artscapeレビュー

2019年12月15日号のレビュー/プレビュー

ミナ ペルホネン/皆川明 つづく

会期:2019/11/16~2020/2/16

東京都現代美術館 企画展示室3F[東京都]

すべてオリジナルデザインの生地で洋服づくりをする、独自のスタンスを貫くミナ ペルホネン。セールを決して行なわず、手頃な価格とは言い難いのだが、根強いファンが多くいるのも事実だ。おそらく彼らはそのかわいらしい洋服の世界観はもちろん、丁寧なものづくりに惹かれてファンとなっているのではないか。丁寧な暮らしに憧れて実践している人ほど、ミナ ペルホネンのファンとなる傾向があるように思う。

2020年にブランド設立から25周年を迎えるミナ ペルホネンの展覧会が開催中だ。同デザイナーの皆川明は「せめて100年続くブランドに」という思いで始めたというから、ちょうど四半世紀の区切りを迎える。本展のタイトル「つづく」にもその継続性への思いが込められているほか、人やもの、アイデアなどがつながる、連なる、循環するといった意味も込められているという。丁寧であり、さらにサスティナブルなのだ。そうしたミナ ペルホネンのものづくりの姿勢と時代の空気とが、現在、ちょうど合致したかのように思える。だからこそ洋服だけに留まらないライフスタイルブランドへと成長したのだ。

本展の展示構成を手がけたのは、いま注目の建築家である田根剛。八つからなる各章の名称もユニークで、「実」「森」「風」「芽」とすべて自然界に喩えられている。最初の章「実」では代表的な生地「タンバリン」に焦点を当て、その模様を成すひとつのドットに使われている糸の長さや、刺繍にかかる所要時間など、生産にまつわるさまざまな数字が明示される。と思ったら、次の章「森」では約25年間つくり続けてきた洋服400着以上が、楕円空間の壁面を埋め尽くすように展示されている。1章ごとの展示にメリハリがあり、鑑賞者を飽きさせない。そのなかでももっとも見応えがあったのは、ミナ ペルホネンの哲学やアイデア、生産現場を紹介する「種」の章で、ものづくりの出発点や裏側を知れる貴重な展示だった。

展示風景 東京都現代美術館 企画展示室3F「実」[撮影:吉次史成]

展示風景 東京都現代美術館 企画展示室3F「森」[撮影:吉次史成]

また、ミナ ペルホネンの真の価値を知れたのは「土」の章である。個人が所有する洋服15点が所有者自身のエピソードとともに紹介されていて、その一つひとつの文章が実に心に沁みた。人生の節目や家族との関わりなど、どれもありふれたエピソードではあるのだが、所有者にとって大切な思い出や記憶であることがヒシと伝わってくる。やはり彼らは丁寧な暮らしを送り、素敵な人生を過ごしている人たちだった。約25年間かけて、ミナ ペルホネンは良質なファンをも育てたのである。

展示風景 東京都現代美術館 企画展示室3F「土」[撮影:吉次史成]


公式サイト:https://mina-tsuzuku.jp

2019/11/15(金)(杉江あこ)

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退職記念展 母袋俊也 浮かぶ像─絵画の位置

会期:2019/10/30~2019/11/30

東京造形大学附属美術館+ZOKEIギャラリー+CSギャラリーなど[東京都]

1954年生まれの母袋は、世代的には80年代作家ということになるだろうが、ニューペインティングやらニューウェイブやら次々と登場した80年代の喧噪とは無縁の地平で、1人(孤軍奮闘と言っていい)独自の絵画を厳密とも言える態度で模索してきた画家だ。

80年代にドイツに留学し、キリスト教の精神性や彼が「フォーマート」と呼ぶ絵画形式を研究。帰国後、複数パネルを連結させた絵画を制作し始める。これには中心を持たない偶数枚パネルの「TA」系(アトリエのあった立川のイニシアル)をはじめ、縦長パネルの「バーティカル」、「TA」とは違い中心性を有する奇数枚パネルの「奇数連結」などのシリーズがあり、余白とタッチを生かした風景やキリスト教モチーフが描かれる。ここからさらに、風景を矩形の枠で切り取るための窓を有する「絵画のための見晴らし小屋」へと飛躍。これは母袋には珍しく屋外に展示する作品、というより、風景を見るための装置だ。

世紀の変わるころから、これらに正方形フォーマートの「Qf」系が加わり、豊かな色彩と筆触によるうねるような形態が現われる。よく見ると、キリスト像や印を結んだ手が認められるが、これはルブリョーフのイコンと阿弥陀如来像から引用したイメージだそうだ。この「Qf」絵画は、正方形の像が向こう側の「精神だけの世界」から、こちら側の「現実の世界」に押し寄せてくるものと考え、それを実体化して「Qfキューブ」という立方体の箱に行きついた。きわめて論理的に展開しつつ、精神性も重視している。ほかにも、同一サイズの画面にさまざまな空の表情を描いた「Himmel Bild」のシリーズがあるが、これらはすべてフォーマートと描かれる内容が連動しているだけでなく、シリーズ同士が相互に関係しながら並行的に制作されているという。

