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2006年12月26日

御用納め

収蔵庫薫蒸のため、19時には出ないくてはならないのだが、終わらない。お昼間に御用納めの会もあったというのにだ。東京での会議に出るための時間の電車には乗れもせず、大雨警報もあって上京を断念。
同僚と最後の日というので、立ち寄りで一杯。スティックサラダのにんじんをガリとしたら、口の中に硬いものが紛れ込む。
歯が欠けた。それも大きく。前にも1度ある。そのときはガムだった。治療のために予約を入れて完治するまでに数ヶ月とちょっとした金額が要ることになった訳だ。最後の最後になって、歯まで欠けるとは。

今年のブログは今日でおしまい。再開は、御用始めの1月4日。皆さんよいお年をお迎えください。

2006年12月25日

TAPハウス

TAPハウスでのクリスマス会に20時過ぎに仕事を切り上げ向かう。電車の間が悪く、2時間ちょっとかかって水戸から取手に移動完了。新幹線なら東京から大阪まで移動できる時間を要した。2時間ほどアットホームな和やかなパーティーに参加し、終電で帰宅。

2006年12月24日

クリスマス

OFF日。つくばに出かけたり、片付けごとをしたり、それなりにちょっとゆっくりと過ごす。

2006年12月23日

冬の風物詩「こよみのよぶね」

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岐阜にたどり着いたのが17時。美術館に寄り、エントランスに敷き詰められたダンボールの床が「川」に変容しているさまを確認し、長良川に向かう。18時から21時。途中、ラーメンを食べに抜けて蒸けたりしながらも、撤収現場まで付き合い、打ち上げに参加し、レジデンスに歩いて移動し夜更かして後、ホテルに入る。午後、東京に戻り銀座に寄って帰宅する。

2006年12月22日

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「こよみのよぶね」と呼ぶ、この符号のような企画名は、日比野克彦が長良川で今宵開催するプロジェクトのためのもの。岐阜の新しい冬の風物詩を作り上げる構想だ。もちろん継続事業をもくろむもので今年はその初年度。1・2・3・4・5・6・7・8・9・10・11・12の数字が浮かぶはずだ。12ヶ月を意味する。以前見せてもらった構想スケッチには1から30までの1ケ月の図もあり、1から60までの図もあり、それたを足しあげると約200隻のこよみのよぶねなるらしい。相変わらず話がデカイ。そのデカサが魅力的なのが始末が悪い。

来年は金沢でニートを集め、鹿児島と熊本の展覧会を乗り切るらしいことを日経新聞に乗せていた。そのあたりのことも今宵聞いてこよう。美術館に寄り、その後の展開も見ておきたい。あと1時間したら出かけないと間に合わなくなってしまう。
寒そうだけど行って来ます!

第1回こよみのよぶね 
6:00PM頃から9:00PM頃
場所は長良橋付近の右岸プロムナードを中心とした一帯
お問い合わせは:058-265-4141内線6152(岐阜市市民参加部市民参加政策室)

2006年12月21日

大竹伸朗 全景

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MOT屋上に「宇和島駅」の文字。水戸芸術館での展示を思い出す。
「全景」をどうにか会期終了までに見ることができた。見終えるのにしっかり時間がかかる。やっと見終えてショップに向かう途中で、運良く大竹さんに出くわす。さすが痩せてしまっていた。お疲れ様です。来年、福岡と広島で展覧会が決まっているそうで、新作や未発表作品を加えた組みなおしの作業に早速にもかからないとならないそうだ。個人的に気に入った色鉛筆でのスケッチがあったので学芸に向かう大竹さんを追いかけて聞いてみたら、すでに人のモノ。ショップで1月下旬刊行予定のカタログを予約しつつ、モロッコ旅日記「カスバの男」を購入する。気に入った作品の仲間が収録されている。気分だけでもと思っての購入。514円+税ですんだ。

