トークシリーズ:「Artwords」で読み解く現在形

[シリーズ8:“デザイン”の現在形]フラット化と均質化──拡散するグッドデザインの時代

柏木博/鈴木一誌/深川雅文2014年05月01日号

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2. グリッドシステムの20世紀

柏木──日本の家電メーカーのある製品を取り出しても、それがパナソニックのデザインかソニーのデザインかを見分けるのは難しいですが、ディーター・ラムス★21がディレクションしていた頃のブラウンは非常に独特です。店舗からシェーバーまで、すべてブラウンのものであることがわかります。なぜかと言えば、全部グリッドシステム★22の上に乗せていたからです。誌面をデザインする時に、基本的なフォーマットをつくるのと同じように、プロダクトをつくる時もグリッドシステムの上に乗せてデザインしていました。それは非常にうまいやり方です。
 建築の設計も基本的にはシステムの上にプログラムやアプリケーションを乗せていきます。ミース・ファン・デル・ローエ★23のユニバーサルスペース★24も、基本的にはがらんとした空間を区切っていきます。
 ただ、今はプログラムやアプリケーションとシステムがぐちゃぐちゃに混ざっているという感じもあります。

鈴木──4畳半とか6畳というモデュールにしても、建築はグリッドシステムの最たるものですよね。
 20世紀は正方形に基づいたグリッドシステムがベースにある時代でした。正方形を見てみると1910年代 に登場したシュプレマティズム★25があり、20世紀末にはデジタル化が進み、ピクセルまでいったわけです。ただ、グリッドに合わせるだけのデザインでは平均的なものになってしまうので、美学的な抵抗としては、そのグリッドにどう逆らうかという点に絞られたということです。

柏木──マルセル・ブロイヤー★26とミースは、ふたりともキャンティレバーの片持ちの椅子をつくっていますが、ミースの方が綺麗ですよね。ミースは基本的には新古典主義の人で、図面を重ねてみるとシンケルとまったく同じプロポーションをしています。ニューヨークのシーグラムビルのプロポーションもきれいですが、ブロイヤーのを見ると下手だなあと思ってしまいます。

鈴木──それも角丸を扱う才能が関係していると思いますね。

深川──バウハウスでの基礎教育のなかに、カンディンスキー★27の分析的デッサンやクレーの幾何学的デッサンなど絵画に関わる授業が組み込まれていたことは、キーポイントだと思います。単にグリッドシステムを教えるだけでなく、グリッドシステムの中に美的な感覚や感動をどう表現するかを基本ソフトウェアとして教えていたわけです。デザイナーが、グリッドという制約の中にどう美学を組み込むかに、あの時代の作品性が立ち上がっていました。

鈴木──今の建築のソフトウェアだと、グリッドを意識しないでモノをつくれたりもしますよね。システムを意識しないアプリケーション化が起きています。

柏木──都市を見れば、たとえば歌舞伎町の入口にサラ金ができたり、都合よくアプリケーションができ上がっています。あたかも都市のシステムのように成り立っています。

深川──今もモダニズムのデザイン文法は生きていますし、デジタルなデザインと接合する形で入り込んでいるわけですが、デザインする方が、グリッドシステムを意識しなくなっているのは確かです。そこに一種の混乱状態がある気がします。システムは関係なく、アプリケーションを使ってフリーハンドのデザインが可能なので、何でもありの状況です。

鈴木──ヤン・チヒョルト★28がシンメトリーのタイポグラフィ★29からアンシンメトリーに転換した瞬間に組版の革命が起きました。今の若いデザイナーにグリッドを教える時、根本的な必要性をどう教えるかは難しいです。写植の時代にはまだ一文字という単位があったと思います。

柏木──活字、約物、インテル入れて、クワタ入れて、ひもで縛って、どこか抜けてると抜け落ちてしまいますからね。

鈴木──東アジアの漢字文化圏では少なくとも文字がグリッドを保証していました。ですが、InDesign★30で文字を組むようになり、文字の詰めも写植のように字間を1/4mm詰めるという荒っぽいレベルではなく、千分の一文字分や1%刻みで調整できるようになっています。森の葉っぱが揺らめくように文字を詰められるようになっています。グリッドの概念がないのです。

深川──それを決めるビジョンというか、規準はどう教えるのでしょうか。マルセル・ブロイヤーがカンディンスキーのデッサンの授業で抽象ということを学んだのと同じように、字詰めにどのようなルールをつくることができるのでしょうか。

