毎月1日、15日号発行の美術館・アート情報をお伝えするWebマガジン(次回6月1日更新予定)

artscapeレビュー

村田真のレビュー/プレビュー

大岩オスカール「世界は光に満ちている」

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会期:2016/04/28~2016/05/22

アートフロントギャラリー[東京都]

相変わらずだなあ。都市や環境への批判的まなざしを、だまし絵みたいな細工を施してユーモラスに描き出す。この基本姿勢はいまも、20年以上前に東京で発表し始めたころとほとんど変わってない。大してうまくもなってないが、ヘタにもなってない。変わりばえしないともいえるが、一貫した強い意志を保ち続けていることに驚く。わずかに変わったとすれば、筆跡が強調されて意味だけでなく絵画性が強められたことだろうか。本人も相変わらずだ。顔も体型も見た目には20年間ほとんど変わっていない。

2016/04/28(木)(村田真)

世界遺産 ポンペイの壁画展

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会期:2016/04/29~2016/07/03

森アーツセンターギャラリー[東京都]

そもそも「壁画展」などグラフィティの展覧会と同じで矛盾のかたまりだが、それでも「ポンペイの壁画展」は数年にいちどの頻度で開かれている。ならば「ラスコーの洞窟壁画展」も企画してほしいと思っていたら、今秋科学博物館で開かれるそうだ。といっても原寸大レプリカや3D映像がメインらしいが。話を戻すと、日本に来ているポンペイの壁画もひょっとしたらレプリカだったりして。いや疑ってるのではなく、それほど色がきれいなのだ。昔見たポンペイの壁画はもっとひび割れだらけで、色彩もくすんでいたように感じるのは気のせいか。特に「エジプト青の壁面装飾」と呼ばれるフレスコ画の青(水色)と赤の対比はこの上なく美しいし、また、土色だけで群像を表現した《赤ん坊のテレフォスを発見するヘラクレス》の描写力は見事というほかない。でも今回興味深かったのは、かすかに字が読み取れる「グラッフィーティのある壁画」と、描きかけの顔料がそのまま固まってしまった「顔料入りの小皿」。どちらも完成された壁画より現場感が漂っている。

2016/04/28(木)(村田真)

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生誕150年記念 中村不折の魅力

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会期:2016/04/30~2016/07/24

中村屋サロン美術館[東京都]

生誕150年というから黒田清輝と同い年。パリに留学し、ラファエル・コランに師事したというのも黒田と同じ。なのに黒田と大きな差がついたのは、不折の留学が黒田より20年近く遅かったこと、もうそのころには帰国した黒田の尽力により曲がりなりにも近代絵画が根づき始めていたこと、新派と呼ばれた黒田に対して不折は旧派の画家に学んだこと、「書は美術ならず」といわれた時代に書も手がけたこと、要するに時代に乗り遅れたってことだ。でもその屈折した心情が絵に奥行きを与える場合もあるからおもしろい。同展は油絵15点ほどに人体デッサン、水彩、水墨画、本の表紙絵、中村屋の看板まで約50点の中規模な展示。

2016/04/28(木)(村田真)

ルノワール展

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会期:2016/04/27~2016/08/22

国立新美術館[東京都]

名古屋では「ルノワールの時代」展をやってるが、あちらはボストン美術館所蔵、こちらはオルセー美術館とオランジュリー美術館所蔵だ。どうせなら合体してほしいところだが、そうはいかない大人の事情があるらしい。まあんまり興味ないんでどっちでもいいけど。そうなのだ。ぼくはどうしてもルノワールを好きになれないのだ。ならなんで見に行ったのかというと、なぜぼくはルノワールが好きじゃないかを知りたかったからだ。で、なにがわかったかというと、結局ルノワールは光とか時間といった抽象的な思考より、ただ人を描くことが好きだったんだということだ。ある意味、画家としては珍しく幸せな人生を送ったんじゃないかな。だから見る者としては物足りない。やっぱり他人の苦労や不幸の結晶を見たいわけですよ観客は。展示構成は、目玉の《ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会》と、《田舎のダンス》《都会のダンス》の連作を向い合わせに配し、その間のスペースを広くとって予想できる混雑にあらかじめ対応しようとしているのがイヤな感じだった。

2016/04/26(火)(村田真)

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TWS-Emerging 2016

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会期:2016/04/09~2016/05/08

トーキョーワンダーサイト渋谷[東京都]

今年度第1期は田中秀介、大杉好弘、田中里奈の3人の展示。3人とも共通するものがあり、またレベルも拮抗していて見ごたえがあった。田中秀介のモチーフは家や風景や日用品といった身近なものだが、その日常性をくつがえすような視野や荒い筆触によって、もうひとつの現実を垣間見せてくれる。カセットテープをそのまま小さなパネルに描いた《夕刻巻》など、オッと思わせる。大杉は机上の文具、本、コップ、フィギュアなどを薄めた絵具でサラリと描いているが、レイヤーをかけたようなちょっと現実離れした空気感が漂う。別の部屋には絵のモチーフとなった自作の陶製の置物が展示されている。田中里奈は京都嵐山にあるお寺の庭を換骨奪胎して再構成したもの。木の幹や草などは筆で勢いよく描かれ、絵具のかすれも生かしている。色彩は日本的ともいえるシブイ中間色で、薄塗りと厚塗りの強弱をつけたり絵具に砂を混ぜたり、いろいろ試みている。田中秀介が哲学的、大杉が現象学的だとしたら、田中里奈がもっとも美学的といえるかもしれない。アプローチは異なるけれど、いずれも筆触を生かして「絵画らしさ」を強調しているのが興味深い。

2016/04/23(土)(村田真)

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村田真

1954年生まれ。『ぴあ』編集部を経て、美術ジャーナリスト/BankARTスクール校長。著書=『美術家になるには』ほか。共著=『橋を歩いてい...

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2016年05月15日号