2020年06月01日号
次回6月15日更新予定

トークシリーズ:「Artwords」で読み解く現在形

[シリーズ4:“建築”の現在形]“1995”以降の都市・建築を俯瞰する

五十嵐太郎/藤村龍至/天内大樹2013年10月15日号

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5. 建築展の変容と軌跡

──1997年に注目された建築展として「海市」展★43と「ヴァーチュアルアーキテクチャー展」★44がありましたが。

天内──「海市」は同時代ではないのですけれども、やはりあの時の関心には、建築に複数の主体が絡むということがありました。つまり建築展というのが「海市」以前どのように行われたのかというのは分からないのですが、基本的には個人の署名があって、個人の作家としての建築家が自分の作品をずらっとならべるといったようなことが展示のあり方だったのだろうなと想像します。たまたま「海市」が終わった後、田中純さんに大学で授業を受けていた世代なのですが、複数の主体が絡む建築という雑多な対象をどのように展示という俎上に乗せられるのかということが問題意識だったと思います。その後さまざまなジャンルが絡んでくるというのは、建築を取り巻く人々の視野がだんだん広がってきた過程なのかと思っているんですね。ファッションが現れたり、他ジャンルといっても「船→建築──ル・コルビュジエがめざしたもの展」★45など全く別のデザインソースからコルビュジエを検討したりする展覧会もそうです。建築が建築家の作品としてあった時代ではなくて、考え方やネットワークの一つの焦点として建築が浮かび上がってくるかたちに人々の建築像が変わってきたのかなという気がします。これは極めて狭い視野からの意見です。

藤村──「海市」はICCのオープニング展でインターネットがテーマのひとつだったのと思いますが、インターネット以後の展示というのは大きく言って二つあると思います。ひとつがインスタレーションでもうひとつがインタラクティブです。建築家はもともとその両方に関わっていたのだと思いますが、わりとインスタレーションに行った人が多かったと思います。自分はどちらかというとインタラクションに興味があるのでインスタレーションのほうにアプローチできていないのですが、その二つの傾向の起点が「海市」だったのではないかと思います。
「ヴァーチュアルアーキテクチャー」展は「アンビルト」★46という意味も含まれていました。今はヴァーチャル、リアルというよりは深層と表層という形で棲み分ける形になったのではないでしょうか。

天内──あれはイメージとしての建築ということを主題にしたものだったと思うので、ある種、建築の人文学化みたいな方向がひとつあるという気がします。インタラクションとはやはり違うし、インスタレーションというほどのモノへの方向性もなく、イメージとして語るものですね。

藤村──やはり80年代の集大成のような展覧会だったのではないかという気がします。

天内──田中純★47さんはそれを続けている人だと思うので、必ずしも消えた流れではなく、ずっと伏流している流れだと思います。


海市展ポスター
『磯崎新の革命遊戯』(TOTO出版、1996)

五十嵐──ちなみに「海市」はどのくらい予算があったのでしょうか。海外からも多くの建築家が参加して、とにかくすごいお金があったなと感じるのですが(笑)、アーキテクチャーオブザイヤーの展覧会も建築学会で毎年企画して、各ゼネコンから協賛金を集めて、最後は1996年の『磯崎新の革命遊戯』★48でした。上の世代の人のはなしを聞くと、バブルの頃はすごい予算のある展覧会をやっていました。1991年にロンドンで開催した「ヴィジョンズ・オブ・ジャパン」★49も、磯崎新が関わり、伊東豊雄、石山修武★50、石井和紘★51らが参加しましたが、すごい贅沢な展覧会で、やはり90年代後半からは、あそこまでお金がないところから展覧会を組み立てないといけない。そこから始まっているのは切実に感じます。
 一方で建築の専門ギャラリーであるギャラリー・間やGAgallery★52は、時代が大きく変化している割には展示の方法も方針はあまり変わっておらず、よく言えば安定していますね。昔に比べると、時代を反映して個別の展示予算は下がっていると思いますが、同じスタイルでやり続けている。それぞれの建築家がセルフキュレーションでやるというスタイルも変わっていない。
 いわゆる公立の美術館などの大きなホワイトキューブでも、基本的に美術館には建築専門のキュレーターはいない。「スキン+ボーンズ展」★53もロサンゼルスから持ってきたものですし、国立新美術館から担当の学芸員はつくのですが、美術の専門なので外部から僕が手伝ったりしました。96年に都現美でやった「都市(LaVille)展」★54はポンピドーから来たものに東京の展示を加え、建築とアートが混ざっています。同じ美術館で鵜沢隆さんが監修したオリジナル企画の「未来都市の考古学展」★55もやはり96年ですが、本来は開催されるはずだった世界都市博に合わせて企画されたものでしょう。90年代の終わりに、「建築の20世紀展 : 終わりから始まりへ(The end of century)」★56という大きな、都現美をフルで使ったような20世紀の建築を振り返る大展覧会があって、あれは画期的だったと思います。しかし、基本的にはわれわれのコレクションではなくて海外から持ってきたものだし、森美術館の「アーキラボ──建築・都市・アートの新たな実験展 1950-2005」★57にしても、フランスのサントル地域現代芸術振興基金(FRAC Centre)のコレクションを活用しています。確かに画期的な展覧会なものだったとは思いますが、海外のコレクションに頼らざるを得ない。そういう意味ではメタボリズム展だとか、「丹下健三展」★58は日本の中で組み立てていったので、力作の展覧会だったと思います。また2013年に国立近現代建築資料館が誕生したことは、まだ小さい施設ながら、今後にとっては大きな意味を持つはずです。

