村田真/原久子 |
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1/19-1/20 |
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PROJECT THE PROJECTORS
1/14〜27 台東区旧坂本小学校[東京] |
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おそれ入谷の鬼子母神、の隣が東京芸大大学院先端芸術表現科修士修了作品展会場の旧坂本小学校。この小学校も都市の空洞化でリストラされたのだろうか、なかなか由緒ありげな建物だ。さて作品は、先端芸術表現科だけあってフォーム(形式)がない、つまり「なんでもあり」なのがおもしろいというか、ツライというか。暗い屋根裏部屋に棺桶を置いた久木元拓、キャンヴァスに鏡を張って絵画を考える池田孔介、教室をトリックアートにした石毛久喜、床に砂鉄で字を書いた田中詩子、東京から九州までの川をボートで横断する五十嵐靖晃……。各自それぞれのプロジェクトを展開している。大石真依子「現代美術テクニカルタームの再検証」や、斎藤愛和「芸術活動の証券化に関する一考察」などの論文もじっくり読んでみたい。
[1月19日(水) 村田真]
「先端」ができてはじめての修士課程の修了展ということだ。すでに画廊などでの個展などを経験した学生もいる。本人のなかでこれを表現しなくてはいけない、という必然性をもっている人が意外と少なかったことは少し残念。
[1月21日(金) 原久子] |
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アート・ミーツ・メディア
1/21〜3/21 NTTインターコミュニケーションセンター[東京] |
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いつもの突き放した感じの展示とはうって変わって、とても友好的にオーディエンスを迎える展示となっている。コレクションでこれまでに体験した作品などもあるのだが、キャプションのつけ方や展示の導入方法でかなり作品への間口が広がっているように感じた。会場の展示では、よくわからなかったが、とにかく参加を会期前から楽しみにしていたのはブラスト・セオリーのパフォーマンス《キャン・ユー・シー・ミー・ナウ?》(2/22〜27)。いったいどうなるのか今からわくわくする。仮想空間と現実空間が入り混じるような感覚を味わえるのか、それよりもっと身体感覚としてリアルなものが体験できるのか、どうなるのだろう。
[1月20日(木) 原久子] |
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日本人アーティストによる近作・新人展
1/14〜2/19 WAKO
WORKS OF ART[東京] |
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初日でもないので、まさか作家がいるとは思わなかったのだが、出品者のひとり政田くんがいた。作品の前に立って制作意図などを話してくれた。いつも大阪や京都で顔を合わせているが、彼の作品の前で話したのははじめてだった。画布に絵の具のにじみをつくるような仕事から一転して光沢のあるツルツルとコーティングされた画面になったが、本人のなかでは大きな変化があったわけではないと聞いたことがある。作品の前で話を聞いたときには納得できた気がしたのに、時間を少しおくとまた疑問が少しわいてきた。また政田くんとゆっくり話をしなくては。
[1月20日(木) 原久子] |
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Michel VERJUX ミシェル・ヴェルジュ 新作展
1/20〜2/23 ケンジタキギャラリー[東京] |
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照明具の前に持っていた本をかざして光を遮ったとたんに悲鳴が聞こえた。インタラクティヴな作品なのかと思ったら、照明が故障したと思った画廊の人の驚きの声だった。白い壁に光の大きな円ができあがっている。照明と壁との間に張った布も、その布を通して壁にできた円も、光が染みこんでいた。
[1月20日(木) 原久子] |
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アジア美術について語ることを語る
1/20 国際交流基金フォーラム[東京] |
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「Have we met ?」展の関連事業のトークに、前田恭二記者(読売新聞)、山盛英司記者(朝日新聞)とともに原も末席を汚す。アジアという言葉をカッコでくくること、あるいは「アジア美術」とくくって話をすることの難しさを痛感。さまざまな歴史的、政治的、そして経済的な背景を無視して話すことはできないし、それはどんな場合にも同じといえば、同じなのだが……。かなり真面目に3人とも語ったつもりだが、それぞれにタテマエってのに邪魔されて、本音を話せなかったようにも思う(反省)。
[1月20日(木) 原久子] |
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