2017年08月01日号
次回9月1日更新予定

artscapeレビュー

映像に関するレビュー/プレビュー

プレビュー:東アジア文化都市2017京都 アジア回廊 現代美術展

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会期:2017/08/19~2017/10/15

二条城、京都芸術センター[京都府]

日中韓の3カ国から選ばれた3都市が交流し、1年間を通じてさまざまな文化芸術プログラムを行なう「東アジア文化都市」。今年は日本の京都市、中国の長沙市、韓国の大邱広域市が選ばれた。「現代美術展」は、京都市のコア期間事業「アジア回廊」のメインプログラムである。会場は世界遺産・元離宮二条城と京都芸術センターの2カ所、建畠晢がアーティスティック・ディレクターを務め、参加アーティストは、西京人、草間彌生、中原浩大、やなぎみわ、キムスージャ、ヒョンギョン、蔡國強、ヤン・フードンなど25組である。昨年の日本会場だった奈良市では、東大寺、春日大社、薬師寺、唐招提寺などの有名社寺を舞台に、大規模な現代美術展が繰り広げられた。今回は2会場と小ぶりな規模に落ち着いたが、その分濃密な展示が行なわれることを期待しよう。両会場は地下鉄で行き来でき、市内中心部のギャラリーや観光名所(平安神宮、南禅寺、知恩院など)にも地下鉄1本でアクセスできる。遠方の方は、京都観光も兼ねて出かけるのが良いと思う。

2017/07/20(木)(小吹隆文)

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千光士誠 母展

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会期:2017/07/04~2017/07/09

ワイアートギャラリー[大阪府]

老齢の着物姿の母を、ハイライトを強調して描いた具象の肖像画。そのストレートさ、光と闇が交錯する劇的な構成が印象的だった。千光士の作品は2006年から2012年頃にかけて個展やグループ展で見ていたが、当時は墨を用いたダイナミックなドローイングで、本展の作品とは全然違っていた。また近年の彼は、一対一で対象と向き合う肖像画のプロジェクトを行なっており、ギャラリーで見る機会がなかったため、動向を掴めていなかった。久しぶりに再会した千光士は相変わらず精力的で、確信をもって自分が成すべきことに邁進していた。画風が変化したと言っても、彼のテーマは最初から「人間」であり、その意味では一貫した活動を続けているのだ。今後の活動予定については聞かなかったが、一対一のプロジェクトをまとめて発表する機会があれば面白いのではないか。もちろんほかの作品でも良いので、今後も展覧会活動を続けてほしい。

2017/07/06(木)(小吹隆文)

澤崎賢一『動いている庭』

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会期:2017/06/24~2017/07/07

第七藝術劇場[大阪府]

フランスの庭師、ジル・クレマンの「動いている庭」という思想を、彼の原点となった自宅の庭とともに紹介するドキュメンタリー映画。クレマンの庭師としての基本的姿勢は、植物や動物との共生、自然の変化、生物多様性を尊重することにある。例えば、生育の早い植物が道を塞ぎそうになったら、植物を引き抜く代わりに自分の歩く道を変える。大木が倒れた後の地面に一斉に種子が芽吹いたら、雑草として抜くのではなく、自然に生えた草をそのままにしておく。生物多様性を守るため、昆虫を殺虫剤で殺さない。自身の仕事は「引き算の手入れ」であり、「できるだけ合わせて、なるべく逆らわない」と語るクレマン。その結果、「庭」は毎年、姿もかたちも変え、年によって違う色の花が咲くと言う。「谷の庭」や「野原」と名付けられた広大な庭は、管理された「庭」というより、雑木林や草原のようだ。映画は主に、自宅の庭を案内しながら語る姿、日本での講演の様子、そして日本での滞在時のシーンが交互に展開して構成されている。
ただし、監督自身が記しているように、クレマンの「庭」を訪れて撮影したのは、8月中旬のわずか1日半ほどの滞在だった。映画タイトルからは、「季節ごと、数年のスパンで『動いていく』庭の動態的な姿」を定点観測的に記録したのかと期待したが、そうではなかったのが惜しまれる。むしろカメラが捉えるのは、自身の庭で、日本での講演で、「動いている庭」という哲学を言葉で語るクレマンの姿だ。また、日本での滞在では、庭園史研究者や京都の寺院の庭師らとも交流するが、どちらかと言えばオフショット的な扱いに寄りがちで、互いの自然観や「庭」の文化史の相違や共通点について、もっと突っ込んだ議論があれば、とも思う。
それでも、冒頭と終盤近くに長回しで撮影された、庭で淡々と手入れを行なうクレマンの、身体に染み込んだ一連の所作は流れるようで美しい。小雨が降る中、空気に漂う湿り気やみずみずしい植物の匂いも感じられるようだ。なお、クレマンの思想をより知るためには、映画にも登場した庭師・庭園史研究者である山内朋樹の訳による『動いている庭』がみすず書房から出版されている。
公式サイト:http://garden-in-movement.com