──1995年頃から建築展が増えてきたわけですね?

五十嵐──1995年からというよりも、ゼロ年代に入り、インスタレーションを含む建築展が増えたように思います。国立近代美術館の「建築はどこにあるの?──7つのインスタレーション展」★59は、同館が企画した大きな建築展としては四半世紀ぶりぐらいでしょうか。フランクフルトの建築博物館から巡回した1986年の「近代の見直し ポストモダンの建築1960-1986展」★60以来です。僕がKPOキリンプラザ大阪で企画したアトリエ・ワン★61、宮本佳明★62、藤本壮介★63、遠藤秀平★64の展覧会も、空間を体験する大きなインスタレーションが入っています。
 キュレーターの保坂健二朗★65さんは、建築展はそれなりに動員数が見込めると言います。建築の学生はまじめだし、建築家は自分で作品や展示の管理をするのでキュレーターの手間もあまりかからない。もうひとつ、長谷川祐子★66さんのように、空間体感型の展示を企画するキュレーターもいます。金沢21世紀美術館のオープニング展なんかは完全にそれでした。僕はある意味ではエンターテイメントだと思いました。小難しいと思った現代美術が、新しいタイプのアミューズメント施設として「体験して楽しいんだと」いうのを積極的に見せている。藤村君が言ったインスタレーション型は、建築的な素養というのも入りやすいかもしれないですね。

天内──豊田市美術館学芸員の能勢陽子さんは以前に田川市美術館で川俣正★67のコールマインのプロジェクト★68を担当なさっていました。その経験から建築規模のものに関心を持ったのではないかと思われますが、建築と美術を架橋した川俣正の後しばらくそうした作家がいなかったと思います。最近インスタレーション型の建築家が出てきて、それは、建築と美術を架橋する第二のきっかけになるかもしれないですね。美術との架橋は建築にとって、発注や制作プロセスについてはあまり参考にならないと思いますが、形を決めたり、決めた形と人々がどう関係するか考えたりする上で、無駄ではないと思います。いわば建築側のトレーニング期間に見えるかもしれません。建築業界にとって造ることももちろん重要ですが、造った後も新たな見方や経験のあり方が生まれ続けると思います。街に対する経験を蓄積するというと、少し古い都市像を前提にしているかもしれませんが。美術の側は、むしろ発注や制作プロセスの部分を面白がっているので、これで芸術に対する考え方が変わっていくともっと会員制クラブみたいなものから自由になれると期待しています。


スキン&ボーンズ展ポスター
未来都市の考古学展(東京都現代美術館)ポスター


建築の20世紀展関連図書(訳=東京大学大学院建築史研究室、デルファイ研究所、1999
アーキラボ展ボスター


建築はどこにあるの?──7つのインスタレーションポスター
コールマイン田川:川俣正「coalmine tagawa plan」1997、鉄、61×28×29cm 写真提供=アートフロントギャラリー

──藤村さんが企画した「CITY2.0展」★69は、現在の都市の変容が整理されていないという問題意識からでしょうか?

