2018年11月01日号
次回11月15日更新予定

artscapeレビュー

書籍・Webサイトに関するレビュー/プレビュー

つなぐ日本のモノづくり 〜51 Stories of NEW TAKUMI〜

著者:LEXUS NEW TAKUMI PROJECT
編集・執筆:下川一哉、杉江あこ
発行:美術出版社
発行日:2018/10/31
定価:3,900円(税抜)
サイズ:21.4×21.2×2.2cm、240ページ

トヨタ自動車の「レクサス」は、2016年より、日本全国の若き匠たちを応援するプロジェクト「LEXUS NEW TAKUMI PROJECT」を主催している。ここで匠と称する対象は、伝統工芸や地場産業に携わる職人や伝統工芸士、工芸作家、デザイナーなどで、年齢は30代が中心。本書は2年目となる2017年の同プロジェクトを紹介した書籍で、実は大半を私が執筆した。というわけで、制作側の視点から本レビューを書かせていただく。

タイトルの冒頭の言葉「つなぐ」は、本書の重要なテーマだ。本プロジェクトの流れをざっと説明すると、まず全国47都道府県の匠約50人が選出される。匠が一堂に会すキックオフ・セッションで、全体のオリエンテーションや担当サポートメンバーによる1対1のコンサルティングが行なわれる。その後、匠の工房を担当サポートメンバーが訪問し、コンサルティングを行なうエリア・コンサルティングが実施される。プレ・プレゼンテーションを挟み、最後にプレゼンテーション・商談会が開催される。

これらが1年かけて行なわれるなか、匠は自身の技や表現力をベースにしながら、未来に向かっていかに飛躍するかが試される。主催者から匠一人ひとりに対し、モノづくりのための支援金が一律に支給されるほか、普段はあまり接する機会のない建築やファッション、デザインなどの分野で活躍するプロデューサーやジャーナリストらのサポートメンバーからアドバイスを受けるという機会が用意される。ただしどんなに手厚い支援があっても、受け身でいては飛躍が望めない。匠自らが積極的に動き、試作を繰り返し、生みの苦しみを乗り越えてこそ、未来は開く。その際に手がかりとなるのが、つなぐ行為だ。担当サポートメンバーとのつながり、匠同士のつながり、地元の知り合いや他業種の人とのつながり、そうした人と人とのつながりがモノづくりに大きなヒントをもたらす。

本書では、51人の匠一人ひとりの物語を紹介している。モノづくりに人とのつながりをうまく取り入れた匠もいれば、なかにはほぼ自力で挑んだ匠もいる。いずれも若き匠たちのチャレンジ物語として読んでもらえると嬉しい。と同時に全国47都道府県の伝統工芸や地場産業の現状を知る機会にもなるはずだ。また、田園や藍畑、陶石の採掘場といった日本の風景写真を挟み込み、一次産業と二次産業とのつながりについても少し触れている。このようにいろいろな角度から、つながることのポテンシャルを示した。つなぐ行為はクリエーションの一部なのだ。

発行元公式ページ:http://www.bijutsu.press/books/2018/10/-51stories-of-new-takumi.html
LEXUS NEW TAKUMI PROJECT:https://lexus.jp/brand/new-takumi/

2018/11/04(杉江あこ)

カタログ&ブックス│2018年10月

展覧会カタログ、アートにまつわる近刊書籍をアートスケープ編集部が紹介します。

※hontoサイトで販売中の書籍は、紹介文末尾の[hontoウェブサイト]からhontoへリンクされます

Architectural Workshop Ise 2018 DOCUMENT BOOK
建築学生ワークショップ伊勢2018 ドキュメントブック

制作・編集:特定非営利活動法人アートアンドアーキテクトフェスタ
発行:特定非営利活動法人アートアンドアーキテクトフェスタ
発行日:2018年9月20日
定価:1,852円(税抜)
サイズ:A4判、ソフトカバー、128ページ
アートディレクション:平沼佐知子(平沼孝啓建築研究所)
編集協力:樋口瑞希(平沼孝啓建築研究所)
撮影・写真:繁田諭(繁田諭写真事務所)

