2024年03月01日号
次回3月18日更新予定

artscapeレビュー

写真に関するレビュー/プレビュー

鈴木のぞみ 「Words of Light」

会期:2024/01/17~2024/02/07

第一生命ギャラリー[東京都]

しばしば絵画や写真のメタファーに用いられる窓や鏡、あるいは人間の目の延長ともいえる眼鏡や望遠鏡などのガラス面に、それらの視覚装置を通して人々が見てきたであろうイメージを写し取る。鈴木のぞみは写真の原風景を求め、その原点に立ち戻ることで写真の可能性を広げてきた。そんな彼女が今回発表するのはピンホール写真だ。

といっても彼女は、わざわざ四角い箱を作って針穴を開けてピンホールカメラをつくる、といった工作はしない。身の回りからすでにある穴と空間を探し出し、ピンホールカメラに見立てて撮影するのだ。その最初期に試した道具が「鍋」。なぜ鍋がピンホールカメラになるかというと、蓋に小さな蒸気穴が開いているからだ。まず鍋底に写真乳剤を塗り、蓋を閉じて隙間を塞ぎ、しばらく置いて定着したらハイできあがり。いや料理じゃなくて、鍋底には下から見上げた台所の様子が明暗を反転させて写っているというわけ。



鈴木のぞみ《光を束ねる:鍋》[筆者撮影]

これに味を占めて、近所を歩くときも小さな穴を探すようになったという。たとえば排水溝の穴、ドアの鍵穴、段ボール箱の穴、木の柵の節穴、看板に空いた穴など、小さな穴の空いたものならなんでもその場でピンホールカメラに仕立て、撮影したという。ただしこれらは持ち運びできないので、鍋以外はプリント(またはライトボックス)のみの展示となった。穴といっても針穴くらい小さければ像は結ぶが、鍵穴や節穴になるとぼやけてなにが写っているか判明できない。それはそれで抽象風景として惹かれるものがある。おそらくカエルやモグラの目に映る世界はこんな感じではないだろうか。それにしても、穴を求めて街を徘徊するというのもなんだかね。


鈴木のぞみ 「Words of Light」:https://artsticker.app/events/23267/

関連レビュー

Unknown Image Series no.8 #2 鈴木のぞみ「Light of Other Days―土星の環」|村田真:artscapeレビュー(2020年10月01日号)
無垢と経験の写真 日本の新進作家 vol. 14 |村田真:artscapeレビュー(2018年02月01日号)

2024/02/07(水)(村田真)

石原友明「サッケード残像」

会期:2024/02/01~2024/02/29

MEM[東京都]

石原友明はこのところ、自らの身体が現実世界と接触するときに生じるブレや軋轢をテーマにした作品を発表し続けてきた。今回のMEMでの個展では、眼球の無意識の運動(サッケード)を取り上げて作品化している。

「不安定な眼」と題する作品では、スラックラインという、その上でポーズをとったり、渡ったりしてバランス感覚を楽しむ遊びに使用する幅広のベルト上に、3台のスライド・プロジェクターが設置されている。自動的にループするように設定されたプロジェクターには、石原自身の眼球のクローズアップ、ベルトを渡っている彼自身を、角度を変えて撮影した2本の動画がセットされ、その画像を壁面に投影していた。画像が切り替わるたびに、その振動がベルトに伝わって、壁の画面は常に上下に揺れ動いている。それを見続けていると、船酔いをしそうにも感じてしまう。

「眼投げ。」と題するもうひとつの作品では、360度撮影できる球形のカメラを空に放り投げ、それをふたたび受けとめるまでを、スローモーションの動画で撮影していた。こちらも、不安定に揺れ動く画像が、なんともいえない居心地の悪さを醸し出していた。

さまざまなバイアスを加えることで、それまで気づかなかった、自らの身体の物質としての異様さ、不気味さが、驚きをともなって浮かび上がってくる。石原の文字通り体を張った果敢なパフォーマンスによって、映像表現による新たな人間像がかたちをとり始めているようにも思える。


石原友明「サッケード残像」:https://mem-inc.jp/2024/02/01/ishihara2024/

2024/02/07(水)(飯沢耕太郎)

時津剛「BEHIND THE BLUE」

会期:2024/01/23~2024/02/05

ニコンサロン[東京都]

1976年、長崎市生まれの時津剛は、1994年に大学進学のために上京し、以来、東京とその周辺に住んでその変化を見続けてきた。1996~98年には、新宿駅西口の地下道にあった、ホームレスの住人たちの「ダンボール村」を撮影していたのだという。2015年から撮影を開始したという今回の「BEHIND THE BLUE」は、いわばその続編というべきシリーズで、多摩川沿いの河川敷にブルーシートで覆った仮設の「小屋」を建てて住みついている人たちと、彼らを取り巻く環境とを、丁寧に、時間をかけて撮影している。

