2017年10月15日号
次回11月1日更新予定

artscapeレビュー

高嶋慈のレビュー/プレビュー

プレビュー:KOBE - Asia Contemporary Dance Festival #4 家族の系譜

twitterでつぶやく

会期:2017/11/03~2017/11/25

ArtTheater dB KOBE、旧K邸、駒ヶ林会館、ふたば学舎 講堂[兵庫県]

第4回目を迎える舞台芸術祭「KOBE-Asia Contemporary Dance Festival」(通称「アジコン」)。「家族の系譜」をテーマに、日本、インドネシア、ヴェトナムのアーティスト計13組が参加する。主催のNPO法人DANCE BOXの拠点である神戸の新長田は、在日コリアンやヴェトナム移民などの住民が多く、下町の雰囲気と「マルチ・エスニック・タウン」の性格が混在する町。人の移動の背景にある、文化的ルーツとその変容、家族の系譜、歌や踊りのなかに身体化された記憶といったトピックスに焦点を当てたプログラム構成となっている。
インドネシア・パプア地方出身のジェコ・シオンポは、動物から着想を得た動きとヒップホップを混ぜ合わせた「アニマル・ポップ」というスタイルで知られる。滞在制作で結成した「アニマル・ポップ・ファミリー・コウベ」が劇場から町中へと繰り出し、祝祭的な空間を出現させる。アジア諸国の舞台芸術関係者が集う集合体「アジア女性舞台芸術会議実行委員会」からは、祖母の洗骨の儀式を記録したヴェトナム在住のグェン・チン・ティの映像作品と、矢内原美邦が在日ヴェトナム人の女性たちの声を拾い集めて描いた戯曲が上演される。また、新長田で暮らす多様な人々による民謡や踊りの現場へ赴き、身体が記憶している所作や風習のありようを探るプロジェクト「新長田ダンス事情」では、演出家の筒井潤が新作を発表する。
「家族」および既成の概念への問い直しという面では、ダムタイプ『S/N』のヴィデオ・ドキュメンタリー上映、結成20周年を迎える男女のデュエット、セレノグラフィカが古民家で静かに紡ぐ男女の時間、ダンサーで振付家の余越保子による映像展示とパフォーマンスがある。余越は、4名のアーティストが瀬戸内海の島でともに暮らしながら撮影した映画と、その映画をテクスト化したライブパフォーマンスを発表。また、黒沢美香と両親の記念碑的ダンス公演『まだ踊る』の舞台裏を追ったドキュメンタリーを展示し、戦後の現代舞踊界を牽引し続けたダンスファミリーの軌跡を提示する。
芸術祭の期間中は、子どもたちを恐怖に陥れた目黑大路の「妖怪ショー」がアジアの妖怪を新たに加えて上演。また、近年、ダンスの継承の現場における「師匠とダンサーとのやり取り」を時にユーモラスにメタ化して提示している山下残は、アルゼンチン、イスラエル、オーストラリア、トーゴ、日本からなる国内ダンス留学@神戸 六期生が出演する新作を発表する。
会場は、ブラックボックスの劇場空間であるArtTheater dB KOBEに加え、古民家や商店街の中でも行なわれる。約1カ月の開催期間を通して、身体表現を介して新長田という場所の多層性に触れる機会ともなるだろう。

公式サイト:https://kacdf2017.wixsite.com/2017

2017/09/30(土)(高嶋慈)

プレビュー:黒沢美香追悼企画 美香さんありがとう

twitterでつぶやく

会期:2017/11/12~2017/12/30

横浜市大倉山記念館 ホール、d-倉庫、アップリンク渋谷[神奈川県、東京都]

昨年12月1日に逝去した黒沢美香の一周忌を記念した追悼企画。「日本のコンテンポラリーダンス界のゴッドマザー」とも称され、80年代から日本のダンスを牽引してきたその特異な足跡を、作品上演と記録映像の上映会によって振り返る。11月には、「ルール」の縛りと即興性の高さの双極の狭間で展開される2作品『一人に一曲』と『lonely woman』が横浜市大倉山記念館 ホールにて上演される(『一人に一曲』では、無記名のカセットテープをくじ引きで選び、出てきた曲を一人ずつ踊りきるというルールが課せられる。『lonely woman』は、「ダンサーは立ったその場を動いてはならない」というルールの下、横一列に並んだ3人のダンサーが30分間即興で踊る作品)。12月には、80年代から作りためた小品集「ダンス☆ショー」がd-倉庫で上演され、アップリンク渋谷では選りすぐりの記録映像が一挙上映される。なお、この企画は、黒沢が1985年に立ち上げた「黒沢美香&ダンサーズ」の最後の活動となることが予定されており、貴重な上演機会となるだろう。

