artscapeレビュー
建築に関するレビュー/プレビュー
アンコール遺跡群
[カンボジア]
東南アジアはあらかた訪れ、ベトナム、タイ、インドネシアなど、すでに3回という国もあるが、今回はクメール建築を見るべく、初めてカンボジアを回った。中国系の資本で建設されたという新しいシェムリアップ空港に到着し、市の中心部まで約1時間である。とにかく平らな大地が続く農業の国だ。市内も坂道が全然見当たらない。遠くに見える山も尖っておらず、平らな稜線が印象的である。かつてジャングルに埋もれ、忘れられていたアンコールの遺跡群は、おおむね10世紀から12世紀にかけてつくられたものだ。ヨーロッパだと、ロマネスクやゴシックの創成期など、キリスト教の建築が興隆をきわめた時代である。
アンコール・トムは、巨大な寺院建築というよりも、堀に囲まれた3km四方の都であり、そこに75万人も住んだという高密度な数字はにわかに信じがたい。なお、「アンコール」という言葉は、「王の都」という意味をもつ。いわば平城京や平安京に近いかもしれない。隣国との戦争のあと、凱旋のルートと死者の道がパラレルに東西の軸として用意され、それぞれの出迎えの施設が基本的な骨格をなす。それゆえ、壁には戦争の場面を具体的に描いたレリーフが多い。続いて、大樹が徹底的に侵食し、あちこちが崩れていることで有名な寺院、タ・プロームを訪れた。タイのアユタヤでも切断された仏像の頭がガジュマルの根に包まれていたが、はるかに大きいスケールで廃墟化している。樹をとり除くと、かえって崩壊が進みそうなくらい、建築と植物が融合していた。ここは映画『トゥームレイダー』のロケ地としても知られる。廃墟として放置されたことで長い時間をかけて大樹に侵食された風景としては、タ・ソムの東塔門が忘れがたい。徐々に石の位置がずれていく、わずかな幅をチェックする装置も取りつけられていた。
アンコール・ワットは、ボロブドゥールが外部のみの巨大な彫刻であるのに対し、屋根がある内部空間、列柱廊、沐浴の中庭、シンメトリカルに配置された経蔵などがあり、立体的な建築として構成されている。滑落したら、怪我か、死亡しそうな第3回廊への急階段では、投入堂の体験を思いだす。大きなアンコール・トムやアンコール・ワットのほか、こうした小さな遺跡群は、じつは近郊に無数に存在しており、すべてまわるには1週間は必要だろう。東洋のモナリザと呼ばれるデバター像など、精緻かつ優雅につくられた赤砂岩のレリーフを備え、10世紀まで遡るバンテアイ・スレイ、貯水池の小さい島の中に入れ子状に池をつくり、絡みあう2匹の大蛇が印象的な円形基壇があるニャック・ポアン、塔が林立する段々のピラミッド状の構成をもち、ほとんど平坦な地において山のような存在だったプレ・ループなど、今回は計10カ所を見学した。
それにしても、壮大な寺院群を建立した当時の王たちは、これらが密林の中の再発見を経て、まさか1000年後も地域の住民の食いぶちになるとは夢にも思わなかっただろう。世界遺産になった建築群が存在するおかげで、近くに空港がつくられ、半永久的にシェムリアップの街に外貨が落とされている。
2024/02/20(火)、21(水)(五十嵐太郎)
みんなの建築大賞 2024
[東京都]
国立近現代建築資料館において、建築系の編集者、研究者らが、新しく創設したみんなの建築大賞の授賞式が行なわれた。これは従来の建築の賞が、業界内で閉じてしまい、社会にほとんど発信されていないことを踏まえ、建築を伝えるプロが推したい建築を顕彰する企画であり、イメージとしては本屋大賞が近い。もっとも、約30名から構成される推薦委員会が10の候補作を選んだあと、X(旧Twitter)を用いて、一般参加による「いいね」の投票の総数で決定することが違う。つまり、推薦委員会はどれが選ばれても大賞にふさわしい10作品までを決め、最終的な結果は一般の判断に委ねるというわけだ。なお、筆者は推薦委員会の委員長をつとめた。2023年に完成、もしくは雑誌に掲載された10の候補作は、以下の通り。