会場で日比野展を手伝ってくれた詩さんにばったり出くわした。スパイラルまで道行さんをお願いし、話しながら移動。「GIFT,THE STORE」の初日(-28)。イチハラヒロコさんが売り子をしていた。

その左横はひびのづえさんのブース。その二つ右には椿さんのコーナーがあった。気になっていた作品には赤丸。お金を使うことなく無事通過。詩さんと分かれてタクシーで文化村に向かう。

「夏への扉」出品作家の大木祐之氏とマネージャーの浦野さんと吹き抜けのテラスでがっちりと打ち合わせ。展示プランほかきっちり決まり一安心。大木さんはあすから福岡ほかとのこと。

1階上の劇場で野田秀樹「ロープ」を観劇。衣装はひびのこづえさん。主演女優は宮沢りえ。重いテーマを考えさせる仕上がりはさすが。

その後、パルコ出版の森さんと「夏への扉」展のカタログ書籍について打ち合わせをして帰還。午前中は水戸での打ち合わせ会議に出席していたわけだから、長い1日に思えても無理ない。

やっと入稿した原稿の確認のレスが入っていた。OKのようなので脱稿とした。NYの落合多武さんからもレスメールが入っていた。展覧会もカウントダウン段階に入りつつある。今年も残すところ10日だ。

2006年12月20日

学芸室で事務仕事

打ち合わせと事務処理が終日。「夏への扉」展の雑誌掲載記事の内容確認のFAXが増えてきた。良い感じ!

2006年12月19日

事務所と大学

午前中は会議。午後は事務処理。山ほどある。昨日の礼状と資料を送る手配。8月のダンスイベントの日程調整の確認など。近いものから遠いものまで多種多様。そうこうする内に4時。車で茨大に向かうが5分遅刻。講義を終えて事務所に引き帰り事務処理に励む。時間泥棒が居るんじゃないかと思える日々。追われている。

2006年12月18日

打ち合わせ

「夏への扉」出品作家の泉太郎さんと神仙駅で待ち合わせをしランチをした後、場所を移してお茶をしながら打ち合わせをする。きっちりと準備をしてきてくれていて、話はスムーズに進む。出品作品も展示プランも出来上がっている。基本的には申し分ない。細部の確認をして終わる。

次の打ち合わせに移動する途中、松涛美術館の知り合いの学芸員と道ですれ違い、続いて少し先で路地を入ってきた車が過ぎるのをかわして立ち止まっていたら「森さん」と声をかけらた。トムだった。事務所はもうそことのこと。

僕は今、2月開催の「夏への扉」展(-5月6日)に続いて、8月18日-10月14日の会期予定で「ひびのこづえ―服と人と住まい」の展覧会を開催する準備を進めている。第2部は、「こづえ」展に関する打ち合わせを某企業で終えた後、こづえさんの事務所に場所を移して、打ち合わせ。形になりつつあるも道半ば。まだ見えていない部分が多い。

2006年12月17日

コンペ

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「アートする駐輪ラック」のコンペ審査会があった。
272の応募から1次審査を通過した14作品の公開プレゼンテーションを聞く。みなスーツ姿で美術作品のそれとは違う。応募のガイドラインはきっちり―いや、厳密に吟味されて―死守されていて逸脱感はない。上記写真のプランがある意味確信犯的にOB越えをしていることが段々と分かってくる。審査員をしていた千葉学さんと西沢立衛さんに会えたのがよかった。デザインの視点からはインダストリアルデザイナーで法政大学教授である大島礼冶先生からの発言。僕はアート側の人間としてゆるーいコメント。勉強になったのは僕かもしれない。横浜でそんな半日を過ごした。

2006年12月16日

330人の第九と160人のパーティー

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第九のリハーサル風景。
330人による第九のためのリハーサルが広場でなされていた日の夜、部門主催でパーティーを開いた。僕たちはその世話人。逢坂監督が水戸を12月末で離れるための「送り出す会」には160人ほどの人が出席された。柔らかな和やかな会となった。
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その会を終えた後、ワークショップルームに実は用意してあった映像をスタッフで見る。「ジェニー・ホルツアー」から「ダークサイドからの逃走」まで。ホルツアー、タレル、カバコフ、オノ・ヨーコと大物大型の個展が連なる展覧会の業績に改めて脱帽。