藤村──情報化について正面切って取り組んでみたいと思っていたことと、インスタレーションというよりインタラクションのほうの展覧会をやろうと思いました。磯崎新さん、カオス*ラウンジ★70、名和晃平★71さん、泉太郎★72さん、日建設計さんなどいろいろな人に出展して頂きましたが、いずれもインタラクションをテーマにして頂きました。自分としては手応えがあったのですが、今のインスタレーション型の展覧会の流れからすると五十嵐さんには「説明読まないと分からないからダメだ、本にした方がいい」と言われて(笑)、「疲れる」展覧会になってしまっていました。
 それ以降インスタレーションが自分にとっての課題だったのですが(笑)、青森県立美術館の「超群島─ライト・オブ・サイレンス展」★73は会場も広かったので比較的うまくいったのではないかと思います。都心の狭いギャラリーで高密度に作っていこうとするとどうしても説明型になってしまうのですが、青森県立美術館では空間が広いのでのびのびできました。見ていただいた人からも「東京で見たときより全然面白かった」と言っていただきました。

天内──都市像を提示するというよりは、都市へのアプローチの仕方を提示したかった?

藤村──都市設計というものはこうやってやるべきだ、という設計論が多かったです。

天内──Google翻訳を繰り返すみたいなものですね。

藤村──そうです。Google的なものや、集合知、SNS的なものを直接テーマにするという展示がなかなかなかった印象があります。


CITY2.0チラシ
超群島──ライト・オブ・サイレンス展チラシ

★43──1997.4.19-7.13 NTTインターコミュニケーション・センターで開催された、磯崎新監修による「都市のプランニングとメタ・プランニングをめぐる実験の試み」(田中純)。
★44──「バーチャルアーキテクチャー──建築における『可能と不可能の差』」として東大総合博物館で開催。建築家南泰裕はこの展覧会について、[ヴァーチュアルという用語が二つの意味に分類され、「幻の建築」として青木淳や入江経一などが、「コンピュータに関わりのある建築」としてザエラ・ポロや伊東豊雄などがプロジェクトの出展を行なった]評している(南泰裕「連続と切断の言語風景──1990年代の都市と建築をめぐって」『10+1』No.19)。「Artwords」内の、「ヴァーチュアル・アーキテクチャー」の項も参照。
★45──2010.12.04〜2011.04.03 日本郵船歴史博物館で開催。2011年2月15日号のartscapeに、五十嵐太郎がレビューを寄せている。http://artscape.jp/report/review/1229370_1735.html
★46──「Artwords」内、アンビルトを参照。
★47──たなか・じゅん、1960- 東京大学大学院総合文化研究科教授。専門は思想史、表象文化論。著書に『アビ・ヴァールブルク──記憶の迷宮』(青土社、2001)、『都市の詩学』(東大出版会、2007)、『政治の美学』(東大出版会、2008)など。
★48──1996.11.26〜12.3池袋メトロポリタンプラザで開催された、「アーキテクチュア・オブ・ザ・イヤー」〈カメラ・オブスキュラあるいは革命の建築博物館〉の、磯崎新監修による展覧会。同名のカタログがTOTO出版より刊行されている。
★49──1991.9.17〜1992.5.1 ヴィクトリア&アルバート博物館にて開催された展覧会。
★50──いしやま・おさむ:1944- 建築家。早稲田大学理工学部教授。作品に〈幻庵〉、〈伊豆の長八美術館〉、〈リアスアーク美術館〉、〈世田谷村〉など。著書に『バラック浄土』(相模書房、1982年)、「秋葉原」感覚で住宅を考える』』(晶文社、1984)など。
★51──いしい・かずひろ:1944- 建築家。作品に直島町の保育園、幼稚園、小学校、中学校体育館・武道館、直島町役場など。
★52──建築書の出版社GAが経営する、渋谷区千駄ヶ谷の建築専門のギャラリーと洋書店。国内外の建築家の展覧会を定期的に開催。
★53──Skin + Bones: Parallel Practices in Fashion and Architecture 2007.6.6-8.13 六本木の国立新美術館で開催。ロサンゼルス現代美術館(MOCA)で開催されたものを日本向けにアレンジ。五十嵐太郎がカタログを監修。
★54──1994年、パリ・ポンビドゥーセンターとバルセロナ・現代文化センターで開催された展覧会。
★55──1996.7.24.〜1996.9.16 東京都現代美術館で開催。建築家鵜沢隆の監修により、ルネサンスから現代までの実現されなかった都市プロジェクトを展示。
★56──1998.7.10-1998.9.6 東京都現代美術館で開催。
