artscapeレビュー

ブルス・ド・コメルス、ポンピドゥー・センター

2023年09月01日号

[フランス、パリ]

安藤忠雄のリノベーションによって現代美術館として再生された《ブルス・ド・コメルス》(2021)は、外観の古典主義はいじらず、内部の空間において新旧の対比を巧みに演出し、長く残りそうな魅力的な建築である。実業家の資本と外国人の建築家の力を生かして、パリに新しい名所が誕生した。



《ブルス・ド・コメルス》模型




安藤忠雄によるリノベーション


ピノー・コレクションを基にした「嵐の前に」展は、不安定な世界と環境を踏まえ、ピエール・ユイグ、アニカ・イー、サイ・トゥオンブリー、ディアナ・テイターなど、15組のアーティストによる作品が全館にわたって展開し、興味深い。特にタシタ・ディーンが黒板にチョークで繊細に描いた、巨大な風景のドローイング群(題材は氷河や日本の桜)や、イシャム・ベラダによる新しい生態系の水族館を眺めるようなパノラマ的な映像は印象的だった。なお、地下の講堂では、フェミニスト・アートの先駆けとなったジュディ・シカゴによる女性と煙をテーマとする一連のパフォーマンスの映像を上映していた。



タシタ・ディーンのドローイング群



イシャム・ベラダによる映像作品


ポンピドゥー・センターの「オーバー・ザ・レインボー」展は、タイトルから想像されるように、19世紀後半からの視覚文化におけるLGBTQIA+の表現をたどるものだ。まず冒頭に大きな年表が掲げられ、1868年にハンガリーのジャーナリスト、カール=マリア・ケートベニーが、造語として「ホモセクシャル」と「ヘテロセクシャル」を生みだしたことから始まり、重要な書籍、政治や運動、エイズなどの社会問題といったトピックを記述し、アートの外側からの俯瞰図を提示する。



「オーバー・ザ・レインボー」展、導入部の巨大年表


そして20世紀初頭のパリのレスビアンのコミュニティ、オスカー・ワイルド、ジャン・コクトー、マルセル・デュシャンの《泉》、近代のヌード写真、性転換した画家のリリー・エルベと官能的な絵を描いた妻のゲルダ・ヴィーグナー、ピエール・モリニエ、ジャン・ジュネ、レザーとゲイのイメージを刷り込むケネス・アンガーの映画『スコピオ・ライジング』(1963)、ロバート・メイプルソープやジャン=バティスト・キャレの写真、クィアのためのトイレのピクトグラムの提案などが続く。



ジャン=バティスト・キャレの写真



クィアのためのトイレのピクトグラムの提案


おそらく、今後もっと大規模な展覧会も可能なテーマである。だが、公立美術館の企画展に関連するイベントにドラァグクイーンが参加するだけで炎上する日本において、こうした展覧会はいつ開催できるのだろうか。




「嵐の前に」展(ブルス・ド・コメルス):https://www.pinaultcollection.com/en/boursedecommerce/avant-lorage
「オーバー・ザ・レインボー」展(ポンピドゥー・センター):https://www.centrepompidou.fr/en/program/calendar/event/1dHa3YK

2023/08/09(水)(五十嵐太郎)

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