毎月1日、15日号発行の美術館・アート情報をお伝えするWebマガジン(次回5月15日更新予定)

artscapeレビュー

写真に関するレビュー/プレビュー

プレビュー:井上嘉和のダンボールお面 写真展

twitterでつぶやく

会期:2017/05/02~2017/05/14

ギャラリー・ソラリス[大阪府]

劇団維新派のオフィシャルカメラマンであり、国内外のミュージシャン、アーティストの撮影でも知られる写真家、井上嘉和。彼は2010年の節分にダンボールで鬼の仮面をつくったが、子供が思いのほかビビったことに味をしめ、その後も毎年ダンボールで仮面をつくるようになった。そして自作したお面の数々をSNSにアップしたところ、テレビや新聞からの取材や、ワークショップの依頼が舞い込むように。本展では、彼がつくったお面と、ワークショップの参加者がつくったお面の写真を展覧。会場内にお面を被れるコーナーを設けるほか、5月5日のこどもの日にはダンボール兜のワークショップも開催する。写真ファンはもちろん、写真を用いた親子コミュニケーションに興味がある人も注目してほしい。

2017/04/10(月)(小吹隆文)

フォトジャーナリスト 長倉洋海の眼 地を這い、未来へ駆ける

twitterでつぶやく

会期:2017/03/25~2017/05/14

東京都写真美術館地下1階展示室[東京都]

展覧会のメイン会場の手前のスペースに、1981年、長倉洋海が勤めていた通信社に辞表を出してから1年あまりのあいだに、フリーのフォトジャーナリストとして撮影した写真が展示してあった。「世界を揺るがすような一枚」を求めて、ローデシア(現・ジンバブエ)、ソマリア、パレスチナ、カンボジアなどを駆け回って撮影した写真群だが、結果的には思ったようには撮れなかった。通信社や新聞社の後ろ盾なしで紛争地を取材することへの限界を感じた彼は、根本的にやり方を変えることにする。そうやって、1982年に現地に5カ月間滞在して撮影したのが、今回の展示の最初のパートに置かれた「エルサルバドル」のシリーズである。
内戦下の人々の生と死を直視したこのシリーズが、長倉にもたらしたものはとても大きかったのではないだろうか、「じっくり腰を落ち着けて」ひとつの場所に留まり、「自分のための写真」ではなく「人々の思いが感じられる写真」を目指すようになる。また、たまたま市場で出会った難民の少女、へスースの写真をきっかけにして、一人の人物を長期間にわたって撮り続ける方法論も見出すことができた。それまでにないスタイルで写真を世に問うていく「フォトジャーナリスト」、長倉洋海の誕生は、やはりこのシリーズがきっかけであったことを、あらためて確認することができた。
それ以後の長倉の写真家としての揺るぎのない軌跡は、本展に展示された約170点(スライド上映も含めると300点以上)の作品が物語っている。このところ、その活動にはさらに加速がついてきたようで、展覧会の開催にあわせて、同名のカタログとともに、未來社から全5巻の写真集シリーズ『長倉洋海写真集 Hiromi Nagakura』も刊行された。昨今の不透明な時代状況のなかで、「フォトジャーナリスト」の志を保ち続けるのには、想像以上の困難がつきまとうのではないだろうか。だが、一貫してポジティブな眼差しで撮影された彼の写真群を見ていると、少しは「希望」や「未来」を信じたくなってくる。

2017/03/31(金)(飯沢耕太郎)

artscapeレビュー /relation/e_00039256.json s 10134192

ガエ・アウレンティ《カタルーニャ美術館》

twitterでつぶやく

[スペイン]

ガエ・アウレンティが改修を手がけた《カタルーニャ美術館》へ。教会から剥がした壁画を空間インスタレーションのように展示するロマネスクのコレクションはすごい。巨大な古典主義建築の内部にロマネスクとゴシックを挿入するプログラムゆえに、様式の矛盾を調停する入れ子建築的なリノベーションが興味深い。カタルーニャ美術館では企画展「INSURRECCIONS」を開催し、物理的なレベルから社会・政治レベルまで、蜂起、反乱などに関するアートを紹介する。

