2007年、日本のアートシーンは国立新美術館の開館によって、華やかな幕開けとなった。拡張しつづける大型美術館の動向は国際的なシーンにおいても目が離せないトピックだ。また、今年はヨーロッパにおいてヴェネチアビエンナーレ、ドクメンタ12、ミュンスター彫刻プロジェクトの3つのメガ国際美術展が重なる当たり年であり、アート・ツーリストたちが膨大な数にのぼることが予想されている。
近年、現代美術の国際化は一層加速し、世界規模での移動や流通が当然となりつつあるなかで、アートとアーティストを取り巻く環境は刻々と変化し、スター・キュレイターの誕生や、アートとオーディエンス、そして理論と実践をつなぐさまざまな立場の人々への注目が、アートマネージメントへの関心を一段と煽いでいるのではないだろうか。大学やアートスペースにおけるアートマネージメント講座の活況は衰えず、某女性誌のアンケートで「なりたい職業」の第2位に「キュレイター」の文字を見たときはさすがに目を疑った。
|
とはいえ、アートマネージメントといえども、隣町商店街でのアートイベントから国際級のビエンナーレやトリエンナーレ、コマーシャルギャラリー、アーティスト・イン・レジデンスなどのアートセンター、美術館まで、プロジェクトやインスティテューションによって、またキュレイター、エデュケイター、パブリックリレーションなどの職能によってもそのミッションたるや実に幅広い。そしてそのレンジは近年ことに広く多様化しており、一人で何役もこなす超人的な人も少なくない。
|
|
|
Dr.クレメンティン・デリス
提供=秋吉台国際芸術村 |
|
|
Dr.クレメンティン・デリスもその一人である。パリとエジンバラを拠点に、キュレイター、編集・出版者、そして教育者と何足もの靴を履き、実にパワフルに世界中を飛び回っている。パリで主宰する、メトロノームプレスでは、毎号の特集やアーティストによって仕様が異なるアーティストと作家のための機関誌と文庫小説集を発行しており、この6月に開幕するドクメンタ12の「ドクメンタ12・マガジンズ」の公式パートナーとして『フューチャー・アカデミー──美術大学の未来をめぐる地球規模の対話』が刊行される予定である。
|
|
|
|
METRONOME N°10
‘Future Academy’ (Oregon) |
|
|
このフューチャー・アカデミーとは、エジンバラ美術大学を拠点にDr.デリスがディレクションをするリサーチ機関である。未来の、アートの実践の進化と、人文学や諸科学など異分野の創造領域との関係性、未来の情報社会におけるアーティストの役割、また拡張し続ける地球的、社会的、経済的領域のなかで、人は美術教育と美的実験の新しい博学的機能をどのように定義するのかなどの問を探究している。2002年に発足した、このリサーチ機関は、未来を導く若いアーティストや学生達の創造的思考を引き出すため、さまざまな状況や環境に異なる組み合わせの若き"研究者"達をマッチングさせ、これまでにイギリス、インド、セネガル、オレゴンで活動を行なってきた。Dr.デリスはプロジェクト毎にマイクロチームの研究員を選び出し目的地に向かう。地元のアーティストや学生達との集中的なディスカッションやパフォーマンスなどのセッションを通して、この移動する研究室は、未来に向けてのさまざまなアイデアや課題、知識を収集蓄積してゆく。この春には、日本でも2つのワークショップ(東京、山口)が予定されている。異なる文化的バックグラウンドの若いアーティストたちがどのような問題を見つけ、それを解く創造的な提案(作品)を導き出すか、楽しみである。
|
また、地球規模でのアーティストや文化人たちの移動性、情報や経験の交換や共有が叫ばれる今日、大なり小なり、人々が集い出会うことのできる新しいプラットフォームが形成され、今までとは異なるルートでの情報や作品の往来が生まれている。
|
|
cute
or creepy |
|
|
|
*candy
factory project |
|
|
|
ここに挙げるサイバースペース上に開かれたインターネット上のインスティテューションもその一例である。福岡県北九州市を拠点とするアートオンライン.JPは、アーティストの古郷卓司(*candy
factory)、宮川敬一(Gallery
SOAP, Second Planet / )、ミュージシャンの大友良英、社会学者の毛利嘉孝をディレクターとし、オンライン・ミュージアムとしての可能性を追究する試みだ。現在、アートオンラインのサイトでは、すでに97年以来インターネットを単なる情報発信の掲示板ではなく、世界中のどこからでも誰にでもウェブアートに直接アクセスできるプラットフォームとして、数多のプロジェクトを創作してきた古郷による*candy
