artscapeレビュー

飯沢耕太郎のレビュー/プレビュー

上原沙也加「眠る木」

会期:2022/12/13~2022/12/26

ニコンサロン[東京都]

2020年に「The Others」で第36回東川賞新人作家賞を受賞するなど、沖縄出身の写真家、上原沙也加の作品は各所で注目を集めつつある。その彼女の新作18点を展示した個展が、東京・新宿のニコンサロンで開催された。

上原の写真に人間は登場してこない。そこに写っているのは、マネキン人形、ティッシュの箱、灰皿、バッジの群れ、作り物の人魚の像といった事物である。とりたててこれを撮ろうと決めているのではなく、沖縄の路上で目についたものに、衒いなくカメラを向けている。「THINK TWICE ABOUT THE WORLD」「DON’T WALK」など、看板や信号として文字化されたメッセージが目につく。それらがウィンドーの中のアンネ・フランクの顔写真などとともに、会場に並んでいる写真にある種の方向性を与えている。

上原がもくろんでいるのは、2020年代の沖縄の路上風景を切り取ることで、「さまざまな記号やイメージがいく層にも重なっている」様態を提示することだと思う。その試みはとてもうまくいっていて、沖縄の路上の事物が、否応なしに身に纏わざるを得ない政治性、歴史性が、写真の画面から、また複数の写真の組み合わせからも浮かび上がってきていた。それはまた、上原に強い影響を与えた、写真群をアトランダムに構成していく東松照明の「群写真」の方法論を、換骨奪胎して再構築する試みともいえる。点数は少ないが、しっかりまとまっていて、見応えのある展示になっていた。

ただ、画面から人間を除いたことについては、さらに検討の余地がありそうだ。本作には、沖縄の現実に見合ったより広がりのあるシリーズへと展開していく可能性を感じる。そこでは、人もまた重要な要素として浮上してくるのではないだろうか。


公式サイト:https://www.nikon-image.com/activity/exhibition/thegallery/events/2022/20221213_ns.html

2022/12/14(水)(飯沢耕太郎)

合田佐和子展 帰る途(みち)もつもりもない

会期:2022/11/03~2023/01/15

高知県立美術館[高知県]

初期のオブジェ作品から晩年の色鉛筆画に至るまで、「300点を超える資料を体系的に検証し、美術家・合田佐和子の全貌」に迫った回顧展が、その生地である高知市の高知県立美術館で開催された。その展示を見ながら、合田を「写真家」として捉え直す可能性について考えていた。

合田が実際に写真を表現の媒体として用いた例は、1981年に日本ポラロイド社から提供されたSX70フィルムで制作された一連のポートレートのシリーズ(閉じられた瞼に偽の瞳が描かれている)、1985〜1986年のエジプト滞在時に撮影された大量のスナップ写真など、それほど多くはない。だが、合田の代名詞というべき1970年代以降の陰鬱な色調の油彩画のほとんどは、古写真、ピンナップ写真、雑誌や写真集の掲載図版などを元にしており、ある意味で「描かれた写真」にほかならない。また、1980年代後半から90年代にかけては、クローズアップレンズを通して見た世界の眺め(「レンズ効果」)に魅せられ、貝、花、石、雑誌の誌面などを撮影するとともに、その膨大な量の画像を元に、色彩とフレアの効果を強調した眩惑的な雰囲気の油彩画を残している。

こうしてみると、合田は明らかに写真的な視覚体験を自らの制作活動の起点に据えていた。彼女はむろん、プロフェッショナルな職能、技術を持つ「写真家」ではなかったかもしれない。だがむしろ、写真のヴィジュアル的な可能性を、絵画という迂回路を挟み込むことで、より純粋に追求しようとしていたのではないだろうか。

もう一ついえるのは、合田の写真の使用が、常に膨大な量のアーカイブを形成するという方向に動いていたということである。そのアーカイブは決して閉じられたものではない。むしろ、アーティスト個人の視覚的な体験を、時代、地域、あるいは性差などを超えて、とめどなく拡張していこうとする意図を孕む。特に、これまであまり取りあげられてこなかった「レンズ効果」の時期の作品群は、20世紀後半から21世紀にかけての写真的視覚の変遷を辿る上で、重要な意味を持つ仕事だと思う。なお、本展は2023年1月28日~3月26日に三鷹市美術ギャラリーに巡回する。


公式サイト:https://moak.jp/event/exhibitions/goda_sawako.html

2022/12/10(土)(飯沢耕太郎)

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角田和夫「土佐深夜日記─うつせみ」

会期:2022/10/29~2023/01/09

高知県立美術館[高知県]

1952年、高知市生まれの角田和夫は、第11回林忠彦賞を受賞した『ニューヨーク地下鉄ストーリー』(クレオ、2002)をはじめとして、『シベリアへの旅路―わが父への想い』(同、2002)、『マニラ深夜日記』(同、2016)など、ドキュメンタリー写真の力作を発表し続けてきた。だがそのなかでも、今回、高知県立美術館での個展に出品された「土佐深夜日記」のシリーズは、最もプライヴェートな要素の強い異色作といえる。

中心になっているのは、角田の母方の叔父を撮影した写真群である。叔父はゲイの世界に生きており、角田はふとしたきっかけから、彼がスタッフとして働く店とそこにうごめく人間模様にカメラを向けるようになる。当時、1984年の父親の死をきっかけとして精神的に不安定な状況にあった角田は、深夜に高知の街を徘徊し、赤外線カメラで目にした光景を撮影する「満月の夜」と題するシリーズを開始していた。その手法を「夜の怪しいエネルギーが渦巻く世界」の撮影にも向け、1990年に叔父が他界するまで撮影を続ける。それらの写真群は、2014年に写真集『土佐深夜日記』(クレオ)として刊行された。