2006年12月15日

講評会

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学生の説明を聞きながら作品を体験中の木村 崇人(アーティスト)さん。今年は彼もゲスト講師だった。来年からこのコースの学生を講師として見る立場になるそうだ。

三鷹市芸術文化センターでの講評会に伺う。森脇さんが手塩にかけるコースの2年生と3年生が対象。今年で5年目。そこで1年に1回だけ再開する学生がいる。彼らはとても良く1年前のことを覚えている。とくに厳しくいわれた学生はリベンジとばかりの勢いだ。まぁ、それが楽しいのだけどね。

2006年12月14日

書類。

1日がかりで20セットの書類をつくる。作家の展示計画=出品イメージが確定し、それらの作品が借用可能か打診を繰り返し、内諾を得て後、出品リストが確定する。つまり作品借用先(コレクター)への打診段階から正式な依頼書と正式な承諾書の取り交わしのための書類を1日がかりで整え発送の準備をする。「承諾書」がないことには作品の借出作業ができないわけだから、展示に向けた重要な書類。言い方を変えれば、展覧会組上げの実務作業をはじめるキックオフをしたようなものだ。
そんなこんなでバタバタしていたらヒビノスペシャル後藤さんから電話。用件は22日の岐阜入りと宿泊の確認。この日までにもろもろ終えないといけないのだが、もろもろ山積。

ちなみに、本人が書くくらい、あっという間の復活を長谷川さんが今日(13日付けアップの日記で)していて驚いた。ヤラレタ!といった感じかな。

2006年12月13日

個人的な、その後の膝の状況。

ちいさなネタだが、本人には一大事なコト。8月の下旬、ちょっと痛めただけの膝のつもりが、まったく力が入らなくなり、11月頃、ブスリと注射をしてもらい、アジアツアーに出かけ、帰国後、2回注射を打ちに行き、痛みらしきものは和らぎ、階段の上り下りもできるようになってはいた。が、膝に違和感があり、どこかしっくりきていない感覚が拭えずにあった。
そんな僕に、柏にいい先生が居るとの情報が今日届いた。早速連絡をしたら偶然にも今日なら予約枠に隙間があり、見てもらえるとの返事。ムリクリやりくりして駆けつけ見てもらう。そのおかげでかなり違和感が抜けた感触があり嬉しい。久しぶりに膝が伸びてリラックスしている感覚が戻る。このまま、良い感じが続くことを願うばかり。それにしてもちょとしたゆがみが難儀なことになる。

一夜明けたがいい感じだ。期待していいかも。軽くなった膝が嬉しい。次回は1月6日。完治するかも。ジャンプしたり走れたり、雪隠座りができるようになるな。完全復活への期待。

2006年12月12日

「夏への扉―マイクロポップの時代」広報物納品

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夏への扉―マイクロポップの時代のポスターが納品となる。めでたしめでたし。ぐっと展覧会がまじかに迫っている感覚がリアルに増す。

ポスターの納品後、検品し、刷り上りを確認。定例部門会議があり、引き継き小さな会議をして遅めのランチ。戻ってあれやこれやしている間に4時が迫る。ここ数年来、茨城大学での集中講義を担当していて、冬の時期にそれが当たる。その初日が今日。5限目は4時20分から。館から車であたふたと出かけ、まぁ講義をし、戻り、ここの数日すれ違いの続いたベルリン在住の「夏への扉」展出品作家に電話をし、この間メールでやり取りしていことの確認をする。やはり最後は言葉を交わさないといけない。間違いを回避するための鉄則。その後、また小さな会議に出て21時近くに仕事を終える。佐藤卓展のサイトを担当している旧知のトムが取材のため水戸泊まり。彼がスタッフと食事をして和んでいる場所に合流し、じつに他愛もない会話で笑う。楽しい時間をしばしともにし旧友を暖め、終電に乗る。

