artscapeレビュー

磯谷博史「復元の、複数」

2023年09月15日号

会期:2023/07/07~2023/07/30

POST/limArt[東京都]

磯谷博史の作品を初めて見たのだが、親しみやすさと、写真を使うアーティストとしての思考と実践のクオリティの高さとをうまく結びつけた作風に、とても心惹かれるものを感じた。なお今回の出品作は、2022年4月から6月まで小海町高原美術館で開催された個展「動詞を見つける Find Your Verb」展に出品されていた「着彩された額」シリーズから選ばれている。

被写体となっているのは、磯谷の周辺に生起した「名前のない出来事」である。マルボロの煙草の箱が2個、透明傘の先のあたりに溜まった雨滴、砂糖にたかる蟻たち、逆光気味に撮影された植物の葉などの対象物の選択は、アトランダムに見える。だが、そこには細やかで注意深い配慮を感じる。それらの写真は、セピア色に着色して大きく引き伸ばし、木製のフレームにおさめて展示していた。注目すべきなのは、そのフレームの1辺を、その画像の元々の色を選んで「着彩」していることだ。そのことによって、作品の鑑賞者が、セピア色の画像を想像力で「復元」することをめざしている。それはまた「撮影された瞬間から過去となっていく写真を、現在につなぎとめる」ということでもある。

黒っぽいフェルトなどを巧みに使ったインスタレーションも含めて、磯谷がもくろんでいるのは、個人的な経験に収束しがちな発見の歓びを、写真という装置を介することで、風通しのいい出来事として万人に開いていくということだろう。多くの写真家たちが、スナップ写真などを通じて、日常に潜む謎を写真によって検証していくことを試みてきたのだが、磯谷はそのレベルを一段階引き上げて、的確かつ刺激的な写真インスタレーションとして実現してみせた。


展示風景[写真提供:POST/limArt]


展示風景[写真提供:POST/limArt]



公式サイト:http://post-books.info/news/2023/7/7/exhibition-hirofumi-isoya

2023/07/28(金)(飯沢耕太郎)

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