2017/07/06(木)(高嶋慈)

國府理「水中エンジン」REDUX

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会期:前期2017/07/04~2017/07/16、後期2017/07/18~2017/07/30

アートスペース虹[京都府]

國府理(1970~2014)が2012年に発表した問題作《水中エンジン》。同作は彼が愛用していた軽トラックのエンジンを水槽に沈めて稼働させるもの。エンジンを水に沈めること自体に無理があり、2012年の個展(初お披露目)では彼がつきっきりでメンテナンスを続けていた。同作は発表時期からも分かる通り、東日本大震災の原発事故から着想したものだ。その後、2013年に西宮市大谷記念美術館(兵庫県)での個展に出品され、今年4月から6月にかけて小山市立車屋美術館(栃木県)で行なわれた「裏声で歌へ」展にも再制作版が展示されている。さて肝心の本展だが、会期を2週間ずつ前期と後期に分け、前期は記録映像とエンジンのみを吊り下げた状態で展示し、後期は再制作版と2012年の個展で撮られた写真2点で構成された。同作は震災後につくられた美術作品のなかでも特に重要なものであり、その姿が記録だけでなく(再制作版とはいえ)実物で示されたのは特筆すべき成果だと思う。別の観点でいえば、われわれはひとつの美術作品が伝説化されていく過程をつぶさに見たことになる。例えば関根伸夫の《位相─大地》のように、何十年経っても消えない美術アイコンがここに生まれたということか。こういう卑俗な発言をすると美術ファンや関係者から軽蔑されるかも知れないが、それもまた一面の事実だと思う。

2017/07/04(火)、2017/07/18(火)(小吹隆文)

プレビュー:時差『隣り』

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会期:2017/08/30~2017/09/03

green & garden[京都府]

「時差」は、特定の演出家や劇作家によるカンパニーではなく、複数のアーティストが同じコンセプトを共有しながら、それぞれの作家による新作公演をプロデュースする企画団体である。京都の若手制作者である長澤慶太によって2016年に立ち上げられた。第1回目の企画「動詞としての時間」では、精神科医の木村敏の著作を読み、「臨床哲学」の言葉を手がかりに、演劇、ダンス、映画作品を制作している。参加アーティストは、和田ながら(演出家)、城間典子(映画監督)、村川拓也(演出家、ドキュメンタリー作家)、岩淵貞太(ダンサー、振付家)であり、京都在住もしくは京都で発表歴のある気鋭のアーティストが名を連ねる。
今回の「動詞としての時間」第2回公演では、城間典子による映画『隣り』が上映される。この作品は、城間の幼馴染であり、統合失調症と診断された女性との共同制作による。映画は2つのパートから構成され、1)幼馴染の女性が、10代の頃、心のバランスを大きく崩した冬から春にかけて、彼女自身が「劇映画」として再現するパートと、2)その4年後に城間が再び彼女を訪ね、現在の様子を撮影したドキュメンタリーから成っている。発病当時、京都造形芸術大学の映画学科に在学中だった城間と、過去に演劇部に所属し、俳優を志していた彼女とのあいだで、1)の劇映画をつくることは自然な成り行きだったという。編集は城間に任されたが、4年かかっても終わらず、再び城間が彼女を訪ねたことを契機に2)が生まれた。そこには、一緒に劇映画の編集作業を行なう二人の様子とともに、通院を続け、絵を描きながら家族とともに暮らす彼女の日常生活が記録されている。本人の再現による「劇映画」とドキュメンタリーから成る構造は、ドキュメンタリー/フィクションという単純な二元論の解体についての問いを提起する。加えて、親密な関係のなかでカメラを向けるという被写体との距離感、病を抱えて生きることの困難とそこに寄り添って眼差しを向ける営みについてなど、さまざまなトピックを喚起する映画になるのではと期待される。
公式サイト: http://kyotojisa.wixsite.com/jisa

2017/06/30(金)(高嶋慈)

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