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バスコンセロス図書館、テオティワカン、ルフィーノ・タマヨ美術館、近代美術館

2024年02月01日号

メキシコシティおよび近郊のポイントを手っ取り早く回るため、観光ツアーに乗る。まずは市の中心のメトロポリタン・カテドラル近辺の古代遺跡を見学。メキシコシティはかつてアステカの首都だったテノチティトランの廃墟の上に築かれた街なのだ。その周辺の古い建物が波打つように歪んでいるのは、テノチティトランが湖上に築かれた街で、スペイン人が湖を埋め立てた上に現在の都市をつくったため建物の自重で沈下しているのだという。

シティの北西部ブエナビスタ地区にあるバスコンセロス図書館へ。ここは見たかったポイントのひとつ。アルベルト・カラチの設計で2006年に開館したこの図書館は、日本でしばしば「空中図書館」と紹介されるように、壁がほとんどなく、梁や柱は鉄骨、床は擦りガラス、地下1階、地上3階の中央が吹き抜けで、上階に行くほど床と書棚が張り出してくるという構造なのだ。だから何十万冊もの本が向こうまで見通せ、全体が宙に浮いているような印象を受ける。その吹き抜けには鯨の骨格剥製が浮いているが、これはガブリエル・オロスコの作品。



バスコンセロス図書館 [筆者撮影]


残念なのは利用者がほとんどおらず、閑散としていること。聞くところによると、ここはメキシコでいちばん利用者の多い図書館らしいが、クリスマス休暇に入ったせいだろうか。そういえば街に本屋も少なく、メキシコ人はあまり本を読まないのかもしれない。そもそも館名になったホセ・バスコンセロスは、20世紀初めに文部大臣を務めた思想家で、1920年代のメキシコ革命の際に識字率を上げるため、図書館を整備し出版業を促進した。ほかにも芸術活動の支援にも力を入れ、そのひとつが壁画運動だったという。字を読めない人のために、壁画で自国の歴史や革命の意義を伝えようとしたのだ。メキシコ壁画運動というと、ホセ・クレメンテ・オロスコ、ディエゴ・リベラ、ダビッド・アルファロ・シケイロスの3巨匠が知られるが、彼らに場所(公共の壁)を提供したバスコンセロスがいなければ、壁画運動はどこまで実現したかわからない。

さらに北西へ車を1時間ほど走らせると、テオティワカンに到着。ここは巨大な遺跡で、南北5キロにわたり「死者の大通り」が貫き、その途中に太陽のピラミッド、突き当たりに月のピラミッドがそびえ立つ。不思議なのは、エジプトとはなんの交流もなかったはずなのに、紀元前後に天体観測に基づいて似たような巨大ピラミッドを築いたこと。文明・文化のシンクロニシティ(共時性)というほかない。異なるのはエジプトのピラミッドが綺麗な四角錐をなすのに対し、メキシコのそれは上が切り取られた台形(四角錐台)をしていること。この天辺の平らな場所には木造の神殿が建てられていたのではないかともいわれている。なるほど、植物素材の構築物だったら朽ちて残らないからな。同様に建造物の表面は赤く彩色されていたそうだが、現在ではほとんどその面影がない。もっとも現在の姿は後代に復元したもので、オリジナルは下層部にわずかに残るだけだという。



テオティワカン 太陽のピラミッド [筆者撮影]



テオティワカンの壁画 [筆者撮影]


シティに戻って、チャプルテペック公園内のルフィーノ・タマヨ美術館と近代美術館へ。タマヨ美術館はタマヨの作品を常設展示してるのかと思ったら、現代美術の企画展2本をやっていた。そのうち、世界各地で同じ曲を演奏してマルチスクリーンでシンクロさせるというラグナル・キャルタンソンの映像インスタレーションは、2017年のヨコハマトリエンナーレでも紹介されていた。展示室で5〜6人の男性に同じ曲を延々と演奏させていたり、おもしろいアーティストだ。そこから歩いて数分の近代美術館へ。フリーダ・カーロの代表作《2人のフリーダ》もあったが、閉館30分前だったので慌ただしく館内を一周して終わり。現代美術の振興に力を入れていることは伝わってきた。



ルフィーノ・タマヨ美術館 ラグナル・キャルタンソンの作品 [筆者撮影]


バスコンセロス図書館(Biblioteca Vasconcelos):https://bibliotecavasconcelos.gob.mx/
ルフィーノ・タマヨ美術館(Museo Tamayo):https://www.museotamayo.org/
近代美術館(Museo de Arte Modern):https://mam.inba.gob.mx/

2023/12/20(水)(村田真)

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