2017年12月15日号
次回1月15日更新予定

artscapeレビュー

SYNKのレビュー/プレビュー

「福を運ぶ朝鮮王朝のとりたち」展

会期:2017/07/27~2017/12/05

高麗美術館[京都府]

酉年の2017年も間もなく終わり。本展はそんな今年を振り返って、日々の生活にある小さな幸福をかみしめるに適した展覧会である。出展されるのは、朝鮮王朝時代の人々の暮らしに根差した工芸品およそ80点。民画、屏風、青磁の器、水滴や硯、染付の壺等のなかに表われる鳥の表現は多様でありながら、そのどれもがのびやかな形象とポジティヴなイメージを見る者に伝える。例えば、《刺繍花鳥図屏風》のように四季の花々とともにいる鳥たちはたいがい「つがい」となっていて、家庭内の平和や愛情を象徴している。一方、花は人生を表わすものとして尊ばれ、とくに華麗な牡丹は富貴を象徴することで知られる。また、柳宗悦が名付けた「民衆的絵画」こと「民画」は、いわゆるアカデミックな技法に捉われない自由奔放さ、素朴さやユニークな表現が魅力である。《三災消図》に表われる鷹の姿は、勇壮でありつつも、それこそ災いを取り払ってくれるようデフォルメされた大きな足の表現が面白い。息災を遠ざけて吉祥をもたらす鳥たちは、かように人々の幸せを願って作られた、福のシンボルなのである。当時の工芸品に込められた願いが、時を超えて私たちに幸福を運んでくれるようだ。[竹内有子]

2017/11/4(土)(SYNK)

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纏う図案──近代京都と染織図案I

会期:2017/09/25~2017/11/02

京都工芸繊維大学美術工芸資料館[京都府]

京都の伝統産業と言えば、着物──京友禅や西陣織──がすぐさま思い浮かぶ。本展は、明治期に成立した「図案」という概念をキーワードに、当時の染織品にみるデザインの発展と、それを支えたデザイン教育の教材や学生が制作した図案等を紹介する。明治時代の京都では、多くの図案集が刊行された。新しい意匠を作り出して産業振興に資するよう、業界団体や百貨店が懸賞付きの図案募集を行なった。出展品には、いち早く募集を開始した友禅図案会(後の友禅協会)に応募された図案が多く、明治25年から44年までに渡る期間の図案の変化や流行を見ることができる。自然をモチーフにした絵画的な写実性ある模様から、過去の模様を折衷し組み合わせたもの、幾何学的構成や配置の妙に優れるもの、意匠化がはっきりとわかるものまで、色と形さまざまな図案が目を楽しませてくれる。面白いのは、伝統的な古代模様と、海外のアール・ヌーヴォーの影響を受けた図案の二つの流れが教育資料に看取できること。京都市立美術工芸学校(現:京都市立芸術大学)と京都高等工芸学校(現:京都工芸繊維大学)の教育の特色の違いを、学生の作品に見ることができる。また何よりも、学生が丹精込めた作品が伝達する、若さ溢れる熱意に心を打たれる。[竹内有子]

2017/11/2(木)(SYNK)

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プレビュー:世界のブックデザイン2016-17 feat.21世紀チェコのブックデザイン

会期:2017/12/01~2018/03/04

印刷博物館P&Pギャラリー[東京都]

サイト:http://www.printing-museum.org/index.html
2017年3月に開催された「世界で最も美しい本コンクール」の入選図書に加え、日本、ドイツ、オランダ、スイス、カナダ、中国、チェコの7カ国のブックデザインコンクール入賞図書作品、約200点が展示される。「日本におけるチェコ文化年2017」にあたる今年は、21世紀チェコのブックデザインに焦点を当てた特別コーナーが設けられるという。例年同様に会場では図書を手にとってその装幀と造本をじっくり見ることができる。できれば会期初頭に1回、そして作品が多くの人々の手に触れたあとの会期末にもう一度訪れて造本状態の変化を比較してみたい。[新川徳彦]

関連レビュー

世界のブックデザイン2015-16 feat.造本装幀コンクール50回記念展|SYNK(新川徳彦):artscapeレビュー

2017/11/24(金)2017/11/24(金)(SYNK)

日本・デンマーク国交樹立150周年記念 デンマーク・デザイン

会期:2017/11/23~2017/12/27

東郷青児記念 損保ジャパン日本興亜美術館[東京都]

