artscapeレビュー

デザインに関するレビュー/プレビュー

TDC DAY 2020

主催:東京タイプディレクターズクラブ

2020年4月にギンザ・グラフィック・ギャラリーで開催される予定だった企画展「TDC 2020」が、新型コロナウイルス感染拡大防止のため延期となった。しかし一方で、同時開催のデザインフォーラム「TDC DAY 2020」が無観客で実施され、YouTubeでライブ配信された。会場で講演した受賞者もいれば、自宅からビデオメッセージを寄せた海外受賞者もいる。アーカイブされたそのコンテンツが、現在もオフィシャルサイトで視聴できるようになっている。というわけで、本稿は「TDC DAY 2020」のレビューとしたい。

タイポグラフィーというと、長い間、文化の中心を担ってきたのは英語を中心とする西洋文字である。その西洋文字が生きるグラフィックデザインを、日本も手本としてきたことは間違いない。国際賞である「東京TDC賞」にもそんな正統的な流れがあるが、今回の受賞作品を観ると、さらに新しい流れが生まれていることを感じた。それは中国語を使った挑戦である。受賞12作品のうち、TDC賞2作品が中国からの作品だった。そのひとつ「Big, or Small」と題した作品は、中国語による西洋環境への“侵略”を表現した実験動画である。英語でつくられた広告物を題材に、Google翻訳でその英語を中国語に翻訳し変換したらどう映るのか。いくつものグラフィックデザインの文字が変換される瞬間を動画に編集し、英語と中国語が混じり合う奇妙で無秩序な世界をつくり上げた。もうひとつの作品「the benevolent enjoy mountains “任者乐山”」は、孔子の言葉である四つの漢字「任者乐山(仁徳のある者は山を楽しむ)」を1文字ずつ立体的に変形させ、雪山に見立ててポスターにした作品だ。それらはもはや文字として認識できないが、雪山という造形で意味を伝える。この作品をデザインしたチームは、これまでに中国語と英語とを同じような印象に見せるタイプフェイスの研究もしてきたという。なんと、前者の方法とは真逆の試みではないか。西洋が中心となって築き上げたモダンデザインがグローバル化するなかで、いま、中国は母国語のアイデンティティーを探ろうとしているときなのかもしれない。中国以上に複数の文字を母国語に持つ日本にとっても、この動きは決して他人事ではないはずだ。

さて、今回の受賞作品にはもうひとつの動きがあった。それは新テクノロジーの登場である。AI(人工知能)が既存の本を読み取り、そのなかから短い詩的な言葉を選び取り、Googleでイラストレーションを検索して装飾し、インターネット印刷を使って自動的に本を出版するという、驚くべきプロジェクト「The Library of Nonhuman Books」がRGB賞に選ばれた。また紙の上でペンを走らせるときの動きを滑らかなアニメーションにした、自動的に文字を作成するツール「Grammatography」も興味深かった。この作品の開発者が言うように、まさにカリグラフィーとタイポグラフィーの良さを併せ持った技術である。2020年代に入り、タイポグラフィーを取り巻く環境がますます進化している。よりグローバルな視点に立って、今後の動きにも注目したい。


公式サイト:https://tokyotypedirectorsclub.org

2020/05/05(火)(杉江あこ)

PANDAID

運営:NOSIGNER

新型コロナウイルス感染拡大防止に向けて、デザイナーはいったい何ができるのか。いま、多くのデザイナーがそんな思いに駆られているに違いない。2020年3月から4月にかけて、私はFacebookのタイムラインでデザイナーやデザイン関係者によるさまざまなアイデアの投稿を目にした。そのなかで多くの話題を呼んでいたのが、デザイナーの太刀川英輔が代表を務めるNOSIGNERが立ち上げたウェブサイト「PANDAID」である。

