artscapeレビュー

大坪晶「Shadow in the House」

2018年02月15日号

会期:2018/01/06~2018/02/18

アートラボあいち[愛知県]

大坪晶は近年、日本各地に残る「接収住宅」(第二次世界大戦後のGHQによる占領期に、高級将校とその家族の住居として使用するため、強制的に接収された個人邸宅)を対象とし、精力的なリサーチと撮影を続けている。《Shadow in the House》シリーズは、歴史の痕跡が残る室内を記録するとともに、ダンサーと協働し、室内で動いた身体の軌跡を長時間露光撮影によって「おぼろげな影」として写し込むことで、何かの気配の出現や人がそこにいた痕跡を示唆する写真作品である。

昨年秋から今冬にかけて大坪は、愛知県立芸術大学 アーティスト・イン・レジデンスに滞在。愛知県内に現存する「接収住宅」3件と公共建築1件を撮影した新作が発表された。瀟洒なタイルで装飾された光の差し込む浴室、ステンドグラスの美しい窓が連なる階段の踊り場、艶やかな床板の幾何学模様が美しいホールのような空間。目を凝らすと、黒い靄のような気配がかすかに蠢き、あるいは陽光に溶け込むような人影がうっすらと揺らめいている。誘われるように画面を凝視すると、洋風のカーテンがかかる窓の上部には欄間のような和風の装飾が施されて和洋折衷の空間になっているなど、建築の細部へと視線が分け入っていく。

大坪は撮影にあたり、建物の所有者の遺族や管理者などにインタビューを行なっており、聞き取った印象的なエピソードが撮影場所やモチーフの選定に活かされている。例えば、庭の奥に、テラスのある洋風の建物を写した一枚。よく見ると手前には「縁側」の一部が写り、芝生が植えられた庭には松の木も生え、和洋折衷が見てとれる。この住宅が接収された時期、縁側のある手前の「和館」には所有者の日本人が住み、庭を挟んだ「洋館」にはGHQの軍人一家が居住し、「洋館」への行き来は禁じられていたという。「和館側から洋館を見る」大坪のカメラの視線は、自宅内のわずか数十歩の距離でありながら「限りなく遠い」距離を見つめていたであろう館の所有者の眼差しを追体験しているのだ。また、作品制作に協働したダンサーの古川友紀は、撮影時の身体感覚として、「大坪が聞いた場所にまつわるエピソードの中に自分が入っていく」「その場所でどのような振る舞いが行なわれていたかを想像しながら動く」と語る。大坪による「眼差しの追体験」と、古川による身体的なトレース、両者を通して「場所の記憶」が再び生き直されていく。


Shadow in the House_Shumokukan, Type C Print, 2017



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