2019年11月15日号
次回12月2日更新予定

トークシリーズ:「Artwords」で読み解く現在形

[シリーズ1:“美術”の現在形]「現代美術用語辞典 ver 1.0」から「Artwords(アートワード)」までの10年を振り返る[第2部]

暮沢剛巳/足立元/沢山遼/成相肇2013年02月15日号

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5. 境界領域の展覧会

暮沢──他に旧バーションとの違いとして、狭義での美術にカテゴライズされない境界領域の展覧会が増えたと思います。たとえばアトリエ・ワン★67やSANAA、石上純也★68といった建築系の展覧会です。特に石上純也はほとんどアートと区別がつかないような展覧会が構成されています。あとはアニメやマンガです。これにはメディア芸術祭の流れもあります。1998年に東京都現代美術館で開かれた『マンガの時代展──手塚治虫からエヴァンゲリオンまで』★69では、アニメとマンガの区別がまともにされていないレベルでしたが、最近では作家にフォーカスしたり、かなり細かく分類されてきています。そのあたりもこの10年で大きく変わったポイントだと思いますがどうでしょうか。

成相──確かに建築展は増えていますが、美術館における展覧会という形式に相容れない面も多いと思います。何より実物を展示できないし、切り出して見せるのが難しく、建築の体験を見せようとすればするほど、石上さんのように美術展と見分けがつかない状況になる。それがいいのか悪いのか、またその区別が必要かどうかはさておいて、自ずと主題の抽象性が高くなったり原理に集約したものを見せていくために、見る側がそれを建築に引き戻そうとするときにハイレベルな作業が伴う気がします。

暮沢──模型や図面やCAD、せいぜい実物大のモックアップまでしか展示できないということですね。そのあたりの限界はありますが石上純也は越境的で、あそこまでいくとジャンルの区別自体を問うているところがあります。

成相──模型はあくまで模型ですから、「出品作」とするには二次的なわけです。模型や図面を想定すれば奇異に映るとしても、美術館において建築を考えさせるという意味では石上さんのようなアプローチはむしろ素直なやり方ではあるだろうと思います。

足立──建築模型はものとしての魅力が弱いと思います。もちろん、概念や事実として見た時に、美術作品と同じような重要性があるとは思います。まあ、建築展で模型を精巧につくったり、映像を使ってスペクタクルを充実させていったり、アート作品をつくってしまうのも、それはそれでありだと思いますが、そんなに関心を持てないですね。

成相──漫画に関して言えば、原画を並べればマンガ展になるわけでもない。圧倒的に「見る」側面が強調される一方で「読む」方はほとんどないがしろにされることになります。原画の希少性とか複製芸術におけるコピーとオリジナルの違い以前に、まず展示という方法と展覧会というメディアが、体験をまったく別物にしてしまうわけです。それがマンガ展の一番の難しさではないでしょうか。

暮沢──絶版で手に入らないものには資料的価値がありますが、それを読むものとして提示するのは展覧会の役割ではありません。マンガ展では美しいものに焦点を当てた原画などを見せることになります。

成相──とはいえ僕がやった「石子順造的世界展」ではつげ義春さん★70の「ねじ式」原画を出品したわけですが…

暮沢──あの展示を見て、マンガが美術史に組み込まれつつあるなと思いました。実際にマンガを研究して大学で博士号を取る人もいます。

成相──それと、アニメやマンガに直接の参照源を持つ美術作品が非常に増えました。これもこの10年ほどの動きのひとつだと思いますが、中原浩大さんや村上隆さんが登場した頃には違和感を伴っていたものが、今では通例とさえいえる状況になっています。

暮沢──旧バージョンをつくった時にネオ・ポップという項目を立て、「反発を呼ぶ」などと書いた記憶がありますが、それから10年経って、今では当たり前の風景になったと思います。

成相──東京都現代美術館のジブリ展をはじめとして、最近話題になったものだと『水木しげる』展★71や『大友克洋』展★72、『ONE PIECE展』★73など、もはやマンガ・アニメ展は泰西名画と並ぶブロックバスター展となっています。建築やデザインの展覧会も多くの集客がありますが、それらは学生が大部分であるのに対して、マンガやアニメはファン層がケタ違いに多い。こうした状況で求められるのが収蔵、常設展示や継続的な研究の場です。建築は国立近現代建築資料館が今度開設され、マンガについては明治大学が「東京国際マンガ図書館」★74を2014年度の完成を目指して準備を進めています。先ごろ米沢嘉博記念図書館が先行してオープンしました。