PANDAID」トップページ

最初に見た投稿は、「PANDAID」のコンテンツのひとつである「フェイスシールド」の動画だった。太刀川自身が中心となって開発したこれは、「A4クリアファイルを使って約30秒でつくれる」というのが最大の特徴で、A4クリアファイルに目をつけた点はさすがと言うべきである。まとめ買いをすれば1枚何十円という安価なので使い捨てしやすく、素材も透明度の高いPETやPP樹脂が多く使われているので適している。何よりA4原寸大の型紙をPDFでダウンロードでき、その型紙を印刷し、クリアファイルに挟み込んで、型紙の指示どおりにハサミを入れれば完成するというわかりやすさが魅力だ。参考までに市場に出回るフェイスシールドを見てみると、1枚数千円が平均価格だが、写真を見る限り、それらと比べても遜色がない。では、医療現場でこのA4クリアファイル製フェイスシールドを使えるのかという点については、私が知る医療従事者に聞いてみると、医薬品医療機器等法の範疇ではないため現場判断となるらしい。感染者の治療に当たる医師や看護師ならばもっと厳重なフェイスシールドが必要になるだろうが、それ以外の業務に当たる医療従事者であれば十分なのかもしれない。実際に医療従事者から好評を得ているという話も聞く。また小売店や飲食店、理美容店、介護施設など、不特定多数の人と接触しなければならない仕事に就く人たちにとっても、このフェイスシールドは役立つだろう。



「PANDAID」は、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の基本情報をはじめ、個人が実践できる衛生や体力維持の方法、また助成金情報やリモートワーク術、自宅での楽しみ方など、多岐にわたる情報がひとつのウェブサイトにまとめられている点が特徴だ。非営利で自主運営、誰でも編集に参加できる共同編集というスタイルを取っている。だからこそ意図せずともフェイクニュースを流してしまう危険性も伴うため、「科学的ファクトが示されている情報を集める」などの編集方針を示す。さらに「一般の方に科学的情報が魅力的に伝わる記事とデザインを実現する」とあり、この辺りのコントロールが腕の見せどころにもなっている。NOSIGNERといえば、東日本大震災後に災害時に有効な知識や情報を集めて共有するウェブサイト「OLIVE」を立ち上げ、注目を大いに集めた。その後、それは東京都が発行したハンドブック『東京防災』の編集にもつながった。「PANDAID」もその流れを汲んだ活動のようだが、しかし「OLIVE」の充実したコンテンツに比べると、「PANDAID」はまだ途上のように見える。今後のコンテンツ拡充に期待したい。


公式サイト:https://www.pandaid.jp

2020/05/04(月)(杉江あこ)

白 の中の白 展 白磁と詞という実験。

会期:2020/03/13~2020/07/05(※)

無印良品 銀座 6F ATELIER MUJI GINZA Gallery1[東京都]

※4月11日より臨時休館

本展は小規模ながら、白磁に焦点を当てたユニークな展覧会だ。白磁とは白い磁器。もともとは中国で誕生した青磁と白磁の歴史にもさらりと触れつつ、本展でハイライトとするのはバウハウスで発達したモダンデザインの白磁である。それについて本展では「白無地の価値を『発見する』」と表現している。主な展示品はティーポットとカップ&ソーサーで、白磁の素地と、お茶を淹れて飲むという機能は共通しながら、さまざまな形状や曲線の違いを見ることができた。例えばヴァルター・グロピウスがデザインしたティーポットとカップ&ソーサーには、どことなく建築的な佇まいを感じてしまう。

カジミール・マレーヴィチ、デザインのティーポット(1923) ©知識たかし

またロシア・アバンギャルドのひとつと言われる「シュプレマティズム」を宣言した芸術家、カジミール・マレーヴィチがデザインしたティーポットやカップも大変興味深い。代表作《White on White(白の上の白)》を彷彿とさせる形状で、まさに彼の世界観を表現していた。そして日本の白磁として取り上げられたのは柳宗理と森正洋の食器である。彼らは言うまでもなく、日本の食卓に白磁をもたらした代表的デザイナーだろう。本ギャラリーではモダンデザインを軸に企画展を開催していることから、本展でもいわゆる日本の産地に多くある、窯元や作家自身が形を考えてつくる白磁は登場しない。その点にやや物足りなさを覚えてしまうのは私だけか。

