2018年01月15日号
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artscapeレビュー

2015年10月15日号のレビュー/プレビュー

増山たづ子「ミナシマイのあとに」

会期:2015/08/26~2015/09/27

photographers’ gallery[東京都]

2013年10月~14年7月にIZU PHOTO MUSEUMで開催された増山たづ子の「すべて写真になる日まで」展は、記憶に残る展覧会だった。巨大ダム建設で水底に沈むことになった岐阜県徳山村を、1977年から「ピッカリコニカ」で撮り始めた増山は、村が「ミナシマイ(終わり)」になった87年以降も撮影を続け、10万カット、500冊以上のアルバムを残した。IZU PHOTO MUSEUMでの展示は、2006年に亡くなった増山の遺品を管理する「増山たづ子の遺志を継ぐ館」の協力でおこなわれたもので、写真による記録の原点を提示するものとなった。
今回のphotographers’ galleryでの「ミナシマイのあとに」展は、その続編というべきもので、サービスサイズ~キャビネ判のプリントと増山の言葉がセットになって並んでいた。「イチコベエのおばあさん」を撮影した写真(1978年)に付された「『写真は後まで残るで』と身なりをととのえて正面を向いて下さった」といったキャプションを読むと、撮り手と被写体とが顔なじみであること、自分の生まれ育った村の地勢を熟知していることの強みが、写真にいきいきとした魅力を付与していることがよくわかる。
だが、今回の展示でより強い感銘を受けたのは、隣室のKULA PHOTO GALLERYで上映されていた映像作品の方だった。増山自身が録音した村民の歌をバックに、「ミナシマイのあと」に撮影された写真があらわれては消えていくスライドショーである。家々が取り壊され、家財道具が燃やされていく映像を見ながら、しきりに思い出していたのは、東日本大震災直後の被災地の光景だった。むろん開発と自然災害の違いはあるのだが、その眺めがあまりにも似通っていることに胸を突かれたのだ。増山の写真は決して過去の遺産ではない。それは震災以降、より生々しさを増しているのではないだろうか。

2015/09/01(火)(飯沢耕太郎)

Unknown VOID 箕輪亜希子

会期:2015/08/28~2015/09/13

void+[東京都]

大きいほうの部屋には、中央に直径15センチくらいの石が鎮座し、周囲の壁や窓には、その石を草むらや水たまりや建物の脇などに置いて撮った写真が立てかけられている。なんか70年代のコンセプチュアル・アートを思い出すなあ。でも空気がぜんぜん違う。小さいほうのスペースには部屋いっぱいに大きなテーブルが置かれ、その上に小石、ボルト、ガラスの破片、カブトムシの死骸、花火のカス、小枝、タバコの空箱などを並べ、奥の壁のスクリーンにそれらが日常風景のなかにある状態を次々と映し出している。一見、静止画のように見えるが、風に揺れたり音が聞こえたりするので動画であることがわかる。かつてのようなコンセプトのゴリ押しではなく、むしろコンセプチュアリズムが排除したはずの叙情性が感じられ、さわやかな気分になる。

2015/09/01(火)(村田真)

磯崎新《北九州市立中央図書館》ほか

[福岡県]

久しぶりに小倉駅の周辺を歩く。《リバーウォーク北九州》、鉄筋コンクリートの小倉城、文学館の棟でピーターラビット展が開催されていた磯崎新の《北九州市立中央図書館》など、コンパクトなエリアに多彩な建築が集まっている。なお、日本はかなり早い時期から『ピーターラビット』を紹介していた国だったが、著作権保持者とちゃんと契約して、翻訳を出したのは相当後だった。

写真:上=《リバーウォーク北九州》、中・下=《北九州市立中央図書館》

2015/09/01(火)(五十嵐太郎)

宮本忠長《松本清張記念館》

[福岡県]

竣工:1998年

宮本忠長が設計した《松本清張記念館》は、シブい建築だった。文学館は美術館に比べて、どうしても展示が地味になりがちだが、その内部吹抜けにおいて、書斎や書庫込みで松本清張の自邸を二階建てで再現した巨大な展示は迫力があった。

2015/09/01(火)(五十嵐太郎)

インサイド・ヘッド

ピクサーの『インサイド・ヘッド』を見る。もっと単純なお話と思いきや、想像以上に深く、複雑な感情の仕組みと成長を描いた物語だった。特にカナシミの存在価値や記憶やアイデンティティの意味は、へたな脚本の実写映画よりはるかに出来がよい。アニメにおける視覚映像の実験な試みもあって楽しめる。

2015/09/01(火)(五十嵐太郎)

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