鈴木──純文学の活字組版的な一文字全角のグリッドの美学では、横から見て、隣の行同士の文字がならんでいないといけないとうるさく言う人もいます。それでは和洋混植なんてとてもできません。アルファベットや洋数字が入れば、ゆらぎはあります。点丸をぶら下げにするかしないかでもページの振る舞いが変わってきます。
 僕は少なくとも横組に関してはプロポーショナル★31で組んでもいいと思っています。もともと日本語の形は横組用にできていませんから。横組にすることでかなりの人為が入るわけですから、コンピュータの力を使ってプロポーショナルに詰めてしまった方が読みやすい、という時代になっていると思います。必ず全角ベタ送り★32でと真逆との両方を教えて、その間に僕の仕事があるという言い方しかできません。
 それこそ角丸をどこで始めてどう収めるかのセンスとつながってきます。荒野の呼び声を聞くといいますか、「ここで曲げてくれ」ということを、物質を通して聞くしかない。紙や印刷の質によっても、どんな照明下で見るかでも違います。
 版面★33という概念もなかなか通じなくなっています。昔は版面の隅に針を通したら最終ページまで通るものだというルールがあったのですが、今はなぜ決めないといけないのか聞かれて、「活版ではそうだった」と言っても通じないし、InDesignではどうにでもデザインできてしまう。ある種のフレームの決定、ゲームの規則が希薄になっています。それは他のデザインの分野でも同じかもしれません。

柏木──日本語の場合は、大体1行35字以上の横組みは目でうまく追えません。文字をあまり扱っていない若い人だと、45字くらい組んでしまうこともあります。

深川──ただ、コンピュータ上ではいくらでも組めますから、その感覚が普通になってくると新しいデザインも出てくるのかもしれません。

柏木──ウィリアム・モリス★34はタイポグラフィはアーキテクチャだと言っています。非常に構築的なものだと。先ほど建築はグリッドシステムだという話が出ましたが、誌面もまさにそうです。

鈴木──組版もタイポグラフィも非常に建築的なものです。モリスは余白の決め方のルールなども考えています。今は自分で枠組みの決定やゲームの規則を決めるという意識が希薄になっている気がしますね。

柏木──グリッドが崩れているという話と、先ほどのガジェット化したプロダクトが有象無象に出てきている現象は似ていますね。

鈴木──デザインは、自由にやっていると感じた瞬間に退廃していくところがあり、自分で自分を不自由にしていく部分がないとだめでしょう。かつて、バイクのデザインが自由に造形できるようになって退廃しましたし、ラジカセもそうですし、今は車やスニーカーが退廃しつつある気がしています。

深川──グリッドシステムが基礎になっているデザインのシステムが根底にありますが、その忘却によって自由なことができると思いきや、逆に壊れてしまうという現象です。マーケット的には、デザインに変化を加えながら、短いスパンでどんどんモデルチェンジをして、マスに売っていくという方向性があらためて強くなっている気がします。デジタル化がそのような傾向を加速化させているのでしょう。1970年代のスニーカーには、原点的な機能美が宿っていて清々しいですね。

鈴木──ブラウンは不自由さとしてみずからに何を課していたんですかね。

柏木──やはり経営者が、ディーター・ラムスのモデュールを採用したことは大きかったと思います。ブラウンの製品はそのモデュールをやめた今、他のメーカーとの違いがわからなくなっています。日本の家電メーカーでは、個人が考えたモデュールですべてをデザインしていくなんてなかなか許されませんよね。
 ある企画会社が、ディーター・ラムスがディレクションしたブラウンの製品が入る家具をデザインしていますが、そのモデュールを使わないと入らないので、部屋は必然的に統一されていきます。好きな人にとっては良いでしょうが、そうではない人にとってはきついですよね。

鈴木──ブラウンには新製品の感じがあまりありません。

深川──それが普遍性とつながっているのですね。

柏木──今の家電製品は、たとえば冷蔵庫を買ってきても、空間にまったく合わない場面が増えてきています。家具と住んでいる生活に統一感が保てなくなっています。先ほどの文字と図版、版面の話と同じで、相互の関係がメチャクチャになってきています。

鈴木──生活における版面とは何かと。モダンデザインが雑誌に取り上げられることも多いですが、せっかく大枚はたいて買った素晴らしい椅子も家に置いてみたら、まったく合わないで困っているという話もあります(笑)。


8──ディーター・ラムス/ハンス・グジェロのデザインしたオーディオ「BRAUN PHONOSUPER SK4」
9──ディーター・ラムスのデザインしたポータブルAM / FMラジオ「T1000 CD」
10──ディーター・ラムスのデザインしたオーディオ「310 ターンテープル」