日本・デンマーク国交樹立150周年を記念して開催される展覧会のひとつ。展示はミッドセンチュリーを中心に概ね時代別に、19世紀後半から現代までの家具、食器、照明、家電、日用品、グラフィックなどのデザインを辿る。第1章は「国際的評価を得た最初のデンマーク・デザイン」。1775年に設立されたロイヤル・コペンハーゲンと、1853年に設立されたビング・オー・グレンダールの磁器が紹介されている。第2章は「古典主義から機能主義へ」は、20世紀初頭の古典古代から着想を得たコーオ・クリントとその弟子らによる幾何学的でシンプルな家具や照明器具。第3章「オーガニック・モダニズム─デンマーク・デザインの国際化」では、デンマーク・デザインの黄金期と呼ばれた1950~70年代までの有機的なフォルムを持った多彩なデザイン。第4章は「ポストモダニズムと現代のデンマーク・デザイン」。イーレク・マウヌスンの「バキュームジャグ」、ウアスラ・モンク=ピーダスンによる食器セット、ビオミーガ社の自転車などが紹介されている。
19世紀の磁器は20世紀のデザインにどのような影響を与えたのだろうか。王立磁器製作所のフィリプ・スコウは、1890年の美術工芸博物館(現在のデンマーク・デザイン博物館)の設立に携わり、またビング・オー・グレンダールの美術監督だったピートロ・クローンは同館の初代館長に就任している。この博物館のコレクションが後のデザイナーたちを刺激し、20世紀のデンマーク・デザインの土台をつくった。デンマーク・デザイン博物館のクレスチャン・ホルムステズ・オーレスチンによれば、デンマーク・デザインは「徹底して他の時代、他の文化の類型と形態の研究にその基礎を置くデザイン文化」だという。そして、20世紀のデンマーク人デザイナーの多くが職人としてのバックグラウンドを持っていたこと、彼らが美術工芸博物館内に設置されていた美術工芸学校に入学するためには、職人の徒弟修了証明書が必要だったことを指摘している。じっさい、第1章から第4章まで、時系列に並んだ家具や食器、照明器具には、(ヴェルナー・パントンの仕事を除くと)極端な様式や素材感の違いを感じないのは、デンマークのデザイナーが「過去の優れた作例を改良し、より上質なものへと改善することによって同時代の文化に適合させる」ことを旨としていたからだろう。そしてこうした方向性は「意識的な選択ではなく、優れた職人技の他には何も持ち合わせていなかったが故の必要性に駆られてのこと」。1950年代にアメリカで北欧デザインを紹介する巡回展が開催されるとデンマーク・デザインに対する需要が高まったが、デンマークでは「もともとハンドメイドを想定してデザインされた製品を、生産工程のすべてもしくはその半分が機械生産でも対応可能なものに改良し」「ハンドメイドの質をもった工業デザインを手に入れた」のだ。オーレスチンはジャスパー・モリスンや深澤直人の「原型となる古い作例を改良し、洗練を加える」という手法に、デンマーク・デザインの特徴との類似を指摘している(本展図録、23-27)。
デザイン史として、特に興味深いのはデンマーク生活協同組合連合会(FDB)によって1940年代に開発された家具「フォルゲムーブラ」の事例だ。多機能でありながらシンプルなデザイン、そして安価な家具は、当初はターゲットとした労働者たちに受け容れられなかったという。というのも、「労働者たちは自分たちが『労働者らしく』見られることを望まず」「よく知られたトリクルダウン理論に従うように、気品に満ちた古典的な家具もしくはその模造品に囲まれたブルジョワ的な暮らしを熱望し」たからだ。代わりにフォルゲムーブラを好んだのは「建築家やデザイナー、芸術家、知識人たち」だった(本展図録、18-19頁)。デザインは社会階層のアイデンティティでもある。
1970年代になるとデンマーク家具の国際的な人気は衰える。展示や図録では背景を掘り下げていないが、「1950年代の後半に入るとデンマーク家具の評判が上がり需要に供給が追いつかなくなったことで、質の悪いものが出回り世界市場でのトラブルのもとに」なったのだ。また家具のマイスターが建築家やデザイナーと組もうとしなくなったために、人材が育たず、1970年代、80年代は空白の時代になってしまったということだ(島崎信『デンマーク デザインの国』学芸出版社、2003年9月、46頁)。
本展の家具の展示ではものを並べるだけではなく、テーブルや椅子、絵画などを組み合わせてインテリアのイメージを再現しているほか、ハンス・ウェグナーがデザインした数種類の椅子に座ることができるコーナーが設けられている。[新川徳彦]


