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artscapeレビュー

松田達のレビュー

フランク・ロイド・ライト『自然の家』

発行所:筑摩書房

発行日:2010年1月10日

フランク・ロイド・ライト、87歳(1954年)のときの著作の翻訳。同書は、すでに遠藤楽訳による『ライトの住宅』(彰国社、1967年)として出版されているが、富岡義人による読みやすい新訳で出版された。1936年-1953年と題された第一章と、1954年と題された第二章による構成であり、訳者よれば、創世記から福音書に至る旧約聖書・新約聖書に見立てられて編集されているのではないかという。師のサリヴァン事務所で主に住宅を担当したライトは、大きくいえば、独立後、プレーリー(草原)型住宅から、ユーソニアン住宅(ユーソニアは、サミュエル・バトラーの用語でアメリカのこと。Usonia : United States of North America)を経て、有機的建築に至るが、本書ではユーソニアン住宅から有機的建築に至るライトの思考が力強い文体で描かれる。特に強調されるのは「単純性」や「統合性」といった概念である。有機的建築の本質は単純さであり、それは単なる簡素な単純さとは別のものだとライトはいう。複雑化する人生の中で、勇敢に単純であることによって自由が得られるのだという、ライトの強い思想が全編にわたって感じられる。本書は、ライトの年譜や建築地図もつけられており、ライトの入門にも絶好の本であろう。なお、2009年でライトは没後50年を迎えた。

2010/01/31(日)(松田達)

五十嵐太郎『建築はいかに社会と回路をつなぐのか』

発行所:彩流社

発行日:2010年1月28日

建築の人の言葉は、分かりにくいとよく言われる。また建築論は、同業者のみに向けた内容で、閉じていると言われることもある。しかし本書の大きなテーマは、題名にもあるように建築と社会との回路のつなぎ方であり、建築が閉じた世界に留まらないための開かれた議論が展開されている。実際、文章もわかりやすく、終わりに行くほど文章が平易なっており、読むスピードに加速がつく。著者は建築史出身であり、前半歴史編、後半現代編と時系列を持っているが、取り上げられる事例はむしろ従来の建築史に現われてこないものばかりだ。新宗教の建築であったり、靖国神社であったり、学生の卒業制作であったり、またグーグルストリートビューに対する考察まで現われる。しかしそれこそが著者の方向性を示している。閉じた建築史を開き、また「建築」という概念の境界自体も大きく広げていくことによって、自然に建築と社会との交わりが見えてくる。特に後半「旅」を通じて出会った物事について、広範囲に触れられていたことも印象的だ。前半は建築理論の話も多いが、後半は理論化する以前の思考が展開される。それは著者が建築や都市を、写真や図面を見て頭で考えるよりも、足で歩いて体験して考えるという「行動する批評家」であることを示しているだろう。建築分野から社会に対し、多くの問題提起も投げかけられている。

2010/01/28(木)(松田達)

建築家の読書術

会期:2010/01/26~2010/02/06

ギャラリー・間[東京都]

中村拓志、中山英之、平田晃久、藤本壮介、吉村靖孝という5人の建築家がそれぞれ20冊の本を挙げ、読書術を披露するといういわば珍しいタイプの展覧会。統括は建築史家の倉方俊輔。3階の会場には一冊ずつ本が置かれた椅子が並べられる。まず展覧会のヴァリエーションを広げる試みとして面白い。そして、実際の建築物や模型を見る以上に、建築家の思考の裏側が見えてくるような試みでもある。統括の倉方氏に聞いたところ、10冊くらいだと流行りの本や名著でごまかすことができる、でも20冊だとその建築家の本質が見えてくるということだった。確かに20冊をもって何かを語るというのは結構難しい。いわば難問である。しかし、同時期に連続して開催された連続レクチャーにより、20冊のセレクト意図などが各建築家により明らかにされていったという。面白いのは、全体として本は2冊ほどしか重なっていなかったらしいが、いくつか共通のラインが見えてくるところである。例えば吉村はユクスキュルの『生物から見た世界』を挙げたが、中村はその訳者である動物行動学者の日高敏隆の『人間はどういう動物か』を挙げ、さらに平田は日高の弟子筋である小原嘉明の『モンシロチョウの結婚指輪』を挙げる。建築とまったく関係ないはずの分野で隠れた共通項が見えてくるのは面白い。そういえば以前、建築家がそれぞれ映画について語るという特集が『Detail Japan』でもあった。建築家に作品以外の部分から焦点が当てられた好展覧会だといえよう。