暮沢──広島市まんが図書館や京都国際マンガミュージアムといったものもありますし、京都精華大学ではマンガ学部ができています。

足立──マンガの歴史は、他の分野に比べれば本当に研究されていないですよね。特に戦前のマンガについては、全然知られていない。そもそもマンガの資料が普通の図書館にはないので、自らコレクターとなるか、コレクターと知り合わなければ研究は不可能です。なのに、大学にはマンガの専攻がいくつもあったりします。しかし、同時代のマンガを理解するためにも、いずれきちんとマンガの歴史を研究できる環境が作られるべきだと思います。

沢山──成相さんがやられた「石子展」も、現在の状況下では、マルチメディア化する展覧会とかマンガとアートの融合という名の下に現代美術の裾野を広げようとしているとか、大衆性を確保しようとしているとかというふうに誤解を受けてしまうかもしれない。「石子展」は美術・マンガ・キッチュという三つのセクションがあって、それぞれが独立しているように見えるけれど、美術からキッチュに至る展示の流れは、実際には石子自身の活動のクロノロジーを形成するものなんですね。つまり現代美術のセクションは初期石子順造として見ることができ、その後に後期石子順造としてのマンガとキッチュのセクションがある。石子は徐々に現代美術の閉鎖性を批判して、現代美術批評から離れていきましたよね。要するに現代美術は閉じた生産体系で自閉していて、そこにはネットワーク的な思考やコミュニケーションの流動性がないと批判する。石子は、文化的な生産で重要なのは自律したオブジェクト=作品よりも流通体系だと考えていて、その参照元として初めてマンガやキッチュが浮上してきます。だから単に石子が対象として現代美術からキッチュに関心を移したのではなく、ひとつの生産体系として文化を見た時に当然現代美術が批判の対象になるということです。1960年代の言説におけるコミュニケーションの重要性は鶴見俊輔★75や吉本隆明★76もさかんに議論していますが、そのような生産体系のなかに改めて文化を位置づけようとした。そのときに現代美術が相対化され、文化的な競合状態、もっと言えば文化的な抗争が起きてきます。それが石子にとっての批評の現場だった。もっと言えばラクラウとムフの概念で「敵対性」というものがありますが、それに近い。そのような意味で、成相さんの石子展は現代美術の敵対性としてマンガやキッチュを併置しているように見えたので感銘を受けたのです。むしろ、昨今の「アートとなんとかの融合」みたいなものとは逆のベクトルなのかな、というのが僕の理解です。各々のジャンルを規定する生産体系や技術体系の違いを定義することが重要であると。

暮沢──メディアアート系の展覧会も増えたと思います。かつては四方幸子さん★77や阿部一直さん★78が「キヤノン・アートラボ」で常設の会場を持たない活動をしていました。もうひとつ1997年に開館したICCがあり、現在まで継続されています。それ以外にも割と増えたと思います。また、東京国立近代美術館では2009年に『ヴィデオを待ちながら 映像、60年代から今日へ』★79がありましたが、そこに1960〜70年代の古い作品があって、それに対応するかのようにブラウン管テレビで見せていました。それを見て、メディアアートが歴史化されたような印象を受けました。研究も進んでいて、旧バーションの時にはほとんどなかったメディアアートの教科書みたいなものも今ではかなり出ています。