- 大西麻貴+百田有希/o+h・産紘設計《熊本地震 震災ミュージアム KIOKU》
- 山﨑健太郎デザインワークショップ《52間の縁側》
- 後藤武+後藤千恵/後藤武建築設計事務所《後藤邸》
- 坂茂建築設計《SIMOSE》
- 藤本壮介建築設計事務所《太宰府天満宮 仮殿》
- 中村拓志&NAP建築設計事務所《地中図書館》
- 伊藤博之建築設計事務所《天神町place》
- 武井誠+鍋島千恵/TNA《庭の床 福武トレスFギャラリー》
- MARU。architecture《花重リノベーション》
- VUILD《学ぶ、学び舎》
さて、最多の得票を獲得したのが、秋吉浩気(VUILD)による東京学芸大学内の「学ぶ、学び舎」である。3D木材加工機によって製作した1000以上のパーツを組み合わせた複雑な造形をもち、それが型枠となって、さらにコンクリートで覆われる。すなわち、デジタル・ファブリケーションを駆使した実験的なデザインであり、SNS時代のアワードにふさわしい作品が大賞に選ばれたと言えるだろう。実際、秋吉は一般の投票をうながす活動を明快に行ない、大学も積極的に応援していた。
また委員会の推薦の数がもっとも多かった伊藤博之による「天神町place」は、大賞とは別枠として推薦委員会ベスト1に選定されている。じつは一般投票でも、「学ぶ、学び舎」と「天神町place」がデッドヒートを繰り広げていたが、誰もが訪れることができる公共建築ではなく、民間の集合住宅が多くの得票を集めたことは個人的に意外だった。この建築は湯島にたっており、授賞式の会場から歩いて10分もかからないことから、授賞式の前後に見学する機会が設けられた。
天神町placeは、激しく湾曲するかたちと、非流通材を活用した型枠によって不ぞろいなテクスチャーをもつコンクリートの壁が印象的であり、おそらくSNS上の小さい写真でも十分なインパクトを与える。が、実際にいくつかの賃貸の部屋を案内してもらい、建築的な工夫にあふれた作品であることがよくわかった。ただでさえ、マンションの中庭は存在するものの見なかったことにするような暗い空間になりがちだが、幅が狭い敷地という厳しい条件下において、天神町placeは中庭の意義を再定義している。例えば、薄いヴォリュームを打ち抜く各戸のバルコニーによって穴を開けたり、一部は中庭に張りだす通路をめぐらせた。また高さや方位が異なるそれぞれの場所を活かしながら、立体パズルのように各戸を巧みに構成している(一部はメゾネット)。かといって、積極的に住民のコミュニティをつくることを意図したわけでなく、なんとなく互いを感じながら、それぞれの居場所を生みだす。
みんなの建築大賞の授賞式では、秋吉と伊藤の2名が参加し、建築家から直接にメディアに語ってもらい、主要な新聞の各社を集めることに成功した。しかし、テレビ局の取材はなく、来年以降の課題だろう。
「みんなの建築大賞」事務局BUNGA NET:https://bunganet.tokyo/award01/
2024/02/15(木)(五十嵐太郎)
大阪のビジネス街と日建設計
[大阪府]
