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artscapeレビュー

キュンチョメ個展「なにかにつながっている」

2014年09月01日号

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会期:2014/07/11~2014/07/23

新宿眼科画廊[東京都]

キュンチョメは新進気鋭のアーティスト。先ごろの岡本太郎現代芸術賞を受賞するなど、「天才ハイスクール!!!!」出身の若いアーティストたちのなかでも突出した活躍ぶりである。今回の個展で、彼らのひとつの達成を見た。
キュンチョメがつねに関心を注いでいるのは、3.11。放射能によって汚染された国土や海、農作物などを素材に、3.11以後のリアリティをこれまで執拗に追究してきた。彼らほど頻繁に、持続的に被災地を訪れ、量はもちろん質の面でも優れた作品を発表しているアーティストはほかにいない。今回発表した新作も、金属探知機を手に海岸沿いを歩きながら地中に埋まった遺失物を掘り起こし、その穴に植物を植えていくというもの。全体的な被害の規模からするとささやかな試みなのかもしれない。けれどもそうせざるをえない、当事者とは異なる何か切迫感や義務感のようなものが感じられる。死者の追悼は、じつは生者の傷を癒やすためにこそあるという逆説を思い起こす。
そう、あの日以来、私たちはすっかり傷ついてしまったのだ。普段はそのことを忘れているが、じつは深く深く傷ついている。そのことを自覚すると、よりいっそう傷が広がる恐れがあるため、あえて忘却の淵に追いやっているのだ。キュンチョメはその傷をえぐり出す。ただし、暴力的にではない。あくまでも詩的にだ。そこにキュンチョメの真骨頂がある。
「もういいかい?」。富士の樹海で何度も呼びかける。同じ音程で、同じリズムで、同じ強さで。それが自ら死を選択した者たちへの言葉であることはわかるにしても、むろん「まあだだよ」や「もういいよ」が返ってくることはない。ただ、この問いかけが連呼されることで、その問答の内実が私たちの脳裏にありありと浮き彫りになるのだ。死を発見してよいのか、あるいはまだ準備が整っていないのか。これは富士の樹海の自殺者に限られた話ではない。私たちは死者たちの魂にそのように呼びかけることで、自らの魂を鎮めているからだ。つまり死者たちに「もういいかい?」と問いかけながら、「まあだだよ」と「もういいよ」と応えるのもまた、自分なのだ。自分の傷は自分で癒やすほかない。
そのような魂をめぐる自問自答をもっとも象徴的に体現した作品が、《僕と鯉のぼり》である。祖母によって祝福され贈答された鯉のぼりは、幼少期のわずか数日間だけ空を泳いだが、その後の引きこもりにより20数年ものあいだ封印された。キュンチョメはそれをスカイスーツに仕立て直し、スカイダイビングを決行。鯉のぼりは久方ぶりに大空を生き生きと舞った。鯉のぼりの中から溢れ出る爆発的な笑顔には感涙せざるをえないが、ここにあるのは自らの傷を鮮やかに反転させるアートの醍醐味にほかならない。本展の全体とからめて言い換えれば、青空を乱舞する鯉のぼりは「もういいかい?」という自分自身への問いかけに対する「もういいよ」という自分なりの明快な答えなのだ。その、ある種の「赦し」に、未来がつながっているのではないか。

2014/07/22(火)(福住廉)

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