青森の長谷川の御仁が諸般都合で日記を休載するとの宣言が、年の暮れらしく総括とともに今日出ていた。こもるらしい。
■業務連絡:了解です。いい本を書いてください。期待してます。当方、業務多忙につき、10日までに雪の青森を訪ねることができず失礼しました。脱稿後の復帰楽しみにしております。前回の二学期とともに復帰したタイミングの鮮やかさには惚れ惚れしました。当方は復帰の期を逸し、出遅れました。今月は順調です、脱稿すべき原稿が山ほどあるせいかもしれません。あたしも本当はモードを切り替え、こもる必要があるのですが、状況がそれを許さず、打ち合わせの日々を過ごしております。お体おきをつけください。以上)
あわせて書いておくと、長谷川日記同様に欠かさずチェックする楽しみな藤浩志ブログは、ちょと油断すると数日前の写真がそっくり入れ替えられて拡充していたり、加筆修正されていたりと侮れない。油断大敵なブログであると同時にそのサプライズがとても楽しい。ブログでのドキュメントの可能性を試している感覚なのだろうと思う。

2006年12月11日

130万アクセスの力!

130万アクセスと言えばアートスケープなんだが、これは月間の頁ビュー実績。これが日間の頁ビューなのが「ほぼ日」のサイトなんだそうな。明らかにメディアとしての力を実感したのが昨日書いた「ブタフィーヌさん」の告知結果の集客力。頑張った仕込み記事を準備したこともあるが、それでもすごい。水戸の地の利は、例えて言えばNHKの新日曜美術館で水戸芸の展覧会情報が放映されたとすると、その日のその日に反応はあるけど、次の日曜日に目見えてあり、もうひとつ次の日曜日に山が来る感覚の距離感がある。ゆえに、その週の告知アップで、その終末でこれで知ったとする来場者を80人作れるのはすごいと思う。ほぼ日の担当者曰く、130万アクセスが頁ビューとして、「ブタフィーヌさん」のトーク企画につて読んだ人は1万人と見て良いらしく、80人という数字はそういうものかと勉強になった。うーん、勉強というよりも身体的経験となった。
これが次の週の日曜日だったらもっといけたと悔やまれていたが、良く分かる。100万超えたらいろいろとやれるようになったし、やりやすくなったとのコト。ちょっとうらやましい。

2006年12月10日

今週末も佐藤卓さん。

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佐藤卓×糸井重里×たかしまてつを

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今日のおもてなし趣向は「ブタフィーヌ」の発売記念トークというわけ。

2006年12月09日

幸せな時間。

昨日に続いて、ボランティア・トーカーの研修を終えた方々の午前と午後の面接に同席する。
その間のお昼を終えた13時から14時30分までの90分は、芸術・文化に携わる者、そして芸術・文化を愛好する人々にとって幸福な時間があった。

1937年に制定され、その第1回文化勲章受章者である横山大観が学んだ小学校跡地に建つ水戸芸術館会議場において、水戸室内オーストラ定期公演のために来水している小澤征爾氏、1996年文化勲章受章者の森英恵当財団理事長ほか、綺羅星ごとく多数の来賓が列席する中開催された、「吉田秀和水戸芸術館館長の文化勲章受章をお祝いする会」で館長のとてもすてきなスピーチを聞けたことだ。

雨降る肌寒い水戸ではあったが、出席されたお客さは心温かな気持ちでお帰りになられたことと思う。館長の受章はもとより、今日のような会が持てたことを館員として誇りに思い、喜しく思う。僕自身も晴れがましい気持ちのおすそ分けをいただき、とても幸せな気持ちになった。