★57──2004.12.21〜2005.3.13 森美術館にて開催。
★58──2013.7.20〜9.23 香川県立ミュージアムにて開催。
★59──2010.4.29-8.8 東京国立近代美術館にて開催。
★60──1986.9.6〜10.19 東京国立近代美術館にて開催。
★61──Atelier Bow-Wow:1992年に塚本由晴。貝島桃代によって設立された建築家ユニット。作品に〈ハスネ・ワールド・アパートメント〉〈アニ・ハウス〉、〈ミニ・ハウス〉など。設計活動との他に、都市のフィールドワーク哉リサーチなども行なう。著書に『メイド・イン・トーキョー』(鹿島出版会、2001)、『ペット・アーキテクチャー・ガイドブック』(ワールド・フォトプレス、200年)など。
★62──みやもと・かつひろ:1961- 建築家。宮本佳明建築設計事務所代表。大阪市立大学工学部建築学科・大学院工学研究科・都市研究プラザ教授。作品に〈ゼンカイハウス〉など。著書に『環境ノイズを読み、風景をつくる。』(彰国社、2007)。
★63──ふじもと・そうすけ:1971- 建築家。藤本壮介建築設計事務所主宰。東京大学特任准教授。作品に〈伊達の援護寮〉、〈情緒障害児短期治療施設〉、〈武蔵野美術大学図書館〉など。著書に『原初的な未来の建築』(INAX出版、2008)。
★64──えんどう・しゅうへい:1960- 建築家。神戸大学大学院教授。遠藤秀平建築研究所主宰。作品に〈Growtecture S〉、〈ひょうご環境体験館〉、〈オーラッシュ奈良店〉など。
★65──ほさか・けんじろう:1976- 東京国立近代美術館主任研究員。企画した展覧会に「建築がうまれるとき──ペーター・メルクリと青木淳」「現代美術への視点6 エモーショナル・ドローイング」など。
★66──はせがわ ゆうこ:1957 - 東京都現代美術館チーフキュレーター、多摩美術大学美術学部芸術学科教授。水戸芸術館、世田谷美術館、金沢21世紀美術館などを経て現職。キュレータとして、イスタンブール・ビエンナーレ、2002年、上海ビエンナーレ、〈犬島家プロジェクト〉、〈アートと音楽──新たな共感覚をもとめて〉(坂本龍一共同企画)など多数企画・ディレクション。
★67──かわまた・ただし:1953年- 美術家・造形作家。フランス国立高等美術学校教授。「ワーク・イン・プログレス」と呼ばれる制作スタイルによってプロジェクトを組み現地で作品を制作。作品に〈コールマイン田川(福岡県田川市)〉、〈ワーク・イン・プログレス豊田(愛知県豊田市美術館)〉等。「Artwords」内の、ワーク・イン・プログレスを参照。
★68──1996年に始まった川俣正正のアートブロジェクト。かつて炭鉱の町として賑やかだった田川市から無償で借り受けた土地に、10年かけて50の塔を建てるというもの。
★69──2010.9.18〜10.24「CITY2.0──WEB世代の都市進化論」として表参道EYE OF GYREにて開催。
★70──カオス*ラウンジ (CHAOS*LOUNGE)は、梅沢和木、黒瀬陽平、藤城嘘をメンバーとする現代美術ユニット。
★71──なわ・こうへい:1975- 現代美術家。2003年キリンアートアワード2003奨励賞受賞。2010年第14回アジアン・アート・ビエンナーレ・バングラデシュ2010最優秀賞受賞。2011年東京都現代美術館で個展「名和晃平—シンセシス」開催。ビーズ、プリズム、ガラス、発泡ポリウレタン、シリコーンオイルなどの素材を用いて、作品を制作
★72──いずみ・たろう:1976- 美術家・映像作家。個展=「さわれない山びこのながめ」、「こねる」など。Art itに藤村龍至によるインタビュー「泉太郎 コントロールできるもの/できないもの」が公開されている。
★73──2010.9.18〜10.24「CITY2.0──WEB世代の都市進化論」として表参道、表参道EYE OF GYREにて開催。

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五十嵐太郎

1967年生まれ。東北大学教授。建築史、建築批評。著書=『終わりの建築/始まりの建築』『新宗教と巨大建築』『戦争と建築』『過防備都市』『現代...

藤村龍至

1976年東京生まれ。建築家。東洋大学理工学部建築学科専任講師。藤村龍至建築設計事務所代表。作品=《BUILDING K》《東京郊外の家》《...

天内大樹

1980年生まれ。美学芸術学/建築思想史。東京理科大学ポストドクトラル研究員。共著=『ディスポジション』『建築・都市ブックガイド21世紀』ほ...

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