factory projectsをベースに、7カ国10組のアーティストによる単独やコラボレーションのプロジェクトを観ることができる。またこのアートオンラインは、2006年に同じく古郷、宮川を中心に設立されたNPO法人アート・インスティテュート・北九州(AIK)の活動のひとつとして組み込まれている。AIKにおいてはさらに「ローカルとグローバルの交差点」そして「新しいアートのプラットフォーム」と自らを位置づけ、「既成の枠に収まらない、そして常に変化し続けるアートと社会のあり方を考え新しい関係を提案してゆく」オルタナティブな姿勢である。この秋には、アートオンラインのサイバースペースと北九州市の実存のサイトを組み合わせた、「ローカルかつグローバル、リアルでいてヴァーチャル」な「北九州国際ビエンナーレ(仮称)」を行なうというのでどのような「ビエンナーレ」を呈示してくれるのか期待している。
|
「アートと社会の新しい関係性」の追究は、既成の芸術文化施設においても、急務の課題である。90年代半ば以降、街にでて人々と直接コミュニケーションをとることで作品を発展させてゆくアーティスト、ワーク・イン・プログレスで作品が出来上がる(あるいは崩壊してゆく)過程そのものを見せること、フィールドワーク型、あるいはマスメディアや社会学的な調査に基づくリサーチベースの、物事や場所自体の変遷や分析などを見せるアーティストなどの登場によって、日常の予期せぬ場所でアートやアーティストに遭遇したり、より積極的な鑑賞態度が求められることも多くなった。芸術経験において未知のものを見たり知り得ることは大きな喜びだが、このような状況下でその場から立ち去りたくなる鑑賞者もなかにはいるだろう。そこを立ち留まらせ、さらに一歩踏み込ませるように促すこと、そしていまだアートに関心のなかった人々を一人でも多く観客として迎え入れること、これらは自省も含めて、多くの定年退職者が予測される2007年の目標のひとつである。日本の公立芸術文化施設においては、予算や人員の削減、指定管理者制度の導入による不協和音など明るくない話題も多い。少子高齢化や格差社会が懸念される社会的転換期において、このような時こそ、アートやアーティストの存在が大きな役割を果たすものだと信じてやまない。
この10年あまり、地域における文化拠点の創造、アーティストたちによる自発的なアクションによって、アートセンター型の施設やオルタナティブなスペース、魅力的な活動を展開するNPOなどが増え、アートとの新しい関り方や芸 術経験の機会を生んでいることは前向きに捉えてよいだろう。アーティスト・イン・レジデンスやワークショップなどのプログラムが、盛んに取り組まれるようになってきたことによっても、アーティストの創作過程やクリエイティブな思考を間近に目撃することができるようになった。そして、これらのプログラムは、アーティストにとってもアイデアを実現させ表わすための新しい創造環境、創造機会として機能しはじめている。但しアーティストも人、オーディエンスも人である。各々の希望、目的、意思が、すれ違いながらも幸せな結果を生み出せばよいのだが、いつもうまくいくとは限らない。絶え間なく変化し続けるすべてのローカル(現場)、においてそこでしか解決できない、また実現しうるやり方があるはずだ。アートマネージメントの力はこのような時にこそ発揮される。
|
そして2007年のアートマネージメントへの期待については、日本の特に公立芸術文化施設を中心に囁かれる、予算や人員の削減、指定管理者制度の導入による不協和音など明るくない話題が多く、少子高齢化や格差問題が懸念される社会的転換期において、このような時こそ、アートやアーティストの存在が大きな役割を果たすものだと信じてやまず、アーティストのアイデアを実現させるための新しい創造環境、創作機会、またアーティストの創作過程やクリエイティブな思考を間近に目撃することができる芸術経験の機会となるべき、プログラムの提案をアーティストと同様クリエイティブな思考で挑もうとする同士が増えることである。
最後に、前出のアーティスト宮川敬一と同じく外田久男のユニット、セカンドプラネットの作品に、美術館の未来を占うプロジェクト「THE FUTURE FOR ART MUSEUM / FORTUNETELLERS PROJECT」を紹介してこのテキストを終わりたい。 |