artscapeレビュー

チーム・チープロ『京都イマジナリー・ワルツ』

2023年01月15日号

会期:2022/12/01~2022/12/05

STスポット[神奈川県]

「触れることが過剰に制限されていた不思議な時間に、わたしたちは、想像の上で誰かと踊る『ワルツ』をイマジナリー・ワルツと呼び、この踊りの型をもちいたリサーチをはじめました」。

2021年にKYOTO EXPERIMENTで初演され、YPAMフリンジのプログラムのひとつとして今回横浜で再演された『京都イマジナリー・ワルツ』(振付・構成:松本奈々子、西本健吾/チーム・チープロ)の当日パンフレットにはこんな言葉が記されていた。舞台に登場した松本が観客の一人ひとりと目を合わせ、誘うように手を差し伸べると、舞台奥に「みなさんはわたしと向かい合って立っていることを想像してみてください」とテキストが投影され、機械音声でそれが読み上げられる。「わたしは今日 この劇場に集まった皆さん一人ひとりとワルツを踊りたいと思っています」。


[撮影:岡はるか]


作品は投影されるテキストとその機械音声による読み上げ、そして松本のステップによって進行していく。京都での松本の体験。西洋化と近代化の象徴としての社交ダンス。かつてあった東山ダンスホールとそこで踊ったダンス芸妓と呼ばれる人々。身体の接触は不道徳であるという理由で社交ダンスが禁止されたこと。バレエに励み、しかし身体をまなざし鍛え続けることへの恐れから逃げ出した記憶。ワルツの起源に関する物語。テキストが語るワルツをめぐる歴史的なエピソードと個人的な記憶は舞台上でステップを踏み続ける松本の身体に束ねられていく。


[撮影:岡はるか]


[撮影:岡はるか]


語られる身体の多くは外部からもたらされた、さらに言えば男性から女性へと向けられた規範によって形づくられたものだ。「いったいそのような理想は誰にとっての理想だったのか」。

ステップを踏み続けていた松本が舞台からいなくなり、祖母と踊った想像上のワルツは「とてもプライベートなもの」なので「お見せすることはできません」と観客の視線が拒絶されたとき、私がともに踊っていた想像上の松本は本人から遊離したイメージでしかなかったのだというあまりに当然のことが改めて突きつけられる。言葉が引き起こす想像を松本の身体に投影すればするほど、松本自身とその身体は私の視線から逃れていく。


[撮影:岡はるか]


テキストは「わたしたちは想像します」と繰り返すが、「わたしたち」の想像が完全に一致することは決してない。それでも気づかぬふりで互いに自分の想像を相手に押しつけ合うことは明白な暴力である。ただそれがあまりに日常的な行為であるがゆえに、普段は等閑視されているに過ぎない。

だがもちろん、ダンスは他者の視線や欲望、想像によって一方的に規定され立ち上がるものではない。そこには「芸を磨くことの喜び」が、「自分の身体が見られていることの喜び」が、踊ることそれ自体の喜びがあったはずだ。

『京都イマジナリー・ワルツ』はだから、我が身にべったりと張りついた他者の想像を一度引き剥がし、そこにギャップがあることを承知で改めてそれを引き受け直そうとする試みだ。「想像の上で誰かと踊る」ことはむしろ、生身同士で触れ合って踊るときでさえ二人の間に想像の皮膜が存在していることを確認するためのトレーニングなのだ。「わたしたちは目の前にたぬきが立っていることを想像します」。「わたしたちが望む誰かにそのたぬきが化けてくれることを想像します」。私は向かい合う二匹のたぬきが互いを化かし合う様を想像する。だがそうするうちに「やがて自分が自分ならざるものに変身している」こともあるだろう。もちろんその意味合いは両義的だ。そう言えば、この作品の冒頭で語られていたのは鴨川の情景だった。川を挟んでその両岸で踊ることを想像すること。「川はこちらの世界とそちらの世界のあいだを流れています」。「川の中に仮想の重心があると想像してみてください」。そうしてワルツの基本として「ふたりの間に重心を意識」すること。


[撮影:岡はるか]


上演のラストに置かれた一連の言葉は冒頭のフレーズを反復するかのようでありながら、しかしその響きを決定的に変えている。「こちらの舞台でわたしが立っているのが見えますか?」という冒頭の問いかけが単なる形だけの確認ではなかったことはいまとなっては明らかだ。1時間にわたって松本を見続けていたはずの観客は「わたしを見てください」と改めて呼びかけられることになる。観客にその呼びかけの重みを引き受ける覚悟ができたとき、ようやくワルツを踊る準備が整うことになるだろう。舞台の上では「わたしはあなたたち一人ひとりの重さと踊っていることを想像しています」と松本が待っている。


[撮影:岡はるか]



チーム・チープロ:https://www.chiipro.net/

2022/12/05(月)(山﨑健太)

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