やや距離をとって、あくまでも客観的な視点で撮影された写真群には、「小屋」の住人たちとその周囲の環境がしっかりと写り込んでおり、とかく「見えない存在」として無視されてしまう彼らの生のあり方がじわじわと浮かび上がってくる。地面に置いてある靴、中古の自転車や電化製品などの持ち物、コンクリートに記されたメッセージ、草むらに落ちていた聖画など、一見住人たちとはかけ離れた存在が、逆に雄弁に何ごとかを語りかけてくるようにも感じられる。写真展に合わせて、同名の写真集(私家版)も刊行されており、とてもよくまとまった労作だった。ただ、今回の展示や写真集では、時津がなぜ本シリーズを撮り始め、そこで何が見えてきたのかが、明確に表明されていないように感じた。むしろ長めのテキストが必要になるのかもしれない。文章と写真とがうまく融合すれば、そこから伝わるメッセージはより強く、説得力を持つものになるのではないだろうか。


時津剛「BEHIND THE BLUE」:https://www.nikon-image.com/activity/exhibition/thegallery/events/2024/20240123_ns.html

2024/02/05(月)(飯沢耕太郎)

館野二朗「奄美 ゲニウス・ロキ」

会期:2024/02/01~2024/03/06

キヤノンオープンギャラリー1[東京都]

館野二朗は2016年の冬にはじめて奄美大島を訪れた。そこで「普段では感じることがないような不思議な魅力」に気がつく。それ以来、何度も奄美に通って撮影した写真から、大判プリントを含む22点に絞り込み、動画映像とともに展示したのが今回の個展である。

館野は撮影を続けながら、奄美の魅力とは何なのかと考え「自然が自然として生きるために大事なものを何ひとつ失わず、そのままの姿で息づいているところにある」という結論に至る。たしかに、彼の写真に写り込んでいる、植物、岩、水、さらにそれを包み込んでいる光や大気のすべては、原初以来の「そのままの姿」を保って千変万化し、みずみずしく息づいているように見える。それぞれの土地には、それぞれの固有の成り立ち=ゲニウス・ロキ(地霊)が備わっているのだが、奄美ではそれが他の場所以上にくっきりと顕れているのではないだろうか。一つひとつに神が宿っているのだという、海から突き出た岩礁を撮影した写真群など、その周辺の環境の描写も含めて、まさに奄美のゲニウス・ロキが立ち上がってきているように感じた。

ただゲニウス・ロキは、もともと、自然環境だけでなく、歴史、文化なども包含する概念である。館野の今回の仕事は、その住人たちの営みも含めたより総合的な奄美撮影のプロジェクトとして展開していく可能性も感じる。今後も撮影を続け、ぜひ写真集としてまとめていってほしい。


館野二朗「奄美 ゲニウス・ロキ」:https://personal.canon.jp/event/photographyexhibition/gallery/tateno-amami

2024/02/01(木)(飯沢耕太郎)

中藤毅彦「DOWN ON THE STREET New York」

会期:2024/01/19~2024/02/01

Sony Imaging Gallery 銀座[東京都]

ニューヨークは写真家たちにとって特別な街といえる。ウィージー、ウィリアム・クラインから、ソール・ライターや森山大道に至るまで、カメラを手にこの街の路上を徘徊し、スナップショットを撮影していった写真家たちの厚みのある写真群は、写真史的な記憶として堆積している。中藤毅彦も1990年代からニューヨークを訪れ、折に触れて撮影を続けてきた。今回のSony Imaging Gallery 銀座の個展では、そのうち64点を抜粋して展示していた。

ここ30年あまりのあいだに、ニューヨークは9・11同時多発テロなどで大きな変化を被り、写真の世界もアナログからデジタルへの転換が進んだ。にもかかわらずというべきか、中藤の写真を見ていると、そのたたずまいがあまり変わっていないように感じる。人、モノ、建物とのアマルガム的な絡み合いのあり方がほぼ同じなのだ。中藤自身の、黒白のコントラストの強い画面へのこだわりが、同質のニューヨークのイメージを呼び寄せているともいえる。だが、それだけではなく、ニューヨークの街自体が、その根幹においては、それほど変わっていないのではないだろうか。中藤の写真には、「現実のニューヨークを越えた『都市』の象徴でもあり『鏡の向こう側』にあるもうひとつの世界」がたしかに写り込んでいる。その「もうひとつの世界」こそ、写真家たちの視線の先に浮かび上がる、普遍的なニューヨークの像なのだろう。

なお現在、彼のニューヨークの写真群を集大成した160ページの写真集『DOWN ON THE STREET』(ギャラリー・ニエプス)を制作中とのこと。4月には刊行予定というそちらも楽しみだ。


中藤毅彦「DOWN ON THE STREET New York」:https://www.sony.co.jp/united/imaging/gallery/detail/240119/

2024/01/31(水)(飯沢耕太郎)

文字の大きさ