公式サイト:http://mdancers2017.wp.xdomain.jp

関連レビュー

NEWCOMER SHOWCASE #4 黒沢美香振付作品『lonely woman』|高嶋慈:artscape レビュー

2017/09/30(土)(高嶋慈)

プレビュー:「ダンスアーカイヴプロジェクト作品 4都市巡回公演」(神戸公演)

twitterでつぶやく

会期:2017/11/18~2017/11/18

神戸アートビレッジセンター[兵庫県]

「ダンスアーカイヴプロジェクト」は、日本現代舞踊のアーカイヴ資料の収集整理に加え、次代への継承とさらなる創作の土台の構築も含めたダンスアーカイヴの可能性を探求するプロジェクトである。アーカイヴ資料を駆使してダンス作品の創作や展示を行ない、その今日的価値を提示している。
本公演は、札幌、神戸、埼玉、高知の4都市を巡回するうちの神戸公演。A・Bプログラム計3作品が上演される。Aプログラムの川口隆夫『大野一雄について』は、大野の踊る姿を実際には見たことがないという川口が、大野の代表的な3作品『ラ・アルヘンチーナ頌』『わたしのお母さん』『死海』の映像記録を緻密に分析し、振付を厳密に模倣して再現する作品。2013年の初演後、国内外で再演を繰り返してきた。筆者は2015年の京都公演を実見したが、伝説化したダンスを「いま・ここ」に鮮やかに受肉化しつつ、メタ的な仕掛けを駆使して「大野一雄」の脱神話化を図り、大野一雄という固有の強烈な肉体を離れても、その「振付」の強度の持続は可能かという問いを提示するものだった(詳細は下記の関連レビューをご覧いただきたい)。
Bプログラムでは、岡登志子『手術室より』と大野慶人『花と鳥』が上演される。前者で参照される『手術室』は、日本モダンダンスのパイオニア、江口隆哉と宮操子の初期の代表作。マリー・ヴィグマンに師事していた江口と宮が1933年にドイツで初演し、翌年の帰国公演で当時27歳の大野一雄を感動させた。しかし、この作品について残されているのは、一枚の舞台写真と江口の語った言葉のみ。「再演」がおそらく不可能なこの作品を、江口と宮がヴィグマンから学んだ本質が何だったかを探り、日本人による最初期のモダンダンスを演繹的に再構成する。また、大野慶人『花と鳥』は、コラージュ的な構成の中に、大野慶人の舞踏家としての個人史と大文字の「舞踏」の歴史が交錯するような作品。大野一雄『死海』初演(1985)にあたり土方巽が大野慶人に振り付けた作品、細江英公が監督し、土方と大野慶人が出演した短編映画『へそと原爆』(1960)の上映、大野一雄の『ラ・アルヘンチーナ頌』冒頭のシーンを当時の衣装と音楽を用いた再現、そして大野慶人自身の振付作品で構成される。
プログラム全体を通して、「大野一雄」を一つの軸に、舞台芸術における継承のあり方やアーカイヴの活用の可能性について考える機会となるだろう。

関連レビュー

川口隆夫ソロダンスパフォーマンス『大野一雄について』|高嶋慈:artscape レビュー

2017/09/30(土)(高嶋慈)

ART CAMP TANGO 2017 音のある芸術祭

twitterでつぶやく

会期:2017/09/09~2017/09/24

旧郷小学校 ほか[京都府]

京都府北部の日本海に面する京丹後市を舞台に、「音」にまつわる表現に焦点を当てた芸術祭。「音」を主軸に、現代美術、音楽、サウンド・アート、ダンスなどの領域を横断して活躍するアーティスト計12名が参加した。2014年に続き2回目となる今回は、ローカル鉄道を舞台としたオープニング・パフォーマンス、廃校舎での展覧会、音を手掛かりに古い町並みを歩くサウンド・ワークショップなど、サイトスペシフィックで多彩なプログラムが展開された。
私が実見したのは、廃校舎を会場とした展覧会「listening, seeing, being there」とクロージング・パフォーマンス「午後5時53分まで」。前者の展覧会では、「音」を聴く体験や周囲の環境を取り込んで成立する作品など、感覚を研ぎ澄ませて味わう繊細な作品が多い。とりわけ、木藤純子の《Sound of Silence “Mの風景”》が秀逸。灯台の内部のようにぐるりと階段が続く部屋に案内され、真っ白い段の途中に一人立つと、部屋の灯りが消される。暗闇に目が慣れてくると、足元の階段が一段、また一段と、闇のなかにぼうっと仄かな光を放ち始める。おそらく蓄光塗料で描かれているのだろう、絡み合う草花のような繊細なイメージが闇に浮かぶ。上昇する階段に促されて視線を上げると、高みの壁にかけられていた白いキャンバスは薄いブルーの光を放ち、屋外からはピチピチという鳥の囀りが聴こえてくる。先ほどまでただの白い壁だった空間が一気に開け、物質性を失い、無限の空あるいは海の透明な青い光へと通じている。肉体が滅び、意識だけになった存在が彼岸へ続く階段を昇ろうとしている……そんな錯覚さえ起こさせるほどの、宗教的で濃密な体験だった。