2017/03/29(水)(五十嵐太郎)

菅野ぱんだ「Planet Fukushima」

twitterでつぶやく

会期:2017/03/28~2017/04/10

新宿ニコンサロン[東京都]

菅野ぱんだの出身地である福島県伊達市は、東日本大震災で大事故が発生した福島第一原子力発電所から北西に約50キロ、宮城県との県境に位置している。強制避難の対象地域からは外れたものの、市内には放射能のホット・スポットが点在し、自主避難をした住民もいた。今回の展示は、彼女が震災直後から撮り続けた、同地域の写真群をまとめたものだ。
人物あり、建物あり、出来事ありの、やや雑多にさえ思える写真を撮り続けるうちに、菅野は視界が3つの領域に分断されているように感じてきたのだという。「遠景(風景)」と「近景(人間)」とのあいだに、「中景(放射能という異物)」が挟み込まれているのだ。そして同時に、過去─現在─未来という滑らかな時間の流れも、震災という大きな裂け目によって分断されることになる。そのような認識を表現するために、彼女はフレームの中に大小さまざまな複数の写真をおさめ、それらのフレームをさらに縦横に連ねていく展示方法をとることにした。それは、観客の固定した視点を攪乱するとともに、彼女が体験した時空間のズレや違和感を共有させるために、とてもうまく働いていた。
展示された写真のなかで特に強く印象に残るのは、何度も登場してくる放射能の線量計のクローズアップと、汚染土の処理施設の異様な景観を、上空から俯瞰して捉えたカットである。福島の出来事を特定の地域だけの問題として押し込めるのではなく、ミクロからマクロまで伸び縮みする視点を設定し、まさに宇宙規模の「Planet Fukushima」のそれとして捉え直そうとする意欲的な取り組みといえる。またひとつ、「震災後の写真」の優れた成果が、しっかりと形をとってきた。写真集としてもぜひまとめきってほしい。なお、本展は4月27日~5月3日に大阪ニコンサロンに巡回する。

2017/03/28(火)(飯沢耕太郎)

The Legacy of EXPO'70 建築の記憶─大阪万博の建築

twitterでつぶやく

会期:2017/03/25~2017/07/04

EXPO'70パビリオン[大阪府]

1970年に行なわれた大阪万博(日本万国博覧会)の建築に焦点を合わせた企画展。会場には、アメリカ館、英国館、せんい館、富士グループ・パビリオン、日立グループ館、三菱未来館などの建築模型や図面、記録写真、映像などが並び、EXPOタワーの模型や解体過程の記録写真も展示された。当時の人々は大阪万博を見物して、21世紀にはこんな街並みが広がっているのだろうと思い込んでいた(筆者もその一人)。しかし47年の時を経た今、パビリオン建築はむしろレトロフューチャーな趣。われわれはすでに「未来」を追い越してしまったのかもしれないと、ちょっぴり感傷的な思いに浸ってしまった。それはさておき、大阪万博は建築の一大実験場であり、パビリオンには、エアドームや吊り構造、黒川紀章らが提唱したメタボリズムなど、当時の最新技術や思想がたっぷりと注ぎ込まれていた。つまりパビリオン建築は、建築が手作りの1点ものから量産の工業製品へと移り変わる時代のシンボルであり、宣言でもあったのだ。本展の意義は、こうした事実を評論や論文ではなく、当時の資料を基にした展覧会で示した点にある。

2017/03/24(金)(小吹隆文)

artscapeレビュー /relation/e_00039276.json s 10134213

▲ページの先頭へ

  • RSS配信
  • RSS配信

2017年04月15日号(5月1日合併号)