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大げさな意味でなく、多くの支援者が集い開催されたこのひと時が、いかに貴重で尊いか、改めて思わせてくれたのが、今日の日本経済新聞の文化欄の「指定管理者制度」に関する記事であった。その記事内容は、存在する問題、そこにある現実の輪郭をかなりきっちり伝えているものだと思う。
美術館は社会において単体で存在しているものではない。美術館へのダメージは、広く深くアート界、そしてアートそのものの質の問題へ広がっていくものだと思う。記事には「『学芸』の質 維持 手探り」と太い見出しが入っている。失った質は、質の維持にかかるコスト以上の負担をしなければ回復しない。システムの分断が、見えないコスト負担を増大させる結果につながる危惧を持つ。
広島市現代美術館の公募に敗れた吉本興業の担当者のコメントは注目に値する。それは経済の市場原理に合っていないシステムであることを伝えるものだ。事実そのような状況下で獲得した財団の職員として副館長をつとめる小松崎氏のコメントが今ある実情を伝えている。誰も幸せにしない。
教育問題における学校と同じで、教育現場のダメージは、学校だけの問題にとどまりはしない。美術館の問題も変わらない。急速に魅力を欠く国になっていっているような気がしてならない。気がついてみたら貧しさだけが残ったようなことにはならないようにしないと、と思う。

2006年12月08日

青木淳さんと会う。

午後2時30分まで水戸芸でボランティア研修を終えたかたがたとの面接に同席し、渋谷での5時からのインタビューに向かう。松井みどりさんへのインタビューでパルコ出版社から展覧会にあわせて刊行する準備をすすめている書籍に収録するためのものだ。90分間の濃密な時間を過ごす。ちょっと素敵な時間となり、このために水戸からあわてて出かけてきたかいがあるというものだ。


インタビューを終えてゆっくりすることもなく、渋谷から浜松町に移動。もろもろあって出かけれないと思っていたERCO TOTOでの青木淳さんの講演会に、東京に出てきたわけだからと、お話が聞けないことを承知で会場に向かう。
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終了3分前に会場入り写したアリバイのような写真。まぁ、懇談会には間に合ったというわけだ。

青木さんに以前、大阪での個展見てきましたよとメールしておいたら、その感想はと返信をもらっていたのに返せずにいたので、これ幸いと勝手な感想をお伝えする。そのやり取りは、これまた僕にはちょっとばかりいい時間となった。
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青木 淳"taro nasu bambi"
は、2007年1月28日(日)までの金〜日(12:00-19:00)に見ることができる。撮影:2006.11.17


そんなこんなで夕食をとる間もなかったので、上野駅構内の立ち食いそば屋でたぬきそばを5分でかきこみ最終の特急に乗る。懇談会会場でいただいたおいしいワインのあとのソバも悪くない。


2006年12月07日

半田君と会う。

森美術館のビル・ヴィオラ:はつゆめ(-1月8日)もMOT(都現美)の大竹伸朗(-12.24)をまたもや見ることなく用事だけを済ませて東京から戻る。*大竹展は急がないと、24日までとはヤバイ。

午前中、浅草で用があっため、少しは早めに出て寺に寄り、早めの年末の墓参りを済ませ、午後からは銀座で用があったので移動しランチをとる。1時間ほどの用件を終えて、やっとエルメス8階で開催中の「木村伊兵衛のパリ 1954-55」展を見る。ライカの35mmで写した50年前のパリの日常があった。スナップといえども構図をないがしろにしないというか、ゆるがせなものとして写された画面がある。

その後、久しぶりに「夏への扉―マイクロポップの時代」に出品する半田真規さんに会う。カフェで展示計画、制作状況、搬入計画、資金計画等について打ち合わせをする。18日には泉太郎さんと会う予定だ。


