このページでは編集部のスタッフが交代で、著者とのやりとりや取材での出来事、心に留まったこと、調べ物で知ったこと、考えたことなど、つらつら書いていきます。開設から30年近い記事がすべて読めるartscape。過去の記事も掘り起こして紹介させていただきたいと思います。読者のみなさまには箸休め的な感じで楽しんでいただけると幸いです。

5月13日に公開された「第8回横浜トリエンナーレ『野草:いま、ここで生きてる』」のレビューのなかで、村田真さんは木刻運動について触れられています。私にとっても、今回の横トリなかで、ドキュメント的な展示としてBゼミと並んで印象に残るパートでした。

思えば、artscapeでもここ数年、たびたび木刻運動やそれ以降の木版画に関する運動について、記事にしてきました。町田市立国際版画美術館の町村悠香さんに「キュレーターズノート」で2019年から4年間執筆していただいたことも大きかったと思いますが、それだけではないと思います。実際、さまざまな展覧会で取り上げられることが多くなってきているのではないでしょうか。

木版画に関する運動は、21世紀以降の現代美術の参加型アートやアートコレクティブ、DIY、リレーショナルアートやソーシャリー・エンゲージドアートといった潮流と共鳴するところが多く、注目を集めているのだと思います。

この数年に見た木版画の運動に関連する展覧会を思い出しながら、artscapeで過去にとりあげた記事を探してみました。横浜トリエンナーレで関心をもたれた方、リンク先の記事をご覧いただけたら幸いです。

「闇に刻む光 アジアの木版画運動 1930s-2010s」展(2019) 展示風景 アーツ前橋[撮影:artscape編集部]

2019年2月にアーツ前橋で巡回展示された「闇に刻む光 アジアの木版画運動 1930s-2010s」展はまさに魯迅を中心としたアジアの木刻運動に焦点を当てた展覧会で、魯迅を中心とした国際的なネットワーク、それが社会運動と密接に結びついたメディアとしての力をもっていたことなど、日中戦争のころから今日まで続くアジアの広範囲にひろがる木版画の運動について、目を開かせてもらうような内容でした(オリジナルは2018年11月に福岡アジア美術館で開催。企画は黒田雷児さん)。

同じ年、町村さんに「キュレーターズノート」の執筆をお願いしていました。第一回の記事「戦後版画運動の地下水脈 女性、山村をめぐるケーススタディ」(2019年05月15日号)では、町田市立国際版画美術館のコレクションについて紹介していただきながら、当時の企画展「彫刻刀で刻む社会と暮らし──戦後版画運動の広がり」について書いていただいています。展覧会は「美学的価値だけでなく、印刷メディアとして版画が果たした社会的役割」への興味が発端となっていました。

同年の「あいちトリエンナーレ2019」のパンクロック・スゥラップの大型作品は圧巻! アジアの木版画運動の現在地を知ることができました。

日本の状況として、町村さんに東京を拠点にする木版画コレクティブA3BCの活動を「風間サチコ作品が俯瞰する2010年代──現在進行形のディストピアでできること」(2021年07月15日号)のなかで取り上げていただきました。また、仙台を拠点にするインディエンデント・キュレーター清水チナツさんが、「未来を放棄しないために、予め祝う12年目の春」(2023年03月01日号)のなかで、パンクロック・スゥラップ、A3BCとの親交や木版画ワークショップ「声を刻む」について書かれています。

2022年、町村さんは満を持して「彫刻刀が刻む戦後日本 2つの民衆版画運動展 工場で、田んぼで、教室で みんな、かつては版画家だった」を企画、開催。一般の方からも、研究者からも評価が高く、伝説的な展覧会だったといえるのではないでしょうか。この展覧会について町村さんには、準備期間中に「みんな、かつては版画家だった──教育版画運動と大田耕士旧蔵版画集から考える『私たち』の戦後美術史」(2021年12月01日号)と開催直前に「2つの民衆版画運動と戦争の傷跡、平和運動──「彫刻刀が刻む戦後日本展」出品作から」(2022年04月01日号)、会期終盤に「2つの民衆版画運動が現代に照射するもの──「生活」的アプローチの広がりとジレンマ」(2022年07月01日号)の3本の記事を寄せていただいています。まさにキュレーターは展覧会の企画時に何を考え、どのように展覧会をつくり、開催期間中になにを受け取るのかがわかる「ノート」になっています。

歴史学では近年、西洋中心主義の世界史や独立した各国史が並列してあるのではなく、世界全体の関係性に注目し、時間的にも空間的にも交差するグローバル・ヒストリーの方法が重要視されてきています。Black Lives Matterやイスラエルによるガザ攻撃に対する抗議運動が、植民地主義に対するグローバルな社会運動としてひろがっていることを考えれば、それは単に歴史を再解釈するための学問ではなく、喫緊の複雑に課題がからみあった現代社会を生きるための処方なのではないかと思えます。

美術史もこの流れと別ではありません。5月9日公開の「DNP ミュージアムラボ トークショウ『北欧に学ぶ:ミュージアムとコミュニティが築くWIN-WINな未来』」の記事の最後に「美術史を書き換える」という言葉がありました。木刻運動とは、まさに美術史を書き換えるためのヒントの宝庫なのだと思います。

清水チナツさんからは、3月にメキシコに渡航し、現地の女性アーティストの活動について調査されたというメールをいただきました。6月後半に記事を公開できると思います。ご期待ください。(F)