2018年09月15日号
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artscapeレビュー

2011年09月01日号のレビュー/プレビュー

堂島リバービエンナーレ2011「Ecosophia─アートと建築」

会期:2011/07/23~2011/08/21

堂島リバーフォーラム[大阪府]

哲学者のフェリックス・ガタリが提唱した「エコゾフィー」という概念に基づき、美術家と建築家がコラボレーションを行なった本展。まずは肝心の「エコゾフィー」を理解するのが筋だが、なまかじりでは敵わないことがわかり、早々に降参して会場へと出かけた。美術家と建築家のコラボにもさまざまなかたちがあり、巨大な構築物をつくり上げた展示も見られたが、私自身は建築家が前に出ない展示の方が相性がよかった(例えば、大庭大介さんの展示)。展示は、アニッシュ・カプーアの建築模型のような立体を中心に、地圏、水圏、空圏の3ゾーンが緩やかに連続する形態だったが、3圏の違いや役割についてはあえて明確にしておらず、私自身の「エコゾフィー」への理解不足もあって曖昧な印象がぬぐい切れなかった。ただ、大阪ではこの手の大規模な現代美術展が少なく、しかも美術家と建築家とのコラボなど皆無の状況なので、本展の開催自体は大いに歓迎である。

2011/07/22(金)(小吹隆文)

田口行弘

会期:2011/03/26~2011/08/28

森美術館[東京都]

床板や椅子などありきたりの日用品を少しずつ動かすことでストップモーション・アニメーションを制作するアーティスト、田口行弘の個展。森美術館のバックヤードや六本木近辺で制作した映像作品を、角材などで空間を構築した会場で発表した。どちらかといえば表現に対して規制が強く働くほうの美術館にしては、映像のロケーションから会場の構成まで、空間を巧みに使いこなした作品に仕上がっていたように思う。このある種の「受け入れられやすさ」こそ、田口の作品の真骨頂なのだろうが、その一方で、「受け入れられにくさ」の段階まで飛躍することを期待しないではいられない。田口のストップモーション・アニメーションは、凡庸な日常を前提にしているが、その日常そのものに大きな亀裂が生じてしまったいま、日常にちょっぴり手を加えて無邪気に楽しむ類いの作品を、以前と同じように受け入れることが難しくなってしまったからだ。これは、おそらく田口にかぎらず、多くのアーティストがいま直面している壁ではないか。

2011/07/23(土)(福住廉)

山田はるか ヘルタースケルター respect for OK!

会期:2011/07/08~2011/08/05

浜崎健立現代美術館[大阪府]

岡崎京子の著作『ヘルタースケルター』を、主人公に扮した作家自身(写真)と、原作通りに描き下ろした作画でリクリエイトした作品を出品。作品の一部になり切るといえば森村泰昌が思い浮かぶが、山田の作品も対象への愛と敬意に満ちていて感動を覚えた。漫画家による漫画のカバーは過去に何度か試みられているが、美術家が漫画をカバーし、自分自身が写真で登場する作品を見たのは初めてだ。この方法論には、おおいなる可能性を感じた。

2011/07/24(日)(小吹隆文)

日本のアニメーション美術の創造者:山本二三展

会期:2011/07/16~2011/09/25

神戸市立博物館[兵庫県]

アニメーション美術監督・背景画家の山本二三(1953- )の回顧展。初期作品から近作までの背景画180点を展示中だ。背景画とは、アニメーションに登場するキャラクター以外の、すべてのバック絵のこと。「スタジオジブリ・レイアウト展」や「ディズニー・アート展」など、制作会社や作品そのものに関する展示はしばしば目にすることができるが、背景画だけの展示はまだ珍しく、正直なところ原画展とも、絵画展とも、デザイン展とも、その区別は難しい。山本が描いた、名もない「風景」が観客を迎えるだけ。だが、その風景は観客を惹きつけてやまない。作品への記憶のためなのか、優れた描画能力のためなのかはわからない。それは人それぞれだろうから。
 「風景とはすべてのものを主役にするだけの特化さえも拒む価値です(…中略…)多くの人が山本作品に引き込まれ、それぞれの物語を覚え、脳裏に焼き付けるのでしょう。描かれた風景が地となり背景となる時、私たちの記憶は初めて心のどこかに現れてくるのですから」(展覧会図録より)[金相美]

2011/07/26(火)(SYNK)

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高田竹弥 作品展「小さな窓から」

会期:2011/07/27~2011/08/07

iTohen

高田の作品を見たのは約2年ぶりだ。廃材や木片、古書の一部、植物などに最小限の手を加える作風に大きな変化はないが、それでも幾つか新たな試みが行なわれており、作風の微妙な変化を楽しませてもらった。それにしても彼の作品から受ける感興は、詩や文学に接した時の感触に近い。これは私の勝手な推測だが、高田はフォルムよりも素材が持つソノリティ(響き)に重きを置いて制作しているのではなかろうか。

2011/07/28(木)(小吹隆文)

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