大竹伸朗「ネオンと絵具箱」を上海と韓国国内を移動した11月、ホテルで読んでいた。彼の文章が好き故に旅の1冊として持ち出しわけだが、この中にMOT での個展「全景」の準備の行があり、戻ったら行かねばと思いながら、まだ果たしていない。膨大な作品点数を想像すると気力体力万全、さらに持ち時間たっぷりのタイミングで出かけないとなと、妙に気合をいれてしまうためにいまだ出かけれずにいる。24日までに東京に出てかつMOTが休刊日ではない条件となると冷や汗が出る。
本当は北海道の展示にも出かけていきたいと旅程を調べ組んだりもしたが果たせなかった。せめて木場には行かねば。

2006年12月06日

「夏への扉―マイクロポップの時代」展の全貌

2007年2月3日9時30分オープン

【出品作家】
奈良美智、杉戸洋、落合多武、有馬かおる、青木陵子、タカノ綾、國方真秀未、島袋道浩、野口里佳、半田真規、森千裕、田中功起、K.K.、大木裕之、泉太郎


【趣旨】
松井みどりは、美術評論家として1995年から2006年に至る約10年間のアートシーンの中に「マイクロポップ」的表現の出現と実践の現場を読み取ってきました。
作家が産み出す新しい表現と美術評論家としての対峙は、それまでにはなかったタイプの作品群が位置する場所を、言説として思索する過程であり、松井は専門とする文学的分析手法から「マイクロポップ」という概念を獲得するに至ります。
 本展覧会は、松井みどりが「マイクロポップ」なる概念を獲得する過程において、重要な働きかけをした作家の作品と、「マイクロポップ」の視座から未来を見渡した時に、さらなる展開を担うと思われる若手作家の作品とによって構成されるグループ展です。
 本展覧会は「マイクロポップ」というコンセプトのもとに15人の日本人作家―タブロー・ドローイングを出品する奈良美智、杉戸洋、落合多武、有馬かおる、青木陵子、タカノ綾、森千裕、國方真秀未、写真作品出品する島袋道浩、野口里佳、インスタレーション作品を出品する半田真規、K.K.、ビデオ作品を出品する田中功起、大木裕之、泉太郎―を集め、彼らの新旧作品250余点を通して、独自な創造として発生しながらも、ひとつの共通性を持つようになった、ある芸術的創造力の姿を提示し、その芸術表現と同時代の若い人々の生き方や感性との共通点や、後の世代への影響力について考えようと試るものです。
 「マイクロポップ」とは、歴史が相対化され、様々な価値のよりどころである精神的言説が権威を失っていく時代に、自らの経験のなかで拾い上げた知識の断片を組み合わせながら、新たな美意識や行動の規範をつくりだしていく「小さな前衛」的姿勢です。この姿勢は、人や情報や物がかつてないスピードと規模で世界中を動き、遠くの出来事が自分の生活のベーシックなところまで揺るがしかねないグローバル時代にあって、それぞれの人が常に流動する状況に反応しながら自分自身の判断の基盤を作り、「生きている」という手ごたえを感じるために「小さなサバイバル」を試みているとも言えるでしょう。
 本展は、「小さなサバイバル」の試みである個々の作品を一堂に集めることで、時代の様相としての傾向を視覚体験する場となると同時に、本展覧会を契機として、これまで、ややもすると周辺的にとらえられてきた領域の表現が、新しい価値、新しい芸術観として、広く認知され、同時に議論される場を提供しようとするものです。


【展覧会概要】
展覧会名:「夏への扉-マイクロポップの時代」
欧文表記: The Door into Summer : The Age of Micropop
会   期: 2007年2月3日(土)→ 5月6日(日)
開館時間: 9時30分〜18時 ※入場は17時30分まで
会 場:水戸芸術館現代美術ギャラリー
休 館 日:月曜日※ただし、2月12日、4月30日(月・祝)は開館。翌、2月13日、5月1日(火)休館。
入 場 料:一般800円、前売・団体(20名以上) 600円
中学生以下・65歳以上・各種障害者手帳をお持ちの方は無料。

主 催:財団法人水戸市芸術振興財団
協 賛:アサヒビール株式会社、資生堂、JEANS FACTORY
協 力:株式会社創夢
企 画:松井 みどり(美術評論家)、森 司(水戸芸術館現代美術センター主任学芸員)