会場風景

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塩川コレクション──魅惑の北欧アール・ヌーヴォー「ロイヤル・コペンハーゲン ビング・オー・グレンタール」|SYNK(新川徳彦):artscapeレビュー

アンデルセン展|SYNK(新川徳彦):artscapeレビュー

2017/11/22(水)(SYNK)

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六本木開館10周年記念展 フランス宮廷の磁器 セーヴル、創造の300年

会期:2017/11/22~2018/01/28

サントリー美術館[東京都]

2010年に国立セーヴル磁器製作所と国立セーヴル陶磁美術館が統合され「セーヴル陶磁都市」という組織になった。本展は「セーヴル陶磁都市」が所蔵する優品によってその創立から現在までを回顧する展覧会だ。展示は18世紀、1740年にセーヴル磁器製作所の前身としてヴァンセンヌ城の塔内に設立された軟質磁器の製作所から始まり、19世紀、20世紀、そして現代まで、4つの章で構成されている。
展示で興味深い点が3つある。1つは中国風の絵付。16世紀にポルトガルが、17世紀にはオランダが東洋から磁器をもたらしたことで、ヨーロッパの王侯貴族の間で東洋磁器の収集熱が高まり、磁器製造を試みる者も現れた。ヨーロッパで最初に硬質磁器の焼成に成功したのは、1710年、ザクセン公国のマイセン磁器製作所。ヨーロッパ人の憧れは東洋磁器だったので、マイセンでは当初中国や日本の磁器の写しがつくられた。遅れて1740年にフランス・ヴァンセンヌに設立された磁器製作所では、カオリンを用いた硬質磁器の製造は1770年まで待たなければならなかったが、当初はやはり中国風の絵付が行われていた。面白いことに、これら中国風の絵付は中国磁器からの写しではなく、マイセン磁器からの写しだった。すなわち東洋磁器への憧れは、セーヴルにおいてはマイセン磁器を通じて間接的に表現されていたことになる。その後、1751年、ルイ15世の寵姫ポンパドール夫人がセーヴル磁器に興味を示すようになると、セーヴルではマイセン磁器の模倣を止めて、夫人の好みに応えた独自のスタイルを創出してゆく。
2つめはフランス革命の影響。革命期にセーヴルでは一時的に製造が止まってしまうが、その後は国有の製作所として存続する。王侯貴族が放逐されて、社会階層には大きな変化が生じ、セーヴル磁器の顧客たちも変化したはずだが、第1章(18世紀)から第2章(19世紀)までに、目立った断絶は感じない。もちろん19世紀初頭の新古典主義様式や産業技術をモチーフとした絵付など、表面的な変化はある。1900年パリ万博の際にはアール・ヌーヴォー様式への転換が行われている。しかし凝った器形、手の込んだ絵付、すなわち製品のクオリティ、ひいてはコストが変化したように見えないのだ。マイセンでは19世紀になるとややシンプルな器形と装飾の製品が現れており、そこに顧客階層の変化がうかがわれるのだが、セーヴルでは現代に至るまで、常に最上級の技術が投入され続けている。どうやらセーヴルにおいてつくられる製品の数は限定されており、クオリティや価格という点でマーケットに合わせる必要がないことが背景にあるようだ。現代でも年間の生産量は数千ピース。その25%程度は政府機関や大使館など公的機関に収められ、一般の人々の手にはほとんど渡らないのだそう。そのため、セーヴル磁器の歴史はマーケットとの関係よりも、ポンパドール夫人の干渉にもあるように、ディレクターに左右されるところが大きい。本展第2章では、革命後、19世紀前半において所長を務め製作所を黄金期へと導いたアレクサンドル・ブロンニャール(1770-1847)の貢献に焦点が当てられている。
3つめは外部の美術家たちとの協同。1904年には日本人の彫刻家 沼田一雅がセーヴルに滞在して磁器製造法を学び、原型を提供している(沼田一雅はその後1921年にもセーヴルに滞在している)。アール・デコ様式の旧朝香宮邸(現 東京都庭園美術館)の装飾を手がけたアンリ・ラパンが絵付をした壺もある。現代においては、アーティスト、デザイナー、工芸家と協同した作品づくりが積極的に行われており、そこには日本人も含まれている。草間彌生とコラボレーションしたオブジェが展示されているが、これはわずか18ピースのみが制作されたそう。そこにはビジネスを超越したセーヴルの妥協のないものづくりの姿勢がうかがわれよう。[新川徳彦]

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2017/11/21(火)(SYNK)

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