沢山──1960年代の美術を現在回顧したとき、ナム・ジュン・パイク★80のように、新種のメディアにアートが進出していって、彫刻とヴィデオの融合的な反応が起きた、これはマルチメディアの先取りだという視点は当然あり得ると思いますが、あの『ヴィデオを待ちながら』展ではロザリンド・クラウス★81の論文「ヴィデオ:ナルシシズムの美学」が直接的な参照元となっていて、展示の冒頭がまさに「鏡と反映」というセクションでした。ヴィト・アコンチ★82などが出品していて──1970年代初頭の映像においては、それまで彫刻やパフォーマンスをやっていたアーティストたちがヴィデオ作品の制作を行なったのですが──ヴィデオと何かを融合したというよりも、実際にはヴィデオというメディウム自体の自己批判・自己定義が行われた。つまり、新しいメディアが出てきたときにそのメディアの吟味がなされたということです。成相さんの石子展にも通じますが、単に融合していきましょうというのではなく、新たな文脈を構築していくときに、元々の文脈や生産体系が持っている自己規定、物理的な条件、流通体系、社会的・資本主義的・政治的な条件を吟味するという動きですね。これはアーティストに限らずアカデミシャンやキュレーターも同じ役割を負っていると思うのですが、最低限の理解の上で化学反応や拡張性を機能させないといけない。翻って文化諸ジャンルはもちろん、教条的なモダニズムの言説がそう主張してきたように単に自律的に展開すればいいわけではない。アートと建築の融合という展覧会も別にいいんですが、単に建築がアートっぽくなったり、逆にアートが建築っぽくなるだけで、結局ディスコミュニケーションに終わってしまう。

暮沢──ただ居合わせるだけでは共犯関係が成立しないということですね。作家の選出はもちろん、作品の配置の仕方いわゆるプレースメントもキュレーターの見識が問われる部分ですが、インタージャンルを謳う展覧会であればとりわけその部分にセンシティヴでないとならないと。

沢山──過激な言葉を使うと、抗争状態を起こすことが重要です。本当の意味でのマルチメディアの可能性は、複数のジャンル間で抗争を引き起こすこと。石子はまさにそういう批評を展開したのかなと思ったわけです。

成相──石子順造展をこんなに話題にしていただけて恐縮です(笑)

暮沢──展覧会はそうやって神話化されていくんです。かつての「人間と物質」展がそうだったようにね(笑)