朝から夕方まで、大阪の各地にあるビジネス街をはしごして回り、日建設計が関わったプロジェクトを確認した。まず南港エリアでは、《さきしまコスモタワー(大阪府咲洲庁舎)》(1995)や《アジア太平洋トレードセンター》(1994)などの巨大建築がある。前者はカラフルなポストモダン・ハイテクであり、学生の頃、こういうタイプの卒計が多かったことを思い出す。後者もダイナミックな造形だが、なぜ中間階にホテルが入っているのかと思ったら、近年の改装によるものだった。日本に勢いがあった時代の建築である。もっとも、いずれもバブル崩壊やアクセスが悪いことなどにより、想定されたオフィスの需要が望めず、大阪の役所機能を部分的に移転させて、空室が埋められた。ところで、コスモタワーの大きな吹き抜けに、彫刻が不自然な状態で並べられており、明らかに展示というよりも、仮置き風である。なるほど、美術品を地下駐車場に「保管」していたことで問題になった大阪府咲洲庁舎はここだった。慌てて、美術品の一部を、地上階に移動させたのかもしれない。
なお、ともに日建設計が手がけたミズノ本社ビル横に完成した《イノベーションセンター「MIZUNO ENGINE」》(2023)は、走行、各種の球技などの計測、試作、テストを行なう研究施設である。その結果、オフィスとスポーツの空間を組み合わせたチュミのディス・プログラミング的な刺激をもたらす。精密な測定器具の進化が、新しい施設の誕生を促した。
大阪ビジネスパーク(OBP)は、初訪問だった。ここは砲兵工廠跡の再開発であり、槇文彦事務所や竹中工務店と共に日建設計がプロジェクトを計画している。街路空間が連続するこのエリアは、1980年代の後半から1990年にかけて、次々とビルが完成した。日建設計は、ツイン21の印象的なアトリウム(中心軸から大阪城が見える)、足元にアーケードを抱える松下IMPビル、ホテルニューオータニ、専用入口をもついずみホールを組み込む住友生命OBPプラザビル、橋の向こうにある大阪城ホールを手がけている。
中心部の御堂筋から北浜のエリアでは、昨年完成した2つのリノベーションを見学した。ひとつは住友ビルディング本館のエントランス改修であり、ピッチが変化していく立体の木格子を天井に反復させることで空間の印象を大きく変えた。住友の森から木材を調達し、道路向こうの緑と連続しつつ、頭上の奥行きも与えている。そして日建設計の大阪オフィスが引越に伴い、什器のリサイクルや転用、そして自然換気を可能にする窓にとりかえるなど、空間のリノベーションだけでなく、フロアごとに業務のプログラムを再編集した。特筆すべきは、IoTによって新しいワークプレイスの実験に自ら挑戦していること。フリーアドレスを生かし、均質な空間のオフィスに代わり、人の動きとの相互作用によって、あえてムラのある環境を随時生みだす。
2024/02/13(火)(五十嵐太郎)
積層をテーマとする2つの家
[兵庫県、大阪府]
関西の滞在中に2つの住宅を見学した。日本建築学会賞(作品)を受賞した大谷弘明の自邸、《積層の家》(2003)と、安藤忠雄による初期の作品、《ガラスブロックの家》(1978)である。前者は神戸の街の中心部の近くに位置し、後者は大阪の住宅街にたち、現在は建築史家の倉方俊輔が暮らしている家だ。時代が異なり、開放的な空間の性格をあわせもつ積層の家に対し、《住吉の長屋》(1976)と同様、極端に窓を減らしたコンクリートの壁によって外部に閉じているガラスブロックの家は、一見対照的だが、じつは同じ素材を積層させるという共通したデザインの手法が認められる。
《積層の家》は、間口が約3m、奥行きが約9mという細長い敷地の面積がわずか10坪であり、極小の空間にもかかわらず、交差する階段や吹き抜けのエリアを大きくとっているが、決して狭さを感じさせることはない。最大の特徴は、厚さ5cm×幅18cmというプレキャストコンクリート(PC)の板を互い違いに積み重ねるというシンプルな構法を採用していること。それゆえ、壁であっても光が透過するガラスの隙間を反復したり、ひだ状の壁になっていることで、窮屈な印象を与えない。薄いPC版のサイズは、もちろん美学的にも効果的な意匠だが、敷地の条件や施工の制限から導きだされた。結果的に5cmのモデュールが、構造だけでなく、階段、本棚、各種の什器にも徹底して用いられる。つまり、家具と建築が同じ階層に属しているのだ。大胆でありながら、成熟したデザインの自邸である。