したがってモダンデザイン以前の白磁も登場しないのである。そもそも白磁(陶磁器)は6世紀の中国で誕生し、11世紀の宋時代に目覚ましい発展を遂げた。この時代に官窯(中国宮廷の窯)となった景徳鎮窯で染付を盛んに生産したことから、中国磁器=染付のイメージが広まるが、実は青磁を得意とする窯、白磁を得意とする窯などさまざまな窯が誕生した。この中国磁器に大きく影響を受けたのが、日本初の磁器産地となった有田だ。有田でも染付を多く生産し、のちに色絵も誕生するのだが、やはり青磁や白磁も生産していた。一方で15〜16世紀の李氏朝鮮では、染付の原料である呉須が産出されなかったことなどから、生産されたのは主に白磁だった。いわゆる「李朝白磁」である。これが東洋における白磁の大きな流れだ。

とはいえ、白磁に対する解釈はさまざまだ。むしろ本展で白磁を際立たせていたのは、タイトルにもあるとおり「詞」である。展示室の外壁には、日本の前衛詩人、北園克衛が残したコンクリートポエトリー《単調な空間》が印象的に用いられていた。モダンデザインの白磁に対する、この解釈はなかなか新鮮だった。

展示風景 ATELIER MUJI GINZA Gallery1 ©ATELIER MUJI GINZA 2020

北園克衛『煙の直線』(國文社、1959) ©ATELIER MUJI GINZA 2020


公式サイト:https://atelier.muji.com/jp/exhibition/680/

2020/04/06(月)(杉江あこ)

安西洋之『「メイド・イン・イタリー」はなぜ強いのか?──世界を魅了する〈意味〉の戦略的デザイン』

発行所:晶文社
発行日:2020/02/25

本書は、イタリアが得意とするビジネス戦略を解き明かした一冊である。メイド・イン・イタリー、つまりイタリアの製品(主にファッション、食品、インテリアデザイン、自動機械)が、世界市場で存在感を発揮しているという事実に対し、著者は二つのキーワードを提示する。それは「意味のイノベーション」と「アルティジャナーレ」だ。両方とも聞き慣れない言葉かもしれない。前者は「モノやサービスがもたらす意味を変えること」で、必需性や利便性、機能性とは関係なく、言うならばユーザーが熱烈に愛してやまないモノやサービスを開発することである。後者は「職人的」を意味するイタリア語だ。この二つを得意としながら、イタリアの企業は「狭く深い」市場を開拓する。それは大量生産を基本とする米国や中国、ドイツなどの企業や産業とは対極的な手法である。

イタリアの紳士服をはじめ、スパークリングワイン「プロセッコ」、スローフード運動、ショパンピアノコンクールで公式ピアノの一社に採用されたというピアノ、ノートブランド「モレスキン」、イタリア北部の都市レッジョ・エミリアが行なう先進的な幼児教育など、本書で紹介するメイド・イン・イタリーの事例は幅広い。結局、ユーザーが熱烈に愛してやまないモノやサービスをつくるには、その開発者自身がまず欲しいと思うかどうかが問われる。自分が愛せないものを他人が愛せるのかという原点に行き着くわけだ。その点でイタリア人は「好き」「美しい」「おいしい」といった審美眼に長けているだけでなく、それを主張することをいとわないため、意味のイノベーションを実現しやすい。アルティジャナーレを重視する点と合わせ、実に人間的なビジネス戦略だと実感する。日本の企業がもっと積極的に学ぶべき点は、この意味のイノベーションだろう。本書ではその具体的な手法も説き明かされているので参考にしたい。

いま、イタリアと言えば、新型コロナウィルス感染者が世界でもっとも多い国のひとつとしても動向に関心が集まっている。そんなタイミングで出版された本書は、やや不運にも思えるが、一方でこのコロナ禍で見えてきたのは、イタリア人の文化や習慣、人間性だ。例えば三世帯同居率の高さや、身内や親しい人同士でのハグやキスの多さは、真偽のほどはわからないが、感染を広げた原因としても指摘された。しかしどんな苦境に陥っても、窓やバルコニーから身を乗り出して、皆で歌を歌い励まし合う姿を捉えた映像には心を打たれた。いずれもイタリア人の人間性を物語る一面ではないか。本書を読んで驚いたのは、イタリア人経営者のひとりが「ルネサンスの偉大なアーティストたちのDNAを引き継いでいる」と発言していること。どうやらイタリア人の多くにこうした自負があるようだ。この誇り高さにはまいった。