「石上純也──建築の新しい大きさ」展ポスター/「石子順造的世界 美術発・マンガ経由・キッチュ行」ポスター

★67──Atelier Bow-Wow:1992年に結成された、日本の建築家、塚本由晴+貝島桃代の建築ユニット。多彩な建築設計を手がけるほかに、都市のリサーチ&スタディ、アート作品制作など広い活動を展開。主な作品に、「ミニハウス」「アニハウス」「「みやしたこうえん」など。著書に『メイド・イン・トーキョー』(鹿島出版会)『アトリエ・ワン・フロム・ポスト・バブル・シティ』(LIXIL出版)など。
★68──1998.10.3-12.13 東京都現代美術館で開催。
★69──いしがみ・じゅんや:日本の建築家。妹島和世設計事務所を経て、2004年石上純也建築設計事務所設立。主な作品に「神奈川工科大学KAIT工房」(日本建築学会賞作品賞、2009)。2010年「アーキテクチャー・アズ・エア」で、ヴェネツィア・ビエンナーレ第12回国際建築展 金獅子賞受賞。著書に『ちいさな図版のまとまりから建築について考えたこと』(LIXIL出版、2008)ほか。
★70──つげ・よしはる:1937- 漫画家・随筆家。マンガ雑誌『ガロ』を主な舞台として作品を発表。1968年6月増刊号の『ガロ』に掲載された「ねじ式」は、荒唐無稽なストーリー展開と土俗的で猥雑なイメージに満ちた傑作マンガとして、全共闘世代を中心に熱狂的に支持された。
★71──2004.4.29-5.30 鳥取県立博物館で開催。監修=荒俣宏+京極夏彦。以後、福岡県立美術館、大丸ミュージアムKOBE、同KYOTO、岩手県立美術館、江戸東京博物館、新津市美術館(新潟)、北海道立旭川美術館、岐阜市歴史博物館、高知県立美術館を巡回。
★72──2012.4.9-2012.5.30 3331 Arts Chiyodaで開催。
★73──2012.11-2013.2.17 大阪天保山特設ギャラリーで開催。監修=尾田栄一郎。
★74──東京都千代田区の明治大学キャンパスに設立された、マンガ雑誌、書籍、風俗誌および関連領域の資料を収蔵する閉架式の図書館。マンガ評論家・編集者の米澤嘉博(1953-2000)の遺した膨大な蔵書および関連資料(米澤コレクション)主体。推進は『趣都の誕生』の著者で明治大学准教授、森川嘉一郎。
★75──つるみ・しゅんすけ:1922- 哲学者。戦後「思想の科学研究会」を設立、雑誌『思想の科学』共同創刊。主な著書に『アメリカ哲学』(世界評論社、1950)、『大衆芸術』(河出新書、1954)、『プラグマティズム』(河出書房、1955)、『限界芸術論』(筑摩学芸文庫、1999)。芸術のあり方を非専門的な作り手と非専門的な受け手の関係の中に探った「限界芸術」は、なお刺激的なコンセプトであり続けている。
★76──よしもと・たかあき:1924-2012、詩人・思想家。1956年発表した「詩人の戦争責任論」とそれに続く「転向論」などで、戦後思想の新たな水路を拓く。さらに、60年安保後、自主メディア『試行』を創刊し、スタリーン主義に対して、『言語にとって美とはなにか』『心的現象論』などを執筆して闘う。1968年の『共同幻想論』(河出書房新社、1968)は、従来にない国家論として全共闘世代に広く読まれた。
★77──しかた・ゆきこ:主にメディア・アートを専門とするキュレーター、多摩美術大学客員教授。キヤノンアートラボ、森美術館アソシエイト、NTTインターコミュニケーション・センター・キュレーターを歴任。
★78──あべ・かずなお:山口情報芸術センター[YCAM]チーフキュレーター、アーティスティックディレクター。http://www.ycam.jp/。YCAMでは、池田亮司「C4I」「datamatics」、三上晴子+市川創太「Gravicells-重力と抵抗」、カールステン・ニコライ「syn chron」、エキソニモ「WORLD B」、坂本龍一+高谷史郎「LIFE-fluid,invisible,inaudible...」、doubleNegatives Architecture「Corpora in Si(gh)te」「ミニマム インターフェイス」などをプロデュース。
★79──Nam June Paik:1932-2006 創成記のビデオアート・開拓者。主な作品に『ジョン・ケージへのオマージュ』(1959)、『バイオリン独奏』(ジョージ・マチューナス演奏、1964)、『ラジオのために』(1968)、『TV仏陀』(1975)ほか。
★80──2009.3.31-6.7 東京国立近代美術館で開催。URL=http://www.momat.go.jp/Honkan/waiting_for_video/index.html
★81──Rosalind E. Krauss:1941- 美術批評。コロンビア大学教授。初期のクレメント・グリンバーグ、マイケル・フリードらからの影響を脱して、フォーマリズムに批判的な立場から『October』誌の編集に携わるなどする。また、同じ美術批評家である、イヴ=アラン・ボワと『アンフォルム』を出版。主な著書に『オリジナリティと反復』(小西信之訳、リブロポート、1994)、『ピカソ論』(松岡新一郎訳、青土社、2000)ほか。
★82──Vito Acconci:1940- アメリカのパフォーマンス・アーティスト、インスタレーション・アーティスト、ランドスケープ・アーキテクト。1960年代後半よりパフォーマンス作家としての活動に入るが、後に映像、ビデオアート、インスタレーション、建築、彫刻、家具・パブリック・アート作品へと制作の範囲を広げた。

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  • トークシリーズ:「Artwords」で読み解く現在形

暮沢剛巳

1966年青森県生まれ。東京工科大学デザイン学部教授。美術批評・美術館研究・文化批評。著書に『「風景」という虚構―美術/建築/戦争から考える...

足立元

1977年生まれ。美術史家。専門は日本近現代の美術史、漫画史、評論。2000年東京芸術大学美術学部芸術学科卒業。2008年東京芸術大学教育研...

沢山遼

1982年生まれ。美術批評。武蔵野美術大学大学院造形研究科修士課程修了。2010年「レイバー・ワーク──カール・アンドレにおける制作の概念」...

成相肇

2005〜2012(3月)まで府中市美術館学芸員。2012年4月より東京ステーションギャラリー学芸員。主な企画展=「石子順造的世界──美術発...

2013年02月15日号の
トークシリーズ:「Artwords」で読み解く現在形

  • [シリーズ1:“美術”の現在形]「現代美術用語辞典 ver 1.0」から「Artwords(アートワード)」までの10年を振り返る[第2部]

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