一方で安藤が設計した住宅は、外部からは一切、ガラスブロックは見えない。閉じたコンクリートの大きな箱である。だが、内部に入り、中庭に出ると、外からは予想できないガラスブロックによって三方が囲まれた空間が出現した(現在は浅いヴォールト状の透明な屋根をかけ、室内化)。つまり、ガラスブロックを積層した家であり、それが全体を貫く基本的なモデュールになっている。やはり最大のハイライトは、地面を掘り込んだかのようにも見える中庭だが、まず単純に大きいということで非住宅的なスケールの空間だ。しかも徹底したガラスブロックの反復によって、3階建てというフロアの構成が曖昧になり、もっと大きい建築のように感じられる。また室内で驚かされたのは、当時、安藤が自ら家具も一緒に設計しており、それらが現存していること。大量の本も収納できる住み心地が良さそうな家だった。
2024/02/11(日)、12(月)(五十嵐太郎)
関西の2つの博覧会のレガシー
[兵庫県、大阪府]
研究室で日建設計のリサーチ・プロジェクトを進めており、大阪と神戸の作品を集中的に回ったが、そのなかで2つの博覧会の跡地を訪れ、改めてレガシーについて考えさせられた。
まず人工島のポートアイランドは、中学生のときに、1981年の神戸ポートアイランド博を見て以来の再訪である。これは日本各地で地方博覧会を開催するきっかけとなったが、いまも導入部のエリアが残り、これらを担当したのが日建設計だった。すなわち、列柱に囲まれた市民広場(ポートアイランド線の駅名にもなっている)、国際会議場、そして見る角度によって形が変わる、湾曲したプランをもつ《神戸ポートピアホテル》である。ホテルは現在も豪華感はあり、意外に盛況だった。また広場ではバレンタインデーに関するイベントの設営中だった。批判が集中する2025年の大阪・関西万博も、木造リング、パビリオン、トイレなどを残せば良いと思うのだが、その後のフリーハンドで開発できるIR化が前提になっているために、レガシーにする発想がないのだろう。なお、ポートピアの跡地には、安藤忠雄による建築も存在する。
その翌日は、久しぶりに花博記念公園 鶴見緑地に足を運んだ。バブルの絶頂期だった1990年に国際花と緑の博覧会が開催された跡地であり、いくつかの施設が残っている。日建設計による《咲くやこの花館》は、池に浮かぶ睡蓮をイメージしたという巨大なガラスの温室だ。注目すべきは、中央の屋根が開閉するメカニズムだが、このエリアは植物のための温室ではなく、イベント会場の上部である。温室部分は跳ね上げ式の細い可動式開口を備えていた。また世界各地の植物に適したさまざまな気候に合わせた空間が必要なため、施設内において冷暖房の熱を循環させるシステムは興味深い。ほかにも記念公園では、博覧会のレガシーとして、川崎清による《生命の大樹「いのちの塔」》(現在、展望室は閉鎖)、いずれもダイナミックな構造をもつ磯崎新の《国際陳列館》と《国際展示水の館》が存在している。前者は1階で子どものボクシング大会をやっていたが、上階の大きな空間はあまり活用されていないようだった。後者の展示施設は、円形屋根を支える柱が室内にあるものの、(本来は無柱が望ましい)スポーツセンターに転用されている。また当初はガラス面に水が流れていたと思われるが、もう稼働していない。博覧会の施設を残したあと、どのように活用するかも重要なテーマだろう。
2024/02/11(日)、12(月)(五十嵐太郎)