された「大英博物館展」のショップ運営で予想の3倍以上の売上を記録し大きな手応えを得たことや、入場無料で人々に広く学びを提供する大英博物館の姿勢に深く感銘を受けたことが、事業推進の原動力となったという。売上の1割以上を大英博物館に寄付して運営を支えるとともに、現地とライセンス交渉を行ないながらクリアファイルなど丸善オリジナルの大英博物館グッズの制作にも挑戦していった。
彼らを突き動かしていたのは、単なる一時的なブームや商業的な利益追求だけではない。海外のミュージアムが持つ「グッズ販売とは、教育普及活動の一環であり、館を維持運営するための重要な財源である」という明確な理念に対する深い共感と敬意だったのだ。
座談会では、当時美術館館長を務めていた参加者から、日本の博物館や美術館は、その機能や可能性を十分に活用できていないという指摘もなされている。百貨店や書店という「街の空間」に展開されたミュージアムショップは、文化をより広く日常へひらいていく先駆的な挑戦でもあったと言える。
バブル経済が崩壊し不況の波が押し寄せると、採算性の厳しさから店舗の縮小や撤退を余儀なくされたケースも少なくなかった。しかし、1990年代の開拓者たちが培った「グッズを通じて文化の文脈と精神を社会に届ける」という哲学は、形を変えながら確実に現代のミュージアムグッズ文化の根底へと受け継がれていくこととなる。
教養への「憧れ」から、日常の「親しみ・ライフスタイル」へ
1990年代の開拓期を経て、時代が令和へと進んだ現在、ミュージアムグッズは私たちの生活空間や買い物の動線に自然と溶け込む「日常を彩るライフスタイルアイテム」や「個人の『好き』を表現する手段」へと変化している。
この変化を身近なかたちで象徴しているのが、ロフトが全国の店舗で展開する「旅する動物園」や「旅する水族館」といったフェアのシリーズである。売り場には、各地の動物園や水族館が手がけたオリジナルグッズを中心に、動物や海の生きものをモチーフにした文具、Tシャツ、キーホルダー、トートバッグなどが賑やかに立ち並ぶ。来場者は、遠方の施設や、これまで知らなかった動物園・水族館のグッズに、日常の買い物空間で出会うことができる。
ここで人々の関心を引くのは、施設の学術的な価値や専門性を正面から伝える解説だけではない。生活雑貨を購入しに来た人が、ふと足を止めて「かわいい」「親しみやすい」と手に取るような、暮らしに寄り添うデザインと遊び心である。そこには、生きものや自然への関心だけでなく、そのグッズを生み出した動物園や水族館への興味を呼び起こす、思いがけない出会いの機会が生まれている。
「旅する水族館2026」(2026年6月20日~7月30日、銀座ロフトにて開催)で筆者が購入したグッズの一部。日用品からぬいぐるみ、文具まで、各水族館の個性を生かした多彩な商品が並んでいた[著者撮影]
一方で、メディア企業による知的財産(IP)ビジネスとしての新たなアプローチも登場している。日本テレビサービスが立ち上げた新ブランド「AMUSÉUM(アミュージアム)」は、ルーヴル美術館、大英博物館、オルセー美術館、メトロポリタン美術館といった世界の著名な美術館・博物館の公式グッズを取り扱う事業である。ポップアップストア開設などを通じて、名画や収蔵品をあしらったトートバッグやアパレル、雑貨などを展開している。
AMUSÉUMが集めているのは、ただ珍しいグッズではありません。
— AMUSÉUM【公式】 (@AMUSEUMofficial) August 10, 2026
その背景にある文化や、その館が大切にしている視点まで、少しでも感じられるものを届けたいと思っています。
ひとつのアイテムが、次の入口になる。
※在庫に限りがあります ※写真は上野会場の様子です#AMUSEUM #アミュージアム pic.twitter.com/OR83DAwxSh