2010/01/26(火)(松田達)

「エレメント」構造デザイナー セシル・バルモンドの世界

会期:2010/01/16~2010/03/22

東京オペラシティアートギャラリー[東京都]

セシル・バルモンドは、世界中の建築家とともにプロジェクトを手がけ、自らもデザインも行ない、もはや単なる構造家とはいえない人物である。展示で興味深いのは、いわゆるプロジェクト紹介は最後にパネルでまとめて行なわれる形で、むしろコンセプチュアルな思考そのものが展示されていたことだった。特に印象的だったのが、二つ目の部屋の《ヘッジ》と題されたインスタレーションである。H型のアルミプレートがチェーンとともに多数立体的に浮かび、きらびやかな空間が構成されている。チェーンでプレートを釣っているわけではなく、チェーンへのプレストレスを利用することにより、単独では自立しないもの同士が、お互いに支え合う構造をつくりだしている。全体として、二次元でもない三次元でもない中間次元の存在であるという。バナーと呼ばれる第一の部屋の200本の垂れ幕による迷路状の空間や、いくつかの彼自身のプロジェクトともあわせて、フラクタル的な空間への志向が明確に現われていた(第一の部屋の自然の写真は、フラクタル幾何学を想起させよう)。バルモンドは、自然の形態を模倣するのではなく、その背後にある幾何学を抽出する。「ディープ・ストラクチュア」という彼の言葉が印象的だ。彼は自然界の構造の最深部に迫ろうとしているのであろう。ヨーロッパでは、建築家でも構造家でもあるエンジニアリング・アーキテクトが増えてきており、セシル・バルモンドはその代表格といえよう(ほかには例えばヴェルナー・ゾーベックなど)。デザインする構造家という、オルタナティブなアーキテクト像が生まれてきているのかもしれない。

展覧会URL:http://www.operacity.jp/ag/exh114/

2010/01/23(土)(松田達)

artscapeレビュー /relation/1210916_2711.txt s 1212165

可能世界空間論

会期:2010/01/16~2010/02/28

NTTインターコミュニケーション・センター(ICC) ギャラリーA[東京都]

ICCメタバース・プロジェクトにおける、メタバース研究会から生まれた展覧会。メタバースとは、メタとユニバースの合成語であり、ネット上の電子三次元空間を指す。舘知宏は多様な形を生成出来る建築折紙を、柄沢祐輔+松山剛士は一種の都市モデルを、田中浩也+岩岡幸太郎+平本知樹は単純なピースを組み合わせたさまざまな家具を、エキソニモはコンピュータ・ディスプレイ上に仕掛けのあるインスタレーションを行なった。特にこのなかで積極的に都市論に触れようとした柄沢+松山の展示について、触れておきたい。ポール・クルーグマンの経済理論を援用しつつ、均質な空間から多中心の世界に変化するモデルが、つねに格差を固定化する方向にしか働かない経済─都市モデルであることを示しつつ、それに対し、格差が固定化するその瞬間に、移動をもたらすことで、新しい都市モデルを提示しようとしたものである。二つのスクリーンがモデルの動的変化を示し、前面の展示物がその時間的な切断物であるという。固定化を阻む方法論が重要な点だと思われたので、その移動の瞬間が、リセットをかけるように見えたことは多少気にはなったけれども、都市の数理シミュレーションを可視化し、自己組織化プロセスをコントロールする都市モデルとして提示したことはとても意欲的かつ重要な試みに思われた。

展覧会URL:http://www.ntticc.or.jp/Exhibition/2010/Exploration_in_Possible_Spaces/index_j.html

2010/01/23(土)(松田達)

artscapeレビュー /relation/1211311_2711.txt s 1212164

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