artscapeレビュー

プレビュー:写真展「EXIT」

2019年04月01日号

会期:2019/03/29~2019/04/19

BOOTLEG GALLERY[東京都]

2019年3月29日のEU離脱★1に向けて、いまイギリスが混乱している。この日から始まる本展は、写真家の金玖美がまさに「ブレグジット」をテーマに発表する写真展だ。混乱しているのは政治家や議員ばかりでなく、市井の人々も然り。本展はそんな市井の人々に焦点をあてた、私的なドキュメンタリーである。

金は幼少の頃、イギリスの伝承童話『マザーグースのうた』を繰り返し読み、そのなかに登場するイギリスの地名に惹かれ、いつか行ってみたいと思いを馳せて大人になったと言う。20歳のときに一人旅でイギリスを初めて訪れ、さらに写真家になった後、2004年にロンドン・カレッジ・オブ・コミュニケーションに留学し、その地に2年半滞在した。そんな金が2004年から15年間かけて、ロンドンを中心にイギリス各地で撮り溜めた写真が、本展では展示される。

おそらく『マザーグースのうた』が生まれた頃のイギリスと現在のイギリスとでは、国のあり方がずいぶん変わっているはずだ。金が最初に訪れたときのイギリスは、多民族、多文化が共存する、多様性のある国だった。彼女はそこに魅力を感じ、居心地の良さも感じたと言う。ちなみに金自身も在日コリアンとして生まれ、その出自に戸惑う経験もしたが、イギリスの寛容さに触れたことが自身のアイデンティティを確認する良い機会になったと言う。

写真に写されているのは、金がイギリス滞在中に引っ越しの内見で知り合った人やいっしょに暮らした人、学校の友人やそのまた友人、街で声をかけた人、そして街の何気ない風景などだ。金がかつて住んだ地域は、1990年代以降、賃料の安い空き倉庫を目当てにクリエイターが多く移り住んでいたイーストロンドンで、そこには移民も多く暮らしていた。2016年以降には、彼らにブレグジットについて話を聞きながら、撮影した。彼らはあくまでも仕事や家族、生活環境などの個人的な事情に基づいて、離脱か残留かの見解を述べた。これまで多様性を受け入れてきたイギリス社会だけに、彼らの自己主張は強く、ゆえに戸惑いも大きい。金はそんな彼らを優しく見つめるように、シャッターを切る。素のままの顔でカメラを真っ直ぐに見つめる人、カメラの存在すらないかのように部屋でくつろぐ人、抱き合うカップルなど。それらの写真はフィルムカメラで撮影され、金が調整して手焼きしたものであるため、昔のフィルム写真のように柔らかな質感をまとっている。そのためか、彼らの混乱や戸惑いよりも、その奥にある本性だけがすっと写し出されているようにも見える。この先、彼らの生活がどう変わりゆくのか……と想像を巡らせると、胸がやや詰まる。


金玖美《チェスと男》



金玖美《彼らは今、セント・アイブスに住んでいる》



金玖美《金さえあればどっちでもいい》


※2019/07/05〜2019/07/29、静岡県浜松市BOOKS AND PRINTSにて巡回展を予定。

※2019/04/11追記:会期の延長にともない、展示終了日を04/14から04/19に変更した。

★1──英議会の採決で、4月以降への離脱延期が決まりつつある(2019年3月29日現在)。

2019/03/26(火)(杉江あこ)

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