2018年開催の聖地は伊勢。全国から集った53名の大学生が、建築の実現化を図る。

マルセル・デュシャン アフタヌーン・インタヴューズ
──アート、アーティスト、そして人生について

著者:マルセル・デュシャン、カルヴィン・トムキンズ
翻訳:中野勉 発行:河出書房新社
発行日:2018年9月27日
定価:2,100円(税抜)
サイズ:四六版変型、184ページ

1964年にデュシャン宅で行われた伝説のインタビュー、その全貌が初めて公に。終始リラックスした雰囲気で交わされる3つの対話篇は、彼の生き方のまったき新しさを明らかにする。

世界でいちばん素敵な西洋美術の教室

監修:永井龍之介
発行:三才ブックス
発行日:2018年10月4日
定価:1,500円(税抜)
サイズ:A5版、ソフトカバー、159ページ

ダ・ヴィンチ、フェルメール、ゴッホ、ルノワール、モネ……。これまでヨーロッパでは何人もの巨匠が登場し、数多くの名画を生み出してきました。日本でも有名画家の展覧会が開かれれば、押すな押すなの大行列。“人類の遺産”が間近でみられるのですから、心が踊り、胸がときめくのも当然でしょう。でも、絵画を始めとする西洋美術は簡単に理解できるものばかりではありません。歴史や技法、画家の来歴などを知らないとせっかくの名画が単なる1枚の紙切れになってしまうかも……。本書はあなたの好みの名画がより美しく、楽しく鑑賞できるようになる1冊です。

「京都・醍醐寺展─真言密教の宇宙─」展 公式図録

発行:日本経済新聞社
編集:サントリー美術館、九州国立博物館、日本経済新聞社
発行日:2018年9月19日
定価:2,315円(税抜)
サイズ:A4判変型、ソフトカバー、300ページ

図版や作品解説、醍醐寺関連年表など、本展覧会の魅力がぎっしりと詰まった図録です。

関連記事

2018年10月01日号オススメ展覧会「京都・醍醐寺—真言密教の宇宙—」(サントリー美術館)

「バウハウスへの応答」展 図録

編集:池田祐子(国立西洋美術館主任研究員)、本橋仁(京都国立近代美術館特定研究員)、牧口千夏(京都国立近代美術館主任研究員)
発行:京都国立近代美術館
発行日:2018年8月
定価:非売品(展覧会場にて配布)
サイズ:タブロイド判、16ページ
デザイン:シルシ/上田英司

1919年、今からほぼ100年前に先進的な総合芸術学校バウハウスが、ドイツのヴァイマールに設立されました。設立に際し、初代校長ヴァルター・グロピウスは「バウハウス宣言(Bauhaus-Manifest)」を公にします。そこには、建築・絵画・彫刻の三つのジャンルを表す尖塔をもつゴシック様式の聖堂を描いた、ライオネル・ファイニンガーの木版画が添えられました。あらゆる造形活動を手仕事の訓練と習得を通して統合し、新たな時代・世界に相応しい建築さらには社会の創造を目指したバウハウスは、その教育理念と独創的なカリキュラムによって、ドイツ国内のみならず、ひろく世界に大きな影響を及ぼしました。本展は、そのバウハウスの今日的意義を再考する国際プロジェクト「bauhaus imaginista(創造のバウハウス)」の一環として開催されるものです。

関連記事

2018年10月01日号オススメ展覧会|「バウハウスへの応答」(京都国立近代美術館)
2018年09月15日号artscapeレビュー|杉江あこ:「バウハウスへの応答」展




※「honto」は書店と本の通販ストア、電子書籍ストアがひとつになって生まれたまったく新しい本のサービスです
https://honto.jp/

2018/10/15(artscape編集部)

artscapeレビュー /relation/e_00045867.json、/relation/e_00045369.json s 10149822

ジョージ・クブラー『時のかたち──事物の歴史をめぐって』

訳者:中谷礼仁、田中伸幸

翻訳協力:加藤哲弘

発行所:鹿島出版会

発行日:2018/08/20

待望の翻訳である。アメリカの美術史家ジョージ・クブラー(1912-1996)が1962年に刊行した本書は、小著ながら、20世紀に書かれた美術をめぐるもっとも重要な著作のひとつに数えられるだろう。本書の帯文における「革命的書物」(岡﨑乾二郎)という言葉はけっして誇張ではなく、刊行から半世紀を経た今日においても、本書のもつ輝きはまったく失われていない。