「満月の夜」、「土佐深夜日記」、そしてその後日譚といえる「続土佐深夜日記」(2020-2022)の3部構成をとる今回の展示は、ドキュメンタリー写真と「私写真」の両方の領域にまたがるものといえる。ジャーナリスティックな報道性、客観性はむしろ後ろに退き、叔父の生死に対峙した角田自身の哀切な感情が強く滲み出てきている。

子供の頃は、むしろ恐れや嫌悪感をともなって見ていたという夜の世界(性の世界)が目の前に開けてきたとき、それを拒否するのではなく、まずは写真家として受け入れようとする姿勢が一貫しており、ほかのシリーズにはない奥行きと深みを感じる。赤外線写真というややトリッキーな手法が、必然的なものであると納得させるだけの力が備わった写真群といえるだろう。

なお、今回の展示は、地元出身のアーティストたちの仕事にスポットを当てる「ARTIST FOCUS」の枠で企画・開催された。角田以外にも、高知にはいい写真家がたくさんいるので、ぜひ紹介を続けていってほしい。


公式サイト:https://moak.jp/event/exhibitions/artistfocus_03.html

2022/12/10(土)(飯沢耕太郎)

濱田祐史「入射と反射 Incidence and Reflection」

会期:2022/12/01~2023/01/28

PGI[東京都]

1979年、大阪生まれの濱田祐史は、2003年に日本大学芸術学部写真学科を卒業後、東京を拠点に写真家として活動している。PGIでは、2013年の「Pulsar + Primal Mountain」を皮切りにコンスタントに個展を開催し、そのたびに思いがけない方向性をもつ作品を発表して驚きを与えてきた。視覚的に捉え難い「光」を可視化しようとした「Pulser」、プリントの色相を三原色(YMC)に分解して、それぞれの層を自由に組み合わせて再構築した「C/M/Y」、黒白とカラーで同じ光景を撮影し、それらを暗室で一枚の印画紙にプリントした「K」など、彼の仕事は写真という媒体の基本原理にもう一度立ち返ろうという志向性と、さらにその表現の可能性を拡張していこうとする意欲とを、両方とも含み込んだものといえる。

今回の、オフセット印刷やリトグラフの原板に使用するPS版を用いたシリーズにも、彼のしなやかで豊かな発想力、構想力が充分に発揮されていた。PS版は紫外線に感光するという特質を備えている。濱田はその機能を利用して、「目には見えないけれど、太陽から確かに届いている紫外光」を定着しようとした。しかも、PS版をカメラにセットしての撮影と、事物に押し当てて感光させるやり方とを、両方とも試みることにした。PS版をくしゃくしゃに折り曲げて、光を直接写しとった作品もある。このようなさまざまな実験の繰り返しの結果として、本作はあたかも科学者やアーティストたちが、写真術の草創期に試行錯誤を重ねつつ未知の像を見出そうとしていた頃を思わせる、活気あふれる作品群として成立していた。濱田のここ10年余りの活動は、かなりの厚みと広がりを持つものになりつつある。そろそろ、より規模の大きな写真展の開催や写真集の刊行を考えてもいいのではないだろうか。


公式サイト:https://www.pgi.ac/exhibitions/8337

関連レビュー

濱田祐史「Pulsar + Primal Mountain」|飯沢耕太郎:artscapeレビュー(2013年06月15日号)

2022/12/07(水)(飯沢耕太郎)

鶴巻育子「芝生のイルカ」

会期:2022/12/01~2022/12/25

コミュニケーションギャラリーふげん社[東京都]

鶴巻育子は、ふとした機会から「視覚障害者の外出をサポートする同行援護従業者」として活動するようになった。目を使って仕事をする写真家である自分とは対照的な存在である彼らが、どんなふうに世界と接しているのかを知りたくなったためだという。鶴巻は視覚障害者たちと一緒にいて、彼らが発する言葉に強く惹かれるようになる。「ガラスは透明ではない」「月は穴ぼこ」「体温で感情を感じる」「境界線が変わる感じ」──今回のコミュニケーションギャラリーふげん社での個展の出品作では、それらの言葉を手がかりにしてインスピレーションの幅を広げ、「イメージを拾う」ことを試みていた。

ややトリッキーな動機の作品だが、結果的にはとてもうまくいっていた。視覚障害者という、まったく異なる状況を生きる者たちと自分の感覚とのズレを、むしろ積極的に活用することで、思いがけないイメージを収集することが可能になったからだ。それは鶴巻自身の予想をはるかに超えた世界の断片だったのではないだろうか。それらを注意深く選別し、大小のフレームにおさめて、撒き散らすように壁に掲げたインスタレーションも、とてもうまくいっていた。

鶴巻は普段は自らが主宰する東京 目黒のJam Photo Galleryで、日常のスナップ写真を中心とした作品を発表している。今回の展示は、それとはまったく違った水脈によるもので、自らの作品世界をより広げていこうという意欲を強く感じた。ただ、写真の間に言葉をバラバラに挟み込む展示構成だと、特定の言葉と写真との関係のあり方がうまく伝わってこない。その対応関係を、もう少ししっかりと明示すべきだったのではないだろうか。


公式サイト:https://fugensha.jp/events/221201tsurumaki/

2022/12/04(日)(飯沢耕太郎)