2018年07月15日号
次回8月1日更新予定

artscapeレビュー

その他のジャンルに関するレビュー/プレビュー

第21回文化庁メディア芸術祭受賞作品展

会期:2018/06/13~2018/06/24

国立新美術館[東京都]

例年どおり冷やかし程度にしか見てないので、めんどくさい作品は通りすぎている。ずいぶん乱暴な見方だが、それで足が止まった作品はホメてあげたい。折笠良の《水準原点》はクレイアニメ。雪原か海原のような白い風景のなかをぐんぐん進んでいくと、ときおり津波のような高波が押し寄せる。なんだろうと見ていると、今度は同じ場所を斜め上から見下ろすかたちで映し出していく。なんと津波の中央では文字が生まれている、というより、文字が生まれる波紋で津波が生じているのだ。その文字をたどっていくと、シベリア抑留経験のある石原吉郎の詩「水準原点」になる。言葉の生成現場がかくも厳しいものであることを伝えるこのアニメも、かくも厳しい生成過程を経て完成したものだ。

もうひとつ、Gary Setzerの映像作品《Panderer(Seventeen Seconds)》はきわめてわかりやすい。映像のなかで男が観客に対し、「美術館で、平均的な鑑賞者がアート作品を見るのに使う時間は1作品につき約17秒であり、この映像作品はその制約を受け入れて17秒という理想的な鑑賞時間を正確に守っている」と語り、17秒で終わる。作品の内容と形式が完全に一致した「理想的」なアートになっているのだ。もちろん理想が必ずしもすばらしいとは限らないが。

2018/06/12(村田真)

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人体—神秘への挑戦—

会期:2018/03/13~2018/06/17

国立科学博物館[東京都]

NHKが主催に入っているのは、NHKスペシャル「人体 神秘の巨大ネットワーク」を放映していたからだろう。いわばこの番組の実物版。そのせいか平日なのにかなり混雑している。展覧会が「日曜美術館」で紹介されれば入場者は急増するというから、いまだにテレビの力はあなどれない。展示構成は、第1章は「人体理解へのプロローグ」として、ヴェサリウスの解剖図譜『ファブリカ』やレーウェンフックの顕微鏡などにより人体研究の歴史をたどり、2章から循環器系、神経系、消化器系、運動器系などに分けて、動物の標本や人体模型、写真、映像などで「人体の神秘」を紹介している。途中4カ所に、まるで関所のようにレオナルド・ダ・ヴィンチの解剖手稿が展示され、ありがたく拝見する仕組みだ。

へえーっと思ったのは、動物の標本は表に堂々と展示してあるのに、ヒトの心臓とか脳とか臓器の標本は仮設壁の裏に回らないと見られない仕掛けになっていること。隠してるわけじゃないけど、わざと見にくくしているのだ。そのくせヒトの頭蓋骨や骨格標本は堂々と見せている。この違いはなんだろう? 骨はカワキものだから許されて、肉はナマものだから表に出せないのか? それとも臓器提供者への配慮か、あるいは宗教的な問題でもあるのか。でも少し隠すことでかえってスケベ心が刺激されるし、淫靡なイメージを増幅しかねない。いずれにせよ裏に回れば見られるわけで、意図がよくわからない。

2018/05/16(村田真)

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KAC Performing Arts Program 2017/ Contemporary Dance ワークショップ&ディスカッション『ダンスの占拠/都市を占めるダンス』

会期:2018/03/24

京都芸術センター[京都府]

「都市におけるダンス」をテーマに、ダンスやダンサーを取り巻く現在の状況を再認識し、課題や展望を話し合う、ワークショップとディスカッションのプログラム。ほぼ丸一日にわたって行なわれたディスカッションの6つのセッションのうち、筆者は、手塚夏子のお話とワークショップ「フォルクスビューネの占拠にいて考えたこと」、「ダンサーが手を組むこと~労働としてのダンスと、互助組織、ネットワーク」、「若手ダンサーが求める課題と環境、そして機会」、「ダンス/地域/都市/社会/世界」の4つを聴講した。