本書のテーマは、副題にもある「事物の歴史」である。もう少し限定するなら、「人間の手によって作られた事物の歴史」こそが本書の主題である、と言ってもよい。本書において、クブラーは「芸術」概念を「人間の手によってつくり出されたすべての事物」に広げてみることを提案する。すなわち「美しいものや詩的なものに加えて、すべての道具や文章までも」芸術に含めてみることを提案するのだ(14頁)。そのような前提から出発し、最終的にはあらゆる事物(人工物)の歴史を把握するための適切な方法を探し出すことが、本書では試みられる。

クブラーが仮想敵とするのは、芸術を「象徴的言語」(カッシーラー)とみなし、そこに含まれる意味を見いだすことに躍起になるイコノロジーや、各時代の「様式」を所与のものとみなす旧態依然とした美術史研究である。これに対し、彼が提案するのは、「意味」ではなくあくまでも「かたち」の観点から事物の歴史を精査していくというスタンスだ。ここには、『かたちの生命』(1934)の著者にして、ヨーロッパからの亡命中にイェール大学でクブラーを指導したアンリ・フォシヨン(1881-1943)の影響を見ることもできるし、彼自身が先コロンブス期のアメリカ美術を専門とする美術史家であったがゆえの洞察と見ることもできる。

シリーズとシークエンス、自己シグナルと付随シグナル、素形物と模倣物といった独自の概念によって、事物から事物への「かたち」の伝播を把握するための方法論を描き出していく本書の知見は、美術史研究にとどまらず、広く人工物を対象とする私たちの思考を今なお刺激してやまない(余談ながら、ジョン・バルデッサリやロバート・スミッソンなど、本書に影響を受けたアーティストもそれなりの数におよぶ)。しかし本書の何よりの魅力は、前述の概念群をもとに展開された思索を支える、簡潔かつ詩情に富んだ文体にある。「現在性とは、灯台からの閃光と閃光の合間にできる暗闇」である(44頁)といった記述などが、おそらくそのひとつの例になりうるだろう。適切な訳註を備えた本訳書にもまた、そのようなクブラーの筆遣いは十全に反映されている。

最後に、いささか長くなるが、ここまで述べてきた本書の問題意識の核心を伝えていると思われる一節を引用して締めくくりたい。ここでクブラーが「海」に喩えている事物の総体は、今では当時とはまた異なった姿をまとっているはずである。しかしその事実が、この警句の意義を減じることはいささかもない。問題は、私たちがそれを、どれほど真剣に受け止めることができるかという点にこそかかっている──「これまで生み出された時のかたちは、限られた数の類型から派生した無数の形態で占められた、海のようなものである。それらをつかまえるには、今使われているものとは違う編み目を持った網が必要なのである。様式概念はそのような網にはなりえない。[……]建築、彫刻、絵画や工芸についてのこれまでの歴史学では芸術的行為の些細な細部も、主要な細部も、いずれをも取り逃してしまう。単体の芸術作品を取り上げた研究論文は、積み上げられた壁の所定の位置に嵌め込むために整形された嵌め石のようだ。しかし、その壁自体は、目的も計画もなしに建造されているのである」(72-73頁)。

参考

アートワード「『時のかたち ものの歴史についての覚え書き』ジョージ・キューブラー」(沢山遼)

2018/10/08(月)(星野太)

瀧口修造研究会『橄欖』第4号

発行所:瀧口修造研究会

発行日:2018/07/01

2009年より不定期で刊行されている瀧口修造研究会の会報『橄欖』の第4号。奥付の発行部数には「限定400部」とあり、必ずしも広い読者の手に届きうる媒体とは言えないが、瀧口修造に関心を寄せる識者・研究者によって地道に発行が続けられている本誌が、瀧口や日本のシュルレアリスムに関連する資料・論考を収めたものとして貴重な媒体であることは間違いない。