こうして見ると、母袋がドイツで学んだ絵画形式やキリスト教の精神性と、日本の風景や仏教美術などの相容れがたい要素を、長い時間をかけて把捉し、撹拌し、融合させ、作品に昇華させてきたことがわかる。それだけでなく、たとえば「Qf」系の作品では、パネルの側面を角皿のように削ったものがあり、これは母袋によると「物理的な絵画の厚みと『像』の厚みを切り離して認識すること(『像』の膜状性)を導くための試み」(解説より)とのこと。作品の見方・見え方にも周到な配慮が施されているのだ。母袋がいかに独自の絵画体系を築こうとしてきたかが理解できるだろう。

今回はこれらの主要作品だけでなく、膨大なプランドローイングをはじめ、映像、論文、これまでの個展のパンフレットまで公開している。系列ごとに整理された展示や、懇切丁寧な作品解説、保存状態のいいドローイングなどを見ると、作者の律儀で厳格な性格がわかろうというものだ。これまで断片的に作品は見てきたものの、本展でようやく母袋の全体像がおぼろげに浮かび上がってきた。

2019/11/18(月)(村田真)

はなもとゆか×マツキモエ『VENUS』

会期:2019/11/21~2019/11/23

京都芸術センター[京都府]

ポップでキャッチーな世界に潜ませた毒と批判精神が持ち味のダンスデュオ、はなもとゆか×マツキモエ。平塚らいてうのスローガン「元始女性は太陽であった。」に続き、「しゃもじをラケットに」と謳うコピーが付けられた本作では、「約1時間の上演時間中、安室奈美恵の楽曲が流れ続ける」という過剰な多幸感に満ちた世界で、ピンポン球=卵すなわち生殖や世間的圧力のメタファーが飛び交うなか、「ラケットで球を打ち返す」脅迫的な身振りの反復、男女間の支配や依存の関係、そして自立への意志が紡がれていく。



撮影:前谷開


本作を特徴づけるのは、歌詞やモノローグとして声に出されるものと、身体的な位相との落差だ。ひたむきな恋愛の純粋さ、ポジティブさに溢れた安室奈美恵の歌詞。恋バナや合コンでの出来事を語る、はなもとのモノローグ。その一方で、支配と依存、暴力といった男女間の力関係が、支配/被支配の関係性や主導権を流動的に入れ替えながら、短いシークエンスの連なりとして活写されていく。例えば、序盤と中盤で反復される、腹ばいで進む男の背に馬乗りでまたがる支配者としての女。一方、別のシーンでは、女の身体は2人の男に物体のように引きずり回され、仰向けに横たわった顔の上にはピンポン球が容赦なく落とされ続け、女性の身体に加えられる暴力を暗示する。男女が身体の一部を次々と接触させながら絡み合うシーンは、コンタクトによるダンスムーブメントと激しいセックスの境界を融解させていく。そこでは相手に馬乗りになる側が絶えず入れ替わり、支配/被支配の流動性を示すとともに、組み敷かれた側の者がコンタクトによって相手の動きをコントロールしている可能性もあるのだ。



撮影:前谷開


また、舞台上ではしばしば、生殖のメタファーとしての「卵」およびその相似物としてのピンポン球が飛び交うのだが、ラケットの素振りを反復する身振りは、見えない球を打ち返す、つまり見えないプレッシャーをはね返し続ける脅迫衝動を暗示する。あるいは、それぞれの長い髪の毛をひとつのお下げに編み込んだ男女は、文字通り一心同体となって足並み揃えたスキップで登場するが、依存/束縛から脱け出そうともがく女は、最終的に自分だけの髪の毛でお下げを編み直し、自立への意志を示す。

不気味なのは、これらの光景を、一段高い奥の壇上に身を置いて一見無関心を装いながら、実はコントロールしているような超越的な者の存在だ。ピンポン球=卵を容器から容器へと移し替え続け、何らかの秩序や選別を司るこの者は、ラストで大量のピンポン球=卵を舞台上にぶちまける。四方八方から飛んでくるその球=プレッシャーをはね返そうと素振りを続ける女たちは、相手が不在のまま、1人で戦う孤独なゲームにいつまで従事させられるのか。彼女たちのしんどさは、「延々と垂れ流されるアムロちゃんの曲が次第に暴力性を帯びてくる」体感のプロセスとして、観客にものしかかる。アップテンポの多幸感溢れるラブソングを聴かされ続けるしんどさ、「常に恋してキラキラしていないといけない」圧力をかけられ続ける暴力性に、観客もまた晒されるのだ。表面的なポップさとは裏腹に、身体を賭した切実な希求がここにはある。



撮影:前谷開


2019/11/21(木)(高嶋慈)