この「AMUSÉUM」の取り組みで特徴的なのは、海外ミュージアムの作品や収蔵品を、日常で使いやすいアパレルや雑貨のデザインへと展開している点にある。背景には、「美術館巡り」が従来よりも気軽なレジャーとして受け止められるようになった状況がある。海外の現地へ行かずとも、普段の生活動線上にあるポップアップショップで正規ライセンスのミュージアムグッズに触れられる点は大きな魅力である。一方で、輸入品を中心とするためか、筆者が実際に売り場を訪れた際には価格帯がやや高く感じられ、購入へのハードルは決して低くないとも感じた。それでもなお、「世界の美術館を、日常に。」という試みは、日本におけるミュージアムグッズの館外展開の新たな可能性を示している。
「AMUSÉUM03」(2026年7月18日〜8月16日、PARCO_ya 上野にて開催)で筆者が購入したグッズの一部。以前から欲しかったアムステルダム国立美術館限定の「ミッフィー トートバッグ “Miffy for Peace”」を購入できたことに、思わず狂喜乱舞した[筆者撮影]
「外」で売るからこそ、文脈と熱量を届けたい
街の商業施設やイベント、メディア企業主導のプロジェクトによって、ミュージアムグッズが日常の動線へと広がりを見せるなか、ひとつの重要な問いが立ち現われる。ミュージアムの外側でグッズを販売することは、単なる商業的な消費行動で終わってしまうのだろうか。
グッズ単体では、「デザインのかわいい雑貨」や「アートをあしらったおしゃれなアイテム」としてのみ消費され、その背景にある展覧会や研究、コレクションを保管・継承するミュージアムの存在から切り離されてしまう可能性がある。一方、その背景にあるコレクションや研究活動、館の理念が共有されることで、グッズは「ミュージアムへの入り口」として機能する。
だからこそいま、ミュージアムの「外」で物販を展開する場において求められているのは、単に商品を美しくディスプレイすることだけではない。そのグッズの背後にある学術的・文化的文脈を、携わった人々の熱量とともにいかに届けるか、という視点である。
例えば、2024年、2025年とよみうり大手町小ホールで開催された「美術展ナビフェス」では、全国各地のミュージアムのショップ担当者や関係者が会場に直接出展し、自館のオリジナルグッズとともに売り場に立つ。来場者は、グッズを制作した担当者や館の「中の人」から、開発にあたってのこだわりや苦労話、モチーフとなった所蔵品への愛、そしていままさに館で開催されている展覧会の見どころについて、直接言葉を交わしながら買い物を楽しむことができる。
1990年代に丸善の担当者が世田谷美術館での「大英博物館展」のショップで手ごたえを得た「展示を見た感動をショッピングで楽しむ」という体験。それはいまや形を変え、「街のイベントで『中の人』の情熱や魅力的なグッズに出会い、そこからモチーフとなった作品や資料を見たくなり、実際の館へ足を運ぶ」という、新たな方向への流れを生み出している。担当者の生の声や情熱に触れる体験は、単なる商品の棚貸しでは決して生み出せない熱量を帯び、グッズとの出会いを実際の館を訪れる動機へとつなげる。
そして、この「文脈の届け方」と「リアルな場での出会い」をさらに一歩深め、メディアと空間が一体となって体現した実践こそが、銀座の「MMM(メゾン・デ・ミュゼ・ル・モンド)」とWebメディア「artscape」が連携して開催した「MMM × artscape ミュージアムグッズフェア」であった。
筆者もグッズのセレクトなどに参加したこのフェアで試みたのは、全国の魅力的なミュージアムグッズを集めて販売することだけではない。グッズ一つひとつの背景にある館の成り立ち、学芸員やショップ担当者の思い、所蔵品の学術的なストーリーを商品とともに提示することであった。会場では、グッズとの出会いをきっかけに、それまで知らなかった館の存在や所蔵品に関心を寄せる来場者の姿も見られた。
「MMM × artscape ミュージアムグッズフェア vol.2」(2026年1月23日~3月26日、MMMにて開催)展示風景。このときはartscapeのサイト30周年にちなみ、同じく周年イヤーを迎えた全国のミュージアム4館の協力のもと、キャプションなどでもグッズや施設の魅力を伝えた[撮影:吉屋亮]
ミュージアムの「外」でグッズを販売する真の意義とは、消費をそこで完結させることではない。日常の動線上において、文脈と人々の情熱を届けること。そして、それまで館と接点のなかった人々を実際のミュージアム(非日常)へと滑らかに送り出す「架け橋」となることなのだ。