【展覧会についてのお問い合わせ】
展覧会について:森 司(水戸芸術館現代美術センター主任学芸員)

広報・写真貸出について:米原 万智/email: cacpr@car.ocn.ne.jp
水戸芸術館現代美術センター:Tel.029-227-8120/Fax.029-227-8130
〒310-0063 茨城県水戸市五軒町1-6-8 http://www.arttowermito.or.jp/

【注】
※ 松井みどり(美術評論家)=上智大学、東京大学大学院で英米文学、プリンストン大学大学院博士課程で比較文学を専攻し、東北大学の助教授として英米文学の分野にて現代詩を研究していたが、同大学を辞した1994-95年頃から美術評論家として、海外の学術誌、論文集、企画展カタログに同時代の日本の現代美術の潮流や作家について論文を寄稿しはじめ、日本を代表する美術評論家として日本のアートシーンを精力的に海外に紹介している。
※ 「マイクロポップ」=仏哲学者ジル・ドゥルーズが著書『カフカ:マイナー文学のために』において明らかにした、新しい時代の芸術のモデル。メジャーな言語を使って表現することを余儀なくされながら、そのなかで独自の脱線や言い換え、表現コードの組み替えを行い、既存の表現の限界を超えて新しい表現を作っている想像力のありかたを指している。
※ 「夏への扉」=アメリカのSF作家、ロバート・A・ハインラインの小説のタイトルから取られている。この作品に流れる楽観的な世界観は、「現実」が限定されたひとつの世界であるとは限らず、むしろそれは、一瞬一瞬の選択によって変わる無限の可能性と崩壊の危機をはらむ、流動的なものであるという意識に裏打ちされている。

2006年12月05日

トムと会う

アートスケープの最初期を共にした、WEBディレクターとして今や大活躍のトムと会う。開催中の佐藤卓氏のホームページを手がけていたのが彼のチームだったとは知らなかった。そのサイトにアップする企画もののためのロケハンに来たという。来週が本収録ロケで水戸に一泊するという。ならばアンコウ鍋で一杯しないわけにはいかない。あっさりと楽しみな企画が決定。

球体がくるくる回るこのページのデザインをしていたのがトム。1997年ちょうど10年前。来年の6月に僕たちはヴェニス・ビエンナーレとドクメンタとミュンスターがいっせいにオープンする10年に一度のときを再び迎える。
各展覧会の一般公開初日は確かヴェニス・ビエンナーレが6月10日、ドクメンタが6月16日、ミュンスターが6月17日だ。
前回僕は、この逆の順番で周り、そのままスペインに建築展の調査に行った事を思い出す。
ちょうど12月7日から10日まで、マイアミビチのアートフェアーの時期だけど、昨今、雑誌でも記事になり注目をあつめているアートフェアー。なかでも有名なバーゼルのアートフェアーは6月13日から17日。来年年6月はアートピープルの世界規模の旅の時期となるだろう。

2006年12月04日

市村さんと日に2回会う。

企業協賛の依頼に某社を尋ねる。良く知るメセナ担当者が市村さんがこの前の打ち合わせで来ていると話題にしていたら、市村さんが次の会議(つまりぼくらの陳情)に出席する上席者の担当者と会議室を覗いてくれた。ほんの数分の立ち話しを交わす。ちょっと久しぶり故、事情が飲み込めないまま、施設管理業務で忙しいらいことは分かった。これが午前中のこと。


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妙に暖かな日だったのでランチは外のテラスでとることにした。人になれた鯉の魚影。


そして午後の後半、資生堂が主催する「アート トーク ギンザ」に出席したら、壇上に市村さんが居た。この会場で資料として配布されたパフレットをみて、ANJの活動を理解し、朝、市村さんが口にしていたことを理解する。