「みえないかかわり」イズマイル・バリー展

会期:2019/10/18~2020/01/13

メゾンエルメス8階フォーラム[東京都]

まず、映像をやっている奥の展示室へ。日にかざして真っ白に見える1枚の紙。その紙の裏側に指を置くと、そこだけ陰になり、群衆の像が見えてくる。紙を裏返して同じように指を置くと、今度はアラビア文字が浮かび上がる。裏表に画像と文字をプリントした紙を日にかざしただけの映像だが、ひとつのものでも見る角度やなにかを介在させることで、まったく別のものが見えてくることを示唆している。

壁を見ると、山並みのような線が引かれ、その線上に細い針が何百本も刺してある。作品リストを見ると、素材は「ピン」とだけしか書いていない。よく見たら、線を引いているのではなく、壁に刺した針の影の先にまた針を刺して、その影の先にまた針を刺して……を繰り返すことで山並みの線をつくっているのだ。つまり線は影だった。

大きい展示室には入れ子状にもう1つ部屋がつくられ、その内部にいくつかの作品を展示しているのだが、これが絶妙の効果を生み出している。その好例が、壁に小さな板を立てかけ、裏から光を当てた作品。まるで高松次郎の《光と影》のミニチュアだが、裏の壁にスリットを入れて向こう側の光を採り入れているのだ(壁の裏側に回ることができるので確かめられる)。ガラス張りのため日光がさんさんと降り注ぐこのギャラリーの、いささか使いづらい空間特性を生かした逆転の発想だ。

もう1点、気になったのは、台の上に細かい砂が敷かれ、その上にくっきりボールの転がった跡だけが残されている作品。ちょっとシャレててトリッキーでいけすかないなあと思ったが、帰りにエレベーターに乗ったら、ガラス越しにボールがぽつんと置かれているのを発見! オチをつけられたようで、愉快な気分になった。ちょっとした思いつきから発想された作品ばかりじゃないかと思うけど、どれも遊び心にあふれていて楽しめる。作者のイズマイル・バリーはチュニジア出身。

2019/11/23(土)(村田真)

第一回「山田幸司賞」授賞式

会期:2019/11/23

大同大学[愛知県]

10年前の2009年11月に不慮の事故で亡くなった名古屋の建築家、山田幸司(1969-2009)の名前を冠した第一回「山田幸司賞」の授賞式を、彼が勤めていた大同大学において開催した。彼は地方都市に拠点を構え、流行に迎合せず、いち早くCADを用いたディテールへの探求と、師‏・石井和紘が得意とするポストモダンと、ハイテクをアレンジしたデザインを武器にした建築家である。そこで筆者を含む建築系ラジオのメンバーが彼の功績を記念し、作品ではなく、人間に対して付与する賞を創設した。応募の文章から引用するならば、「この賞は、幅広い学歴や多様な経歴から未来を切り拓く建築人を応援するための賞です。つまり「山田風」のデザインを取り上げたいのではなく、彼の生き様と響きあう建築家に出会い、顕彰したいのです」。彼の存在がきっかけで始めたインターネットを活用する建築系ラジオの広告収入が残っていたことから、それを原資として立ち上げた。残額から計算すると、2年に一度開催し、5回は継続できる計算だ。

さて、賞の審査では、履歴書に大学院に落ちたことや事務所をクビになったことなど、通常はわざわざ触れない情報も、むしろ積極的に記されていたことが、山田賞の独特な性格を示していたように思う。議論の結果、倉敷で民家的な現代住宅や民家の再生などの設計のほか、地域のアート活動を支援する山口晋作が、第一回の山田賞に選ばれた。彼は土木を学んだ後、豊橋技術科学大学の大学院で建築を専攻し、建築史を研究してから、地元に戻った建築家である。かつて建築系ラジオのリスナーだったという。



山口晋作、倉敷建築工房山口晋作設計室(2008再生)




山口晋作、瀬戸内の現代擬洋風(2013新築)




山口晋作、茅葺き屋根の記憶(2012新築)


また本賞に加えて、海外旅行での屋台経験から仮設建築の可能性を探求する大阪の今村謙人も、特別賞として選ばれることになった。彼は新婚旅行を兼ねた世界一周旅行の途中、メキシコで自ら屋台を出したことがきっかけで、地元や日本の各地域で実験的な屋台を展開し、街づくりにも取り組んでいる。授賞式の後に行なわれた2人のレクチャーでは、やはりともにユニークな建築人であることが確認された。また建築系ラジオが大同大で行なっていたスーパークリティックも開催され、受賞者が学生の作品講評に参加した。


今村謙人、mini屋台



今村謙人、momonoマルシェ@泉北ニュータウン(©︎堀越)



今村謙人、おとずれリバーフェスタ@山口県長門湯本温泉(©︎fantas)

五十嵐太郎研究室 関連ページ:https://igarashi-lab.tumblr.com/post/山田幸司賞の結果

2019/11/23(土)(五十嵐太郎)

2019年12月15日号の
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