2020/03/27(金)(杉江あこ)

北澤美術館所蔵 ルネ・ラリック アール・デコのガラス モダン・エレガンスの美

会期:2020/02/01~2020/04/07(※)

東京都庭園美術館[東京都]

※2月29日〜3月31日は臨時休館(3月16日現在。最新の状況は公式サイトをご参照ください)

フランスは装飾美術に長けた国である。その根底にあるのが「ラール・ド・ヴィーヴル(生活の芸術)」という思想だ(「アール・ド・ヴィーヴル」という読み方もある)。つまり生活のなかに自分が好きなものや心惹かれるものを取り入れて、人生を豊かにしたいと考える人がフランスには多いのである。その出発点のひとつとも言えるのが、1925年に開かれた「パリ万国博覧会(アール・デコ博覧会)」だろう。同博覧会のメイン会場にガラスの噴水塔を製作し、注目を大いに集めたのがルネ・ラリックである。以後、ラリックはアール・デコを代表するガラス工芸家として君臨した。いつの世も、技術革新によって産業が発達する。ガラスは型吹きやプレス成型などを用いれば加工が容易で、量産に適する。しかも独特の透明感と輝きを持つため、ラリックは貴石に代わる新素材としてガラスに着目した。それまでジュエリー作家として培った経験と審美眼を存分に発揮することで、ガラス工芸で成功を収めたのである。

本展はラリックのガラス工芸品の全容を紹介する展覧会だ。何しろ、会場の東京都庭園美術館は旧朝香宮邸である。同邸宅は世界的にも貴重なアール・デコ建築で、正面玄関ガラスレリーフ扉はラリックの作品としても知られている。香水瓶をはじめ、食器や花瓶、ランプ、化粧道具、アクセサリー、印章、カーマスコットなど、ラリックはありとあらゆる生活道具を魅力的なガラス工芸品に変えた。その数は4300種類にも及ぶ。例えば欧州では1920年代以降に一般女性の間にも化粧の習慣が広がったのだが、そもそも貴婦人だけの習慣だった化粧道具には、金銀などの高級素材を使った装飾が施されていた。ラリックはそこにガラス細工を施し、同じような贅沢を一般女性にも提供したのである。特に女性は化粧をする行為自体に喜びやときめきが伴う。装飾美術にはそれをより一層高める役割があるとラリックは認識していたのだ。もちろんそれは商品の売れ行きにも直結する。

旧朝香宮邸正面玄関ガラスレリーフ扉(部分)1933、東京都庭園美術館蔵

日本には昔から工芸品には「用の美」という概念があるが、用の美と装飾美術とは、美の意味が異なる。前者はどちらかと言うと機能美や素朴な美を指し、暮らしに寄り添うものであるが、後者は詳細につくり込まれた美を指し、生活に彩りや刺激を与えるもののような気がする。アール・デコ博覧会以降、フランスでは装飾美術が「ラール・ド・ヴィーヴル」の下地となっていったのだろう。その後、欧州ではファインアートが発達し、近年はむしろ用をなさないものこそ芸術価値が高くなる現象が起きている。したがって装飾美術からファインアートへ、「ラール・ド・ヴィーヴル」の価値観も移行したのかもしれないが、その点ははっきりとはわからない。しかしラリックが残したガラス工芸品を見ていると、その境界すらも薄らいでいく。約1世紀前、フランスには優れた装飾美術に彩られた生活文化が確かにあった。

香水瓶《牧神のくちづけ》モリナール社、1928(右から3番目)ほか香水瓶各種 北澤美術館蔵[撮影:清水哲郎]


公式サイト:https://www.teien-art-museum.ne.jp/exhibition/200201-0407_lalique.html

2020/02/28(金)(杉江あこ)

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