夏への扉展の広報印刷物の責了を夜の21時に終える。刷りは6,7日。紙つごうで乾かしに3日要し、納品は12日。14日から発送作業。週明け後半にはイメージが届きはじめることだろう。「夏への扉―マイクロポップの時代」展、なんだかんだと話題になってくれるといいなと願う。

2006年12月03日

コチョウザメ

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物書きのために時間を空けたにもかかわらず、なんだかんだとこまごましたことをしてすごす。そのなかの一番のトピックといえば、コチョウザメだろう。近くの金魚屋で2匹買って来て、彼らだけを大き目の水槽に入れた。ゆらゆらと泳いでいる様をみているとちょっと楽しい。水槽が彼らの成長の限界を用意するとは店主の言。泳げなくからそれ以上には育たない。あれ?サメ類は泳げなくなったら死ぬんじゃなかったけ?ジンベーサメにくらべたらメダカほど。今のところ15cm強のサイズだが、どれくらいまでは育つのだろう。その前に留守をする予定の年末年始の間の世話をどうしたらいいか、聞いてくるのを忘れてしまった。ペットショップみたいに預かってくれるのだろうか?

「夏への扉―マイクロポップの時代」のリリースの発送業務が行われ、来週中には関係者の手元に届く予定。いろいろと引き合いがあるといいが、2月3日初日なれど、年末年始で実営業日があるようでなく、残りあと40日ほど。あれやこれやと入り組み始めている。

2006年12月02日

金魚

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佐藤卓×茂木健一郎の対談がコンサートホールで開催された。そのステージのバックのスクリーンには2匹の金魚が映し出されていた。バックステージには控えの金魚があと3匹、用意されているとのこと。2時間の二人の対談は、絶妙・微妙な間合いとトークのやり取りがつづき、予定した時間は密度ある時間となって昇華されていった。

後日談:「なぜ金魚なのか?」
座談会用に準備したスクリーンを使わないことに直前なった。が、いまさらしまい込むわけにもいかない。それならばと思案した佐藤卓さんが金魚を映しておくことを閃き、自ら調達し、ああなったという次第が真相とのこと。裏話は聞いてみるまで関係者であっても直接の当事者じゃないとわならないこともあるよくある事例。

2006年12月01日

朝と夕。色校の出し戻し。

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*初校を見た後の改定版をプリント出力したもの。本紙に刷るとさらにグットよくなるハズ。
「夏への扉」展の広報物の初校が朝出でデザイナーのところに一番で届けられた。その戻しが今日の午後4時のため、朝からデザイナー事務所に集合しチェックを行う。本紙校正で見ると、変えたほうがいい点や試しにした箇所を戻したほうがいい点などが見えてくる。かなり大胆な訂正・変更をし、チラシ裏面も、中途なく大胆な写真の入れ替えをする。キャプション確認のための1回転が大変な騒ぎとなるが、それでも良くするためなので頑張ってしまう。
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展覧会のイメージがデザイナー山本誠氏の手により形になり、目に見えるものとなった。展覧会も近い。

遅めのランチを済ませ、カタログに関する打ち合わせを松井みどりさんとパルコ出版社の森さんとし別れた後、散歩をかねて近くのMA2ギャラリーに向かう。案内をもらっていた伊庭さんの個展を見るためだ。
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伊庭靖子(Iba Yasuko )の新作を見ていい気持ちになり、オーナーとしばしお話をする忙中間有の一時を楽しみ恵比寿駅に戻ると、ちょうど封筒の初校が届くと聞いた4時を少し過ぎた時間になっていた。念のために山本さんに電話を入れると、今まさに封筒の刷り見本が届いたところだという。そこでまたお邪魔して確認させてもらうことにし、初校戻しに立ちあい一つ一つ確認しながら戻す作業を脇で見ていた。

戻しを終えて銀座に出て、再び松井みどりさんに会う。彼女の講演会場となるスペース、シインワアートオークションに顔を出したからだ。僕は、そこに来ていた数ヶ月前まで同僚であった窪田さんほか数名と近くの中華飯店で食事をし終電で帰宅。