「古代の丘のあそび 91’ 93’ 96’ 資料展示」会場風景

また、なぜ京丹後の地で「音」の芸術祭なのかという疑問に答えるのが、アーカイブ・プロジェクトの一つ、「古代の丘のあそび 91’ 93’ 96’ 資料展示」。90年代に3回開催された芸術祭「古代の丘のあそび」では、国内外のアーティストが丹後に集い、地域の人々の協力を得て交流した様子が、記録映像や各種資料によって提示された。丹後は、日本のサウンド・アーティストの草分けである鈴木昭男が、日本標準時子午線 東経135度のポイントで耳を澄ますサウンド・プロジェクト「日向ぼっこの空間」を1988年に行なった場所であり、以後、30年に渡る鈴木の活動拠点となってきた。クロージング・パフォーマンス「午後5時53分まで」では、豪商の元邸宅でのダンスパフォーマンスに始まり、海に面したロケーションで、鈴木がガラスチューブで自作した楽器を即興演奏した。刻々と暮れてゆく空の表情と相まって、忘れられない時間となった。


クロージング・パフォーマンス「午後5時53分まで」

公式サイト:http://www.artcamptango.jp/

2017/09/24(日)(高嶋慈)

身体0ベース運用法「0 GYM」

twitterでつぶやく

会期:2017/09/02~2017/10/15

京都市立芸術大学ギャラリー@KCUA[京都府]

「身体0ベース運用法」とは、染色作家の安藤隆一郎によって考案された、ものづくりの観点から出発した身体運用法の名称。安藤の染色作品は、細い線描で描かれた有機的で流体的な形態が、柔らかい色彩のグラデーションで染められた繊細な印象を与えるもので、身体トレーニングとの関連性は最初は意外だった。だが、例えば染色のハケを往復させる腕の動きを素振りのように繰り返し、滑らかに動かせるように練習するなど、身体と一体化した技術への関心が以前からあったという。また、安藤は、スポーツに加え、ブラジリアン柔術や合気道を習っており、鍛えられたダンサーのような体格だ。
本展で提示された「身体0ベース運用法」の基本トレーニングは、「物編」「場所編」「リズム編」の3つに分かれる。いずれも、歩く、座る、走るといった誰もが日常的に行なっている身体運動に、「物の運搬」「地面の凹凸」「リズムの意識」といった契機や負荷を与えることで、バランスの不安定さや重心の移動、皮膚感覚の活性化が生まれ、機械が何でも代行してくれる日常生活の中で希薄化した身体への意識を回復させることを狙いとしている。例えば「物編」では、背負子をしょって歩く、長い木の棒を片手に持って走る。「場所編」では、地面を裸足で歩き、複雑な凹凸や柔軟の違いといった情報を足裏の皮膚感覚で掴む。「リズム編」では、田植え歌や機械労働以前の労働歌のように、反復的な作業を効率良く行なうための気持ちの良い「リズム」を探し、リズムの違いによる身体運動の変化を観察する。こうした実践は、安藤自身がさまざまな場所で行なった記録映像とともに、背負子や木の棒の実物、模擬的なトレーニングフィールドも仮設され、観客が実際に体験することもできる。また、展示室の一室はスタジオとして使用され、「パーソナルトレーニング」に参加した美術作家たちが、トレーニングを行ないながら作品の公開制作を行なっている。
身体意識の活性化を通した「身体づくり」を基盤とする安藤のこうした実践は、既存の美術教育現場への優れた批評でもある。特に美術大学の教育では、「コンセプト」の洗練や「素材」「技法」の習得が重視される一方で、素材を実際に扱う身体の運用や意識の仕方については等閑視されがちだからだ。さらに、「身体0ベース運用法」の思想と実践は、あらゆる人間の活動のベースとなる「身体」を基盤に置く点で、美術に限らず、医療や介護、ダンス、運動科学などさまざまな分野と通底する可能性を持っている。

身体0ベース運用法「0 GYM」 Shintai 0 Base Uny h : 0 Gym from Gallery @KCUA on Vimeo.

2017/09/23(土)(高嶋慈)

artscapeレビュー /relation/e_00041324.json s 10139863

▲ページの先頭へ

高嶋慈

美術批評。 京都市立芸術大学芸術資源研究センター研究員 。『明倫art』(2011~13年)、批評誌『ART CRITIQUE』、小劇場レビ...

文字の大きさ