本号にも──内容の濃淡こそあるものの──瀧口修造や日本のシュルレアリスムをめぐる興味ぶかいエセーが並ぶ。個人的に目を引かれたのが、詩人・小説家の堀辰雄との交流に焦点を合わせた「抒情と超現実──堀辰雄と瀧口修造の場合」(岩崎美弥子)や、瀧口およびモダニズム詩人における俳句の問題を仔細に論じた「瀧口修造と俳句という詩型──未完の可能性をめぐって」(高橋修宏)といった、瀧口と同時代の詩・文学との接点を探る論考である。また、このほど日本のシュルレアリスムを特集したフランスの研究誌『メリュジーヌ(Mélusine)』の内容紹介「シュルレアリスム研究誌『メリュジーヌ』の日本特集について」(永井敦子)や、同特集に寄せられた「瀧口修造──生涯と作品」(土渕信彦)の元原稿などは、日本のシュルレアリスム研究史から見ても重要なものであろう。

2018/10/08(月)(星野太)

高橋睦郎『つい昨日のこと』

発行所:思潮社

発行日:2018/06/25

この詩人のよき読者にとっては周知の事柄に属するが、高橋睦郎にとって「ギリシア」というトポスはこのうえなく重要なものだ。その片鱗をうかがい知るためには、さしあたり『聖という場』(小沢書店、1978)や『詩人が読む古典ギリシア』(みすず書房、2017)といった散文・評論を紐解いてみるとよい。しかし、いささか意外なことにも、その一冊がまるごとギリシアに捧げられた詩集は、じつのところ本書がはじめてである。

本書には、「つい昨日のこと」と題された151の書き下ろしの詩篇に加えて、過去に詩誌に発表された「殺したのは」「異神来たる」「家族ゲーム」の3篇が収録されている(それぞれ哲学者ソクラテス、オリュンポスの神族、そして暴君ネロが主題)。詩人本人とおぼしき人物の回想はもとより、古代ギリシアの神々や、かつてギリシア・ローマに実在したさまざまな人物の口を借りて、2500年以上もの歴史をもつ「ギリシア」のさまざまな顔が、150あまりの詩を通じてにわかに浮かび上がる。しかし急ぎ付け加えておかねばならないが、本書は必ずしも実在の「ギリシア」を舞台とした作品なのではない。強いて言えばそれは、時代も、場処も、性や人称さえも渾然一体となった、「ギリシア」なるトポスをめぐる一大叙事詩とでも言えようか。

本書は、現在80歳になるこの詩人の膨大な詩業の「総決算」(180頁)でもある。表題は、呉茂一訳『ギリシア抒情詩選』を通じて古代ギリシアと出会った13歳の頃、あるいはその後はじめて同地を訪れた31歳の頃の記憶が、「つい昨日のこと」としか思えないという実感に由来するものであるという。ただし、本書のあとがき(「私とギリシア あとがきに代えて」)で明かされているように、この書名にはまた、「ソクラテスがこの辺りを歩いていたのはつい昨日のことだ」というケネス・ドーバーの含蓄ある言葉が反響している(『わたしたちのギリシア人』久保正彰訳、青土社、1982)。果たして、本書ではまさに、古代ギリシアの神話・哲学・文学のさまざまなエピソードが、まるで「つい昨日のこと」であるかのような生々しい光景として出来しているではないか。それを可能にしているのは、東西のあらゆる文学に通じた、この詩人の類稀な「語り/騙り」の力だ。冒頭、「一九六九年初夏」から「前三九九年四月二十七日」へ、すなわち20世紀から前4世紀への2500年の距離を悠々と飛び越える、このようなスケールの詩を現代日本語で読みうるという事実には、ただただ驚嘆するほかない。

そんな圧巻の詩集からひとつ。異神イエス・キリストに取って代わられんとするオリュンポスの神々の口を借りた「異神来たる オリュンポス神族が言う」より、次の5行を引いておきたい──「や これは何だ この両の蹠(あしのうら)の踏み応えのなさは?/脛にも 腿にも 両の腕(かいな)にも まるで力が入(はい)らない/それに 鼻から 口から 吸い込む息の この稀薄さは?/目を凝らせば 周りの男神(おがみ)が 女神(めがみ)が ぼやけていく/ということは 見ているこの身も 薄れていくのだな」(164頁)。

2018/10/08(月)(星野太)

文字の大きさ