まず、1つめのセッションでは、ダンサーの手塚夏子が、昨年ベルリンの劇場フォルクスビューネが占拠された現場での体験談を話した。ワークショップのようなものや炊き出しも行なわれ、現場は殺気立つというより穏やかな雰囲気だったというが、そこには、「対立の歴史が長いからこそ、運動を静かに続けることで対話を持続させよう」という静かな熱があるのではと手塚は話す。占拠事件の直接的なきっかけは、劇場総監督を25年間務め、実験的・問題提起的なアプローチで知られる演出家のフランク・カストルフが退任し、後任に元テート・ギャラリーの館長クリス・デーコンが着任したことで、これまで同劇場が培ってきた演劇文化や批判精神が失われるのではという反発が起こったことにある。手塚はさらに、「無骨ながらも創造的な街だったベルリンが、ジェントリフィケーションにより変容していくことに対する怒りも背景にあったのではないか。自分のアートが商品としてどう価値づけられるかという方向にアーティストの意識が変わっていくし、そうした意識のアーティストが入ってくる。60年代のジャドソン教会派のように、『タダ(に近い)場所』があることが重要。商品価値ではなく、何が自分たちのリアリティかを模索できる場所からこそ、何かが生まれる可能性がある」と話した。

「ダンサーが手を組むこと~労働としてのダンスと、互助組織、ネットワーク」のセッションでは、ダンサー・振付家の伊藤キムが、「ダンサーや振付家の労働組合をつくる」提言を行ない、議論の中心となった。プロデューサーや有名振付家など力のある相手に対し、ダンサーが個人でギャラなどの交渉に臨むことは難しいが、組合をつくって団体で交渉すればどうかという提言だ。そのためには、ダンサーは「踊りたいから踊る人」ではなく、職業人としての自覚を持つ必要があると訴えた。会場からも活発な意見が出され、演劇批評の藤原ちからは、俳優や制作者の労働環境問題についても触れつつ、「労働の対価として認められたものだけがアートなのか。今の日本社会や行政が求めるものという枠でアートをはかれるのか。アートの自律性についても丁寧に議論していくべきだ」と述べた。また、舞踊史研究者の古後奈緒子は、フランスの大学のカリキュラムを紹介し、労働基準法や契約の結び方についても教えること、ダンス史をきちんと学ぶことで自作の歴史的位置付けについて語れるように教育がなされていることについて話した。

最後のセッション「ダンス/地域/都市/社会/世界」では、神戸のNPO DANCE BOXのディレクター横堀ふみが、多文化が混淆する町の中にある劇場としての取り組みを紹介した。また、JCDN(NPO法人ジャパン・コンテンポラリーダンス・ネットワーク)の佐東範一が、「踊りに行くぜ!」などのネットワーク整備や制作支援活動、震災を契機に始まった東北地方の芸能との交流をはかる「習いに行くぜ!」や三陸国際芸術祭の取り組みを紹介した。会場からの発言を交えてのディスカッションでは、公共ホールとの連携のあり方、「観客」の想定や育成、助成金頼みの体質からどう脱却するか、「コミュニティダンス」など地域で生まれるダンスのニーズなど、多岐にわたる論点が提出された。

若手、中堅、ベテランと層の厚いダンサーに加え、制作者やプロデューサーが集まって話し合い、刺激を与え合う貴重な機会だった。また、DANCE BOX(神戸)やJCDN(京都)など中間支援を行なう団体は関西に多い。こうした機会が今後も継続され、シーンの活性化につながることを願う。

2018/03/24(土)(高嶋慈)

神宮徴古館・神宮美術館

神宮徴古館・神宮美術館[三重県]

伊勢の神宮にご参拝、ではなく見学に来ました。ここは小学生のとき修学旅行で訪れて以来だが、二見浦の夫婦岩は覚えているのに神宮の記憶はまったくない。まあガキにとって寺社ほど退屈な場所はないからな。そんなわけで、いまにいたるまで、伊勢神宮は天照大神を祀る場所で、20年にいちど社殿を建て替える式年遷宮が行われるということくらいしか知らなかった。調べてみると、伊勢には内宮と外宮の2カ所あり、しかもどちらにも社殿がいくつもあるらしい。目的地は内宮の御正宮と呼ばれるところだが、最奥部にあるので駅の近くの外宮から見ていく。土宮や風宮など計14ある別宮の隣はどこも更地になっていて、白い砂利を敷きつめた上に家型の木箱が置かれている。あ、なるほど、式年遷宮というのはよく写真で見かける御正宮だけでなく、すべての社殿で行われるのか。想像以上に大変な行事だ。