日常から非日常への招待状
1990年代、バブルの熱気と余波のなかで、百貨店や専門店の店頭に並んだ海外の有名美術館のミュージアムグッズ。それらは「世界のハイソサエティな文化への扉」であり、人々に未知のアートや歴史に対する憧れを抱かせる先駆的な試みであった。
当時、現場の開拓者たちが「単なる物販ではなく、教育普及であり館の維持運営のための活動である」という海外館が掲げる理念に深く感銘を受け、社内のさまざまなハードルと戦いながら情熱を傾けた歴史。その軌跡は、日本においてミュージアムグッズが「文化と日常をつなぐ媒体」として捉えられている現在の土壌を育てる、重要な一歩となった。
あれから約30年の時を経て、ミュージアムグッズは私たちの日常のすぐそばへと届くようになった。街の雑貨店や駅ビル、あるいはメディア主導のプロジェクトによって、それは「教養を示す憧れの存在」から「身近な親しみ」「日常の彩り」へと姿を変え、人々の暮らしに滑らかに溶け込んでいる。
しかし、どれほど時代が移り変わり、販売チャネルやデザインの手法が変化しようとも、グッズの背景にある学術的な文脈、学芸員やデザイナーたちのこだわり、そして「中の人」の情熱という手触りのある熱量が添えられていてこそ、プロダクトは真の輝きを放つ。街のイベントでふと手に取ったひとつのグッズ、あるいはWebメディアや展示空間を通じて触れたひとつのストーリー。それらを消費のゴールではなくきっかけとして、ひとりの人が遠方のミュージアムに関心を持ち、いつか実際にその場所を訪れる可能性を見失ってはならない。
ミュージアムグッズは、展示体験の記念品であるだけでなく、日常からミュージアムへと人々を導く「招待状」としての役割を担いつつある。1990年代の開拓者たちが始めた試みを、私たちはこれからどのように未来へつなぎ、広げていくのか。その可能性を育てることは、ミュージアムと社会との新たな接点を作る重要な実践となるだろう。
★1──「特集 飛び出したミュージアム・ショップ──展示をはなれた、街のミュージアム・グッズたち」(『ミュゼ』No.7、アム・プロモーション、1994、pp.2–7)
★2──「サロン・ド・ミュゼ 第4回 メトロポリタン美術館 VS ブリティッシュミュージアム──ニッポンの担当者から聞く、それぞれのミュージアム・ショップの取り組み」(『ミュゼ』No.10、アム・プロモーション、1995、pp.2–5)
参考資料
・株式会社ロフト「【ロフト】銀座ロフト『旅する動物園2026』開催! 日本各地の動物園オリジナルアイテムを販売」(『PR TIMES』2026.3.12)
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000001729.000018324.html(2026年7月30日閲覧)
・株式会社ロフト「【ロフト】日本の水族館の魅力に触れる銀座ロフトの人気企画『旅する水族館2026』開催」(『PR TIMES』2026.6.17)
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000001776.000018324.html(2026年7月30日閲覧)
・「銀座ロフトのイベント『旅する水族館』 全国のグッズを集め急成長」(『繊研新聞』2025.1.24)https://senken.co.jp/posts/loft-250124(2026.7.30閲覧)
・日テレサービス「世界の美術館を、日常に。AMUSÉUM POP-UP STORE 渋谷スクランブルスクエア2Fにて初開催」(『PR TIMES』2026.2.20)
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000086.000016382.html(2026.7.30閲覧)
・「日テレ系、世界の著名美術館の品輸入販売 キー局が知財ビジネス拡大」(『日本経済新聞』2026.2.20朝刊)https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC1388N0T10C26A2000000/(2026.7.29閲覧)