11──マルセル・ブロイヤー「ワシリー・チェア」
12──ミース・ファン・デル・ローエ「MRチェア」

★21──Dieter Rams:1932- ドイツのインダストルアル・デザイナー。1955年以降ドイツの家電メーカー、ブラウン社の製品デザインを数多く手がける。そのデザイン手法はバウハウスの流をくむ機能主義であり、アップル社デザインなどにも大きな影響を与えている。提唱したデザインする上の指針に「“GOOD DESIGN”の10原則」がある。
★22──画面や誌・紙面などの平面を一定のルールに従って格子状に分割し、そのラインに沿って画像や文字を配置、また余白を構成するシステマティックなデザイン手法のひとつ。バウハウスや、スイスのグラフィック・デザイナー、スイスのヨゼフ・ミューラー=ブロックマンなどの「スイス・スタイル」が方法を理論化し展開した。
★23──Ludwig Mies van der Rohe:1886-1969。ドイツ出身の建築家。ル・コルビュジエ、フランク・ロイド・ライト、ヴァルター・グロピウスと共に並び称される近代建築の巨匠。主な作品に《バルセロナ・パヴィリオン》(1929)、《ファンズワース邸》(1951)、《イリノイ工科大学クラウンホール》(1956)、《シーグラムビル》など。建築の内部空間をどのような使用用途にも対応させるため、固定的な仕切りや壁を作らず必要に応じてパーテーション可能な「ユニバーサルスペース(均質空間)」を提案した。
★24──「Artwords」内、有山宙執筆項目を参照。
★25──「Artwords」内、星野太執筆項目を参照。
★26──Marcel Lajos Breuer:1902-1981。ハンガリー生まれの建築家。1920年代バウハウスで学び後に教鞭も執ったが、ニューヨークに設計事務所を開設し、またハーバード大学で建築を教えるなど、主にアメリカで活躍した。主な作品に、《ユネスコ本部》(1953)、《ホイットニー美術館》(1966)など。家具作品として、世界で初めてスチールパイプを曲げてデザインされた椅子『ワシリー・チェア』の作家として知られる。
★27──Vassily Kandinsky:1866-194。ロシア出身の画家・美術理論家。1909年、新ミュンヘン美術家協会会長。1911年、表現主義の芸術サークル「青騎士」を結成スルなど主にドイツで活動。1910年、抽象画を発表、モンドリアンと共に抽象芸術の先駆者として位置づけられる。1920年代にはバウハウスで教鞭を執る。作品に《コンポジション》シリーズなど。
★28──ヤン・チヒョルト(Jan Tschichold, 1902 - 1974はドイツ生まれの、20世紀モダン・タイポグラフィ運動を代表する理論家・デザイナー。著書に"Die Neue Typographie:bildungsverband der deutschen, buchdrucker, berlin, 1928.
★29──「Artwords」内、小野英志執筆項目を参照。
★30──Adobe InDesign:アドビシステムズが販売するページレイアウト/組み版ソフト。
★31──プロポーショナル・フォント, Proportional Font:文字ごとに最適な文字幅が設計されたフォント。
★32──書物やコンビュータ画面上で組まれる文字の組み方で、文字と文字の間隔が詰めたり開いたりしない組み方。文字の字送りを文字サイズと同じにすること。
★33──はんづら:書籍などの印刷物の、テキストや図像が印刷される範囲。
★34──William Morris:1834 - 1896。イギリスの思想家。デザイナー。モダンデザインの創始者。産業革命による日用品などの大量生産・粗悪化に抗する、手工芸の復興を目指すアーツ・アンド・クラフツ運動を牽引。デザイナーとして、装飾書籍、ケルムスコット・プレスや壁紙、家具、ステンドグラスなどを手作りで製作。モリスの思想は、その後、ユーゲント・シュティールの美術運動や日本の柳宗悦にも影響を与えた。

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柏木博

1946年生まれ。デザイン論・デザイン史。武蔵野美術大学教授。著書=『近代デザイン史』『「しきり」の文化論』『モダンデザイン批判』『家具のモ...

鈴木一誌

1950年生まれ。東京学芸大学・東京造形大学中退。グラフィック・デザイン、映画批評。デザイン批評誌『d/SIGN』責任編集者。著書に『画面の...

深川雅文

1958年生まれ。九州大学哲学科修士課程修了。キュレーター。デザイン論、写真論。主なデザイン展企画に「バウハウス 芸術教育の革命と実験」、「...

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