内宮からバスで外宮に向かう途中、徴古館と美術館の前で下車。小高い丘の上に建つ神宮徴古館は、赤坂迎賓館を手がけた片山東熊の設計で、明治42年の竣工というからもう100年以上たつ(ただし2階部分は戦後増築)。左右対称のルネサンス様式だが、場所に不釣り合いな威容だ。展示物件は式年遷宮で出た御装束神宝など。御装束神宝とは社殿に納められた神々の調度品の類いで、以前は式年遷宮のたびに埋めたり焼いたりして新調していたが、もったいないので(とはいってないけど)一部を保存・展示することにしたという。その奥には神宮美術館があって、式年遷宮を記念して奉納された美術品が収蔵されている。もちろんだれでも奉納できるわけではなく、文化勲章受章者や日本芸術院会員など国に認められた芸術家に限られるため、前衛芸術はない。この時期はちょうど皇居で開かれる歌会始のお題に因んだ特別展が開かれていて、今回は「語」をテーマにした作品約20点が展示されていた。

2018/03/16(村田真)

カタログ&ブックス│2018年1月





展覧会カタログ、アートにまつわる近刊書籍をアートスケープ編集部が紹介します。

評伝 ゲルハルト・リヒター Gerhard Richter, Maler


著者:ディートマー・エルガー
翻訳:清水穣
発行:美術出版社
発行日:2018年1月10日
定価:4,600円(税別)
サイズ:21×14.5cm、444ページ

ドイツで2002年に刊行された評伝『Gerhard Richter. Maler---Biografie und Werk(画家ゲルハルト・リヒター、伝記と作品)』をベースに、近年の活動を新たに書き下ろした新版。作品図版やプライベートフォトなどおよそ150点を掲載。リヒターの言葉と初期から2017年の作品を通じて、絵画への想い、その思考の源を辿るリヒター公認の決定的評伝。



OPEN GATE 2017 動き続ける展覧会 〜 An ever-changing exhibition (「何もないところから」〜 start from here)


写真:渡部勇介、WinWin
テキスト:大友良英、坂口千秋、芹沢高志、Sachiko M
デザイン:横山サオリ
発行:P3 and environment
発行日:2018年1月1日
定価:1,500円(税別)
サイズ:17×19cm

2017年9月に開催した OPEN GATE 2017 の写真集が出来ました。会場に作品、アーティスト共々現れるところから、自然のままに暗くなりかすかな光の中で会場を去る瞬間まで、どこで何が起こるか予測できない会場内を時にひた走り、時に暖かく見守りながらASR公式カメラマン渡部勇介とWinWinが撮り続けた大量の写真の中からぐっと選別。「何もないところから」「何もないところまで」展覧会や公演という概念を超えた独自のスタイルが、目の前で日々生み注目されていく様子をダイジェストで紹介。




白百


著者:原研哉
デザイン:原研哉
発行:中央公論新社
発行日:2018年1月10日
定価:1,900円(税別)
サイズ:四六判、216ページ

記憶の束から思いつくままに百の白を引き抜き、一葉ずつの白を味わってみたい。もはや白いという形容も希薄になるほどに――日本文化を支える要点であり、自身のデザインの根幹にある感性「白」について百の具体例を挙げて語る。前著『白』と対をなす実践編。




カイ・フランクへの旅 “フィンランド・デザインの良心"の軌跡をめぐる─


著者:小西亜希子‎
写真:永禮賢
発行:グラフィック社
定価:3,200円(税込)
サイズ:B5変型、224ページ

今日に続くフィンランド・デザインの礎を作り、1950〜60年代の黄金期を支えたプロダクトデザイナー、カイ・フランク。彼がデザインしたシンプルで機能的、丈夫で手頃な価格のテーブルウェアは、イッタラの「ティーマ」や「カルティオ」として、発表から60年以上を経たいまなお世界中で愛されている。そんなレジェンドの知られざる仕事や人生、素顔を、丁寧な取材と貴重な写真の数々によりひもといてゆくデザイン紀行。



2018/01/12(金)(artscape編集部)

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