artscapeレビュー

Less, Light, Local

2023年07月15日号

会期:2023/06/16~2023/06/25

TIERS GALLERY[東京都]

会場に入ると、独特の香りがふわっと鼻をかすめた。本展のお知らせを受けたとき、「海苔」を使った作品という解説を読んで、最初に思ったのがそこに香りはあるのだろうか? という点だった。だから、会場に入ってやっぱり! と思ったのだ。ほんの微かな香りなので、もちろん鼻に付く程ではない。個人的には、私は海苔が大好きである。夫が佐賀県出身ということもあって、特に海苔にはうるさく、わが家の食卓には有明海苔がよく並ぶ。夫曰く「海苔は香りが命」である。


展示風景 TIERS GALLERY[撮影:太田拓実]


食品を題材に使った実験的作品やプロダクトをごくたまに見るが、私の基本的な考えとしては、人間が食べられるものを食べずに別の用途に使うなんてもったいない! その食べ物があれば飢えた子どもたちを救えるのに……である。が、本展の解説には、「近年、気候変動による水温上昇や海流・生態系の変化により、十分な栄養を摂取できず色褪せて育つ海苔が大量に発生。食用に適さず買い手がつかないことから、その多くが焼却処分されています」とある。なるほど、廃棄される運命にある海苔を使ったのか。もし仮にその海苔が色褪せていても食用として問題がないのなら、買い手がつくようにおいしい食べ方の提案や新たなブランディングが必要だろう。しかし色褪せの原因は、本来、海苔に含まれるタンパク質などの成分が十分ではないためだという。栄養価も風味も落ちてしまったのでは、確かに食用には向きづらい。となると、この問題を周知させるのに印象的な作品にして発表するというのは、デザインのひとつの手法なのかもしれないと思えた。


展示風景 TIERS GALLERY[撮影:太田拓実]


荒川技研工業のワイヤーシステム、ARAKAWA GRIPを使い、海苔をまるで薄いシートのようにピンと円盤状に張ってつないだインスタレーションや、障子のように用いた照明は、これまでに見たことのない幻想的な風景をつくり出していた。薄いシートをよく見れば、確かに海苔のテクスチャーである。鼻を近づければ、潮の香りもする。本作品はミラノデザインウィーク2023で発表され、評価を受けた凱旋展示だという。海苔を見慣れた日本人でさえ驚きをもって見るのだから、海外の人からすればなおさらだろう。気候変動問題とともに、日本人の食文化も伝える最適なメタファーとなったに違いない。食用に向きづらい未利用海苔をプロダクトやインテリア向けの新素材として可能性を見出すというのは、今後の海苔産業の生き残りの道となるのかもしれない。その場合、海苔の香りをどうするのかが新たな問題として浮上しそうではある。


公式サイト:https://weplus.jp/work/less-light-local/

2